予選決勝ミミル

 ビビットも無事本戦に駒を進め、残るはミミルただ1人。


 ミミルが勝てば、この学園が始まって以来前代未聞の補習科全員が本戦出場という快挙を達成するだろう。


 「お疲れ様ビビット。本戦出場おめでとう」

 「ありがとうございます。先生。先生のおかげです」


 ミミルの試合が始まる前に観客席にやってきたビビットは、そう言って深く頭を下げる。


 確かに俺達の力添えがあって本戦に行けたのは間違いないだろう。しかし、その努力をしたのは本人だ。


 俺は軽く首を横に振ると、頭を下げるビビットの頭を優しく撫でる。


 「俺達はあくまで道を示しただけ、本戦出場は自分の努力によって勝ち取ったものだ。頭を下げず、胸を張れ」

 「はい!!」


 頭を上げ、爽やかな笑顔で返事をするビビットは、もう一度軽く頭を下げると仲間達の元に帰っていく。


 エレノラに何か問い詰められ苦笑いを浮かべているのを見るに、最後の蹴りについて言われているのだろう。


 「後はミミルだけだね。ミミルが勝てば、半分近くは補習科の生徒が本戦に出場することになるよ」

 「本戦は16人のトーナメントだからな。確かくじ引きで決めるんだっけ?」

 「そうだね。運が良ければ補習科のみんなが上手くバラけるし、運が悪ければ潰し合うことになるよ」


 運が悪いと第一回戦と準々決勝と準決勝で潰し合う事になるのか。


 ........ちょっと小細工を仕掛けておこうかな。せっかく日の目を浴びているウチの生徒が潰し合うのは最後の最後でいい。


 でも、全部で5人いるから誰かは準々決勝当たることになるんだよな。そこは子供達に任せるか。


 本線に上がってきたほかの生徒たちには申し訳ないが、補習科の生徒が日の目を長く浴びているほうが重要である。


 あからさまな仕込みや八百長はしないので、実力で勝ってくれ。


 「仁、悪いこと考えてるでしょ?」

 「まさか。なるべく補習科の生徒達が当たらないようにトーナメントを操作しようなんて欠片も思ってないさ」

 「思ってるね?」

 「思ってない思ってない。何故か偶然そうなるだけの話だから」


 ジト目を向けてくる花音だが、偶々そうなったらしょうがないよね。


 俺は子供達にこっそり指示を出して、トーナメントのくじを上手いこと操作するように言っておく。


 くじ引きって事は、恐らく箱に手を入れて紙を引くタイプのやつだろ?それなら子供達が気合いで何とかしてくれるはずだ。


 大丈夫、中身は見えないからあからさまにやってもバレやしない。


 俺がそんなことを思っていると、遂にミミルの番がやってくる。


 可愛いうさ耳をピコピコ動かしながら、ミミルは盛り上がる会場に足を踏み入れた。


 「緊張はしてないみたいだな。いつも通りのミミルだ」

 「相手は水魔法を使う魔導師だったね。どうやら、獣人差別が酷い子らしいけど」


 様々な種族が住むこの国は、基本的に差別を禁じている。


 元老院も他種族のことを配慮して、人間だけではなく獣人やエルフも居るのだ。


 しかし、差別と言うのはどこの世界にも存在するものであり、個々の特徴が違うとなれば嫌でも起きてしまうものである。


 ミミルの対戦相手であるカルマもその1人だ。


 その考え方自体は否定しないが、それを本人に言うのはダメである。


 「あぁ、ミミルがキレてる。ミミルは仲間意識が強い子だから、差別に対してはかなり怒るんだよねぇ」

 「悪気がなければ、笑って許してくれるぐらいの器量はあるんだけどな。悪意がある差別はミミルをマジにさせるぞ」

 「カルマって子だっけ?あの子、この試合が終わった時に生きてるかな?」

 「さすがに殺さんやろ。エレノラじゃあるまいし」

