予選突破おめでとうの会

 無事に補習科生徒全員が本戦出場を決め、会場の熱気が収まらぬまま武道大会初日を終えた。


 四年生以外の生徒達は先に帰らせ、俺は四年生全員を連れてある店へと向かう。


 明日も試合があるので羽目を外しすぎるのはダメだが、少しぐらい騒いでも問題ないだろう。


 俺はそう思いつつ、途中で合流したイス達も連れて久々にエリーちゃんの店に顔を出した。


 1週間前から予約していた客の少ない店に俺達が訪れると、待ってましたと言わんばかりにエリーちゃん達が出迎えてくれる。


 「あら、この武道大会で主役を張った子達のおでましよ。ほらリック、メル。あなた達も手伝いなさい」

 「一応俺達も客なんだがなぁ........まぁいいや。ほらメル。酒飲んでないで手伝て」

 「はいはーい」


 エリーちゃんに言われ、席を立つリックとメル。


 そんな2人を見ながら、店の隅で酒を飲んでいたラベルは楽しそうに目を細めた。


 「やぁ、ジン君。君のお陰で暫く仕事をしなくても良さそうだよ」

 「よう、ラベル。そのお礼は俺じゃなくて生徒たちに言え。俺は勝ち馬を教えただけだ」

 「あはは!!それはそうかもね。君に感謝するぐらいなら、生徒達に感謝した方がまだご利益があるか」


 機嫌良く酒を飲むラベルは、そう言うとエリーちゃんのインパクトの強さに固まる生徒達に話しかけた。


 エリーちゃん、やっぱりパンチが強いよな。俺や花音のように“そういう人もいるよね”と分かっている人でなければ、エリーちゃんに最初から適応できる人は少ない。


 唯一、他人に興味のないエレノラは早速席に座って果実水を頼んでいたが。


 エレノラってこういう時ブレないよな。本当に他人に興味がない。


 「初めまして。僕は画家のラベル。君達のお陰で随分と稼がせてもらったよ」

 「ブデでふ。はじめまして」

 「君は確か決勝戦を素手で戦ってた子だね。愉快だったよ。あのベルン商会の息子がボロクソに言われてるのは実に気分が良かった」

 「あ、あはは........」


 ラベルの言葉に苦笑いを浮かべながら乾いた笑みで返事をするブデ。本人はそのつもりが無かったのだが、結果としてなってしまったものは仕方がない。


 それにしても、今の話し方は何かありそうだな。


 温厚な性格のラベルが“愉快だ”と言うということは、何か過去にあったのかもしれない。


 「ベルン商会と何かあったのか?」

 「相変わらず鋭いね。昔、あの息子に絵を書いたことがあるのさ。まだ子供だからじっとできないのは仕方がないけど、ほかの態度が余りにも生意気すぎてね。僕に向かって暴言を吐くは、メイドを殴りつけるわでそれは酷かったよ。それ以降、ベルン商会の仕事は受けなくなったね」

 「あのバカ息子、昔からそんな感じだったのか。今でもそんな感じだぜ?」

 「あはは!!余程親の教育が悪かったんだね。それか、親の前ではいい子ちゃんを演じていたか。どちらにせよ、僕としては記憶に残るクソみたいな仕事だったよ」


 それはご愁傷さまで........


