予選決勝ビビット

 少し同情してしまいそうなほどプライドをボキボキにへし折られたベルルン。


 この後更に絶望的な状況が待っているとなると、涙を禁じ得ないと思いつつも俺の口角は上がっていた。


 うん。同情はするが、全部自業自得だからな。


 普段の行いが良ければ、ブデもあそこまで舐めプをしなかった訳だし。


 恐らく、補習科の誰がベルルンを相手しても同じような結果になっただろうと思いつつ、ビビットの番が来るまで大人しく他の生徒の試合を見ていた。


 「ビビットは次か。ブデの2試合後だったよな?」

 「そうだね。ビビットなら多分余裕で勝てるだろうから心配する必要はないよ」

 「そもそも初戦以外は心配してねぇよ。ちゃんと“勝てる”と確信を持った補習科は強い」


 そんな事を花音と話していると、ブデとライジンがやってくる。


 2人とも本戦に駒を進めれたのが嬉しかったのか、その顔は笑顔だった。


 「お疲れ様。2人とも。本戦出場おめでとう」

 「あ、ありがとうございます。先生のおかげで、本戦に行くとこが出来ました」

 「ありがとうございまふ。久々にスッキリして気分がいいでふ」

 「まぁ、あそこまで心をボキボキにへし折ったら気分もいいだろうな。狙ってやったのか?」


 俺の問いに、ブデは首を横に振る。


 ブデも流石にそこまで鬼じゃなかったか。


 「まさか。ちょっと焦りましたよ。いやホントに。途中から“帰れ!!帰れ!!”ってコールが始まるんでふから。本当は疲れきった体をへし折ってやろうかと思ってたんでふけど、流石にそれはやめました。そしたら、ミミルに怒られましたけど」

 「両足ぐらいへし折っとけよって怒ってたね。長い耳がゆらゆら揺れてちょっと怖かったよ」

 「ミミルは正しいですね。こんな事ならブデに私特製の高威力爆弾を持たせるべきでした。爆発範囲が小さい代わりに威力がとても高いので、生半可な相手に使うと当たった場所が吹き飛びますよ」

 「エレノラ、後で倫理観のお勉強をしようか」

 「え?なんでですか?」


 真面目に首を傾げるエレノラ。


 やっぱりエレノラに必要なのは、一般的な倫理観だな。


 骨をへし折る程度ならともかく、人体の欠損となると治療も圧倒的に難しくなく。


 それが分かっている上でのこの発言は、明らかにアウトだった。


 エレノラが相手じゃなくて良かったなベルルン。エレノラと戦ってたら腕か足を無くしてたぞ。


 ちなみに、観客が“帰れ”コールをしていた時にはエレノラも一緒になって“帰れ!!帰れ!!”と言っていた。


 その途中で“死ね!!ゴミ!!クズ!!蛆虫!!”とか聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。うん。気の所為ということにしておこう。


 俺が相変わらず過ぎるエレノラに呆れていると、会場が盛り上がる。


 どうやら決着が着いたようだ。


 「次はビビットだな。楽しみだ」

 「その次はミミルだね。2人とも安定して強いから、心配する必要はなさそう。それよりも、サラサ先生の喉の方が心配だね」

 「それはそう。サラサ先生大丈夫か?明日喉が死んでそうなんだけど」


 補習科の生徒が出てくる度に声を張り上げるサラサ先生は、闘技場に出てきたビビットに向けても黄色い声援を上げている。


 周りの後輩生徒達が引くレベルでテンションの高いサラサ先生の応援は、ビビットに届いたようでこちらを向いて大きく手を振っていた。


 「ビビットの顔、引き攣ってんだけど。サラサ先生の声が想像以上に聞こえすぎて軽く引いてるぞ」

 「私の時もハッキリ声が聞こえましたね。逆にジン先生の声援は全く聞こえませんでしたが」

 「サラサ先生と比べるな。俺たちだってそれなりに大きな声を出して応援してたんだぞ」

 「分かってますよ。声が聞こえずとも、その顔を見れば」


 エレノラはそう言うと、ビビットを応援し始める。


 対戦相手は槍使いの少女だった。


 「これより、予選決勝戦、応用科ネネ対補習科ビビットの試合を始める!!それでは、試合開始!!」


 審判の開始の合図とともに、両者が動き始める。


 ビビットは槍の間合いよりギリギリ外で立ち止まると、ネネの放った突きをいとも容易く躱して見せた。


 「必要最低限の動きだけで避けてる。流石、相手の攻撃を避けることに関しては他の生徒よりも上に行ってるビビットだな。避けたあとのこともしっかり考えてる」

 「だね。相手も避けられる前提で突きを撃ってるから、直ぐに防御に戻ったけど」


 避けるのが1番上手いビビットだが、相手がエレノラになると一方的にやられることが多いんだよなぁ。


 エレノラは、人の行動を読むのが上手いから最善で攻撃を避けるビビットは戦いやすいのかもしれない。


 ビビットは、素早く防御に戻ったネネを見て1歩前に踏み込む。


 “突いて来いよ”と言わんばかりに圧をかけるビビットだが、相手は動こうとしなかった。


 恐らく、ビビットの試合を何度も見て下手に手を出すと反撃を食らうことを理解しているのだろう。


 だが、手を出さずに入ればビビットが攻撃してくると言うのが分かってないのか?


 相手が防御に徹していることを悟ったビビットは、更に1歩深く踏み込むと相手の懐に入り込む。


 先程までゆらゆらゆっくり動いていただけに、一瞬で加速したビビットに相手は反応が僅かに遅れた。


 「あ、終わった」

 「この緩急が嫌らしいよね。私たちなら簡単に対処できるけど、格下の相手だとこれだけでゲームセットだよ」


 慌てて距離をとって槍を突き出そうとするネネ。


 しかし、ビビットがそれを許すはずもない。


 ビビットは素早く剣を振るうと、槍を一刀両断しそのまま相手の腹に蹴りを入れる。


 相手が女の子の為か、その蹴りは明らかに手を抜いていた。


 これを見て、不満タラタラなのはエレノラだ。


 「私には本気で蹴りを入れてくるのに、なぜあのネネって奴には優しく蹴るんですか。これは帰ってきたら聞かないといけませんね」

 「エレノラは本気で蹴っても大丈夫だと思ってるんだろ。向こうはか弱い女の子なんだから」

 「私もか弱い女の子ですが?」

 「か弱い女の子は教師相手に爆破の実験なんてしないのよ。今まで何度運動場の壁を壊した?」

 「記憶にないですね。一体誰の話をしてるんですか?」


 サラッと惚けるエレノラ。


 しかし、自覚があるのか頬から冷たい汗が流れ落ちていた。


 うんうん。か弱い女の子は魔物を爆破することに快感を覚えたりしないからね。自覚があって何よりだよ。


 吹き飛ばされたネネは、何とか体制を建て直して着地するものの、そこは既に場外。


 ビビットの勝ちが決まった瞬間だった。


 「そこまで!!勝者補習科ビビット!!」


 何度目になるか分からない歓声が、闘技場内に響き渡る。


 ビビットは機嫌良さそうにこちらを向いて手を振った後、対戦相手に頭を下げて舞台を降りた。


 やはりビビットは出来る男である。


 補習科と言う足枷がなければ、モテたんだろうな。


 俺はそんなことを思いながら、本戦に駒を進めたビビットに拍手を送るのだった。

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