 「ジン先生?なんでそこで私の名前が出てくるのですか?」


 エレノラのツッコミにはスルーしつつ、俺は静かにキレるミミルを見る。


 今の今まで使ってこなかったメリケンサックを付けている辺り、本気で相手を叩きのめす気だ。


 試合が終わった後、かろうじて生きている状態になるのは確定だな。


 「これより、予選決勝戦、補習科ミミル対応用科カルマの試合を始める!!それでは、試合開始!!」


 審判の宣言と共に、両者が動き出す。


 カルマは素早く魔法を唱えミミルに向かって放つが、ミミルはすでにその場にはいなかった。


 「相変わらず足が速いな。もう後ろに回ったぞ」

 「ゲームセット。お疲れ様でした。だね」


 ミミルを狙った水の玉は虚しくも空を切り、ミミルを見失ったカルマはミミルを探す。


 しかし、ミミルはカルマの動きに合わせて死角に回り続け、真後ろから顔面に左フックを叩き込んだ。


 あ、今の一撃で頬の骨が砕けたな。音は歓声によってかき消されてしまうが、間違いなく骨の碎ける音が鳴り響いたはずだ。


 「痛いねぇ。あれ、たとえ治ったとしても後遺症が残るんじゃない?」

 「かもしれんな。ミミルを怒らせなければそうはならんかっただろうに」


 左を撃ち抜いたミミルだが、これだけで彼女の怒りが収まるわけが無い。


 ミミルは相手の体が吹き飛ぶよりも早く、相手の鼻っ面に右フックを叩き込む。


 これで鼻の骨もへし折れた。


 いや、鼻どころか歯も何本か折れてるな。


 綺麗な顔が潰れ、ゆっくりと倒れ始めるカルマ。しかし、ミミルは相手が倒れるのを許さない。


 素早く横に回ると、地面に向かって落ちてくる相手の顎に向かってアッパーを繰り出し顎の骨もきっちりと砕く。


 そして浮き上がった隙だらけの腹に向かって、渾身の一撃を叩き込んだ。


 「きっちり鳩尾狙ってんだけどあの子。容赦なさすぎでしょ」

 「余っ程腹に据えかねたんだろうねぇ。ミミルをあそこまでキレさせるって最早才能なんじゃない?」


 身体をくの字に曲げて吹き飛ぶカルマ。


 この試合で彼女は、水の玉を一つ打つ以外何もさせてもらってない。


 余りにも哀れで可哀想だった。


 まぁ、自業自得だろうが。


 場外まで吹き飛ばされ、壁に強く叩きつけられるカルマ。


 勢いが強すぎて、壁に少しだけヒビが入っていた。


 漫画の世界かな?


 「勝者、補習科ミミル!!」


 審判の勝利宣言に盛り上がる会場。


 ミミルはその歓声が五月蝿いようで耳をペタンと倒す。


 が、サラサ先生の声が聞こえたのだろう。ミミルは耳をピンと立てると、こちらを向いて笑顔で手を振った。


 「これで補習科の生徒達は全員本戦出場が決まったな」

 「そうだねぇ。流石は絶望の出世壊しディストピア。未来ある若者達の将来をキッチリと叩き壊したね」

 「カノン先生、その名前で呼ぶの辞めてください。凄くダサいので」


 俺たちの会話を聞いていたエレノラは、嫌そうな顔をしながら会話に入ってくる。


 え、カッコよくね?


 「えー、カッコイイじゃん」

 「いや、言われてる側としては恥ずかしいです。そうですよね?」


 エレノラは3人に質問を投げかける。


 ブデ達は少し首を捻った後、答えた。


 「カッコイイかな」

 「二つ名って感じがしてカッコイイかな」

 「か、カッコイイです」

 「え、そこは私に乗る流れでしょ?ここで裏切ります?ふつう」


 解せぬと言いたげな顔でブデ達に抗議するエレノラ。


 俺はそんな微笑ましい生徒たちのやり取りを見ながら、この後の準備を始めるのだった。

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