 ラベルの異能は上の階級に居るものからも評価されるものだ。あくまで願掛けに近いものだが、実際に幸運を運んでくるのだからバカにはできない。


 心の底から相手の幸せを願わないとその効力はかなり低くなるそうだが、それでも欲しがる人は多いだろう。


 普通に絵も上手いしな。


 「ホント、上の連中は嫌になるよ。リーゼン君ぐらい面白い子なら別だけどね」

 「あら、私は普通よ。失礼しちゃうわ」

 「ね?面白いでしょ?」


 俺とラベルの会話を聞いていたリーゼンお嬢様は、エリーちゃんに料理を注文しながらツッコミを入れる。


 リーゼンお嬢様が“普通”に当てはまるなら、この世界の殆どの人間が“普通”になるだろうな。


 もちろん、そんな事は言わないが。


 「仁、顔で何を言ってるのか分かるよ........所で、朱那ちゃん?もうお酒飲んでるの?」

 「え?そうだけど?」


 ふと視線を横に移せば、テーブル席に座った黒百合さんが既に樽ごとエールを頼んでがぶ飲みしていた。


 嘘だろ。全く警戒してなかったとはいえ、俺が酒を飲む黒百合さんに気づけないだと。


 酒を浴びるように飲む黒百合さんと、それを少し心配そうに見ながら一緒になって酒を飲むラファ。


 着実にダメ人間に近づいている黒百合さんが割と真面目に心配なんだが、どこかにいいカウンセリング治療してくれる病院無いかな。


 「ささっ、今日の主役は君達だ。明日に響かない程度に楽しむといいよ」

「「「「「ありがとうございます」」」」」

 「エリーちゃん、これ美味しいですね。もう一つ頂けますか?」

 「いいわよん。その代わり、明日も勝ってね?」

 「もちろんです........が、同じ補習科の皆と戦う時は勝てるかどうか分かりませんね」

 「そうかしら?見た感じあなたがいちばん強そうよ?」

 「気の所為ですよ。私よりも先生の方が強いです」

 「それは比べる相手が悪すぎるわ」


 ラベルに頭を下げ、適当なテーブル席に座る生徒達。


 そんな中、既にエリーちゃんと打ち解けたエレノラは次々に料理を平らげていた。


 あれ?エレノラって実はコミュ強?


 倫理観さえまともなら、実はエレノラはかなり優良生徒なのではないかと言う信じられない真実に気づいてしまった俺も、いつものカウンター席に座って料理を頼む。


 普段一緒になって飲んでいるリックとメルが働いている姿は、中々に新鮮だった。


 「しかし、本当に教師をやってるんだな。あの“黒滅”が子供に戦い方を教えるとかロクなことにならなさそうだぜ」

 「バカ言うなリック。俺程にまで出来た先生は居ないっての」

 「どこがだよ。どうせアレだろ?お前の気分で生徒を振り回してんだろ。凄いのはジンじゃなくて生徒だな」

 「それはそう」


 実際、俺はコツを教えるだけであって努力したのは生徒達だ。


 授業が終わった後も、しっかりと魔力操作の訓練を家でしていたり走ったりしていたのを子供達から聞いている。


 この4年間ずっと腐らずに頑張り続けたことが、彼らにとっての1番の財産となるだろう。


 折れない心というのは、生半可な事では手に入らないのだから。


 「本当に強かったわよねー。応用科がボロクソにやられてたのはお笑い物だったわ。懐かしいなー」

 「メルも出たのか?武道大会に」

 「出ようとしたら、禁止されたわ。“お前は問題を起こしすぎてるからダメ”って。出たのはリックだけね」

 「その時の先生には感謝しかない。メルが出てたら間違いなく死人がでてたな。そして、何故か俺も怒られる流れになるところだった」


 ........リックも苦労してるんやな。


 深くため息を付きながら、テキパキと料理を持っていく2人。


 メルがキレた所を見たことがないが、まぁ、相当怖いのだろう。


 あぁ言うお淑やかな子がキレた時がいちばん怖いのは、あるあるだ。


 「明日も楽しみね。幾ら儲けられるかしら?」

 「明日はもっと凄いぞ。なんせ、本気で戦うからな」

 「........あれが全力じゃないの?」

 「むしろ、あれが全力だと思えるのか?」


 料理を作りながらそうつぶやくエリーちゃんに、俺は質問するとエリーちゃんは少し考えた後首を横に振る。


 「絶対違うわね」

 「だろ?よく見ておくといい。特に、エレノラは凄いぞ」


 こうして、本戦出場おめでとうの会はワイワイと続くのだった。

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