課外授業③

 もう地球には戻れないことを再認識し、少し悲しくなりつつも無事に森へとたどり着いた俺達は、生徒達と一緒に森の中へと入っていく。


 この森は、そこまで強い魔物が存在しない。上級魔物が森の奥の方に居ると言う報告は受け取っているが、それ以外は特に注意することもなかった。


 「ブデ、そこまで緊張しなくていいぞ。今やお前に勝てる魔物はこの森には少ししか居ないからな」

 「わ、分かってまふ。でも、僕の武器は長物だから、森の中だと振り回しづらくて........」

 「大丈夫、大丈夫。狭い中でも戦う術は既に身につけてるんだから、何とでもなるよ。練習は本番のように、本番は練習のようにやればいいんだ。いつも通りやれれば問題ない。エレノラを見てみろ。森の中で火を扱うってのに、全く緊張してないだろ?」

 「いや、あれはただ単に森を爆発させて火事を起こしてもいいやって思ってるだけだと思いまふけど........」


 うん。俺もそう思う。


 唯一火気を扱うエレノラだが、彼女はちゃと爆発させた火の粉で森が火事にならないようにとか考えているのだろうか?


 学園の運動場で、被害を一切考えず実験を行う様な奴である。正直考えているとは思えない。


 しかし、俺なりの気遣いを感じたのだろう。ブデは1度大きく深呼吸をすると、肩の力をゆっくりと抜いていく。


 そうだ。力んでたらどうやっても普段の実力は出せない。緊張と緩和は、戦闘においても大事な要素である。


 「ブデ達はゴブリンとは戦ったことがあるんだっけ?」

 「はい。課外授業で何度か戦いました。ホブゴブリンまでは戦えまふ」

 「へぇ。ホブゴブリンねぇ。んじゃ、オーク辺りと戦ってみるか」

 「え?!」


 サラッと中級魔物と戦おうと言う俺の言葉を聞いて固まる一同。大丈夫。流石に今すぐに戦うなんてことはしないから。


 「今すぐには戦わないさ。先ずは、自分たちがどれほど強くなったかを自覚するために、ゴブリンと戦ってみよう。前は苦戦したか?」

 「一匹はぐれていたゴブリンを倒した時はそこまで。僕たちは5人。ゴブリンは一匹だったので、数の暴力で押し切りました。群れを相手するとなると、分からないでふ」

 「今の実力なら、群れ相手でも楽勝だ。なんなら1人で制圧できるぞ」


 俺はそう言うと、子供達にマークさせていたゴブリンの群れに向かって森の中を歩き始める。


 森の中では、木の根や蔦が足を絡めとってきて歩きづらい。俺や花音のように慣れていればともかく、普段森の中を歩かない生徒たちにとっては、動きづらい場所だろう。


 しかし、何度か課外授業で歩いてきた経験と俺やサラサ先生の助言によってその歩きづらさも多少は改善される。


 歩くスピードが少し遅くなりつつも、10分程度でゴブリンの群れが見える位置にやってきた。


 「6匹の群れだな。全員ゴブリンだ。今のお前たちの実力なら、1人でも簡単に勝てる。やってみたい人はいるか?」

 「「「「........」」」」

 「はい。私がやります」


 誰もが手をあげない中1人だけスっと手を上げたのは、我らが問題児エレノラ。彼女は既に手に持っている爆弾を、手の上で転がしながら視線はゴブリンに釘付けだった。


 正直、エレノラが最初に動くとは思ってなかったが、本人がやる気満々なので頑張ってもらおう。


 エレノラがゴブリン相手に圧倒できる姿を見せれば、他の生徒たちへの鼓舞にもなるはずだ。


 俺はそう考えると、エレノラの肩を軽くもんでやりながら少しだけアドバイスをしてあげる。


 肩に力も入ってないし、割と平常運転だな。変わり者も、こういう時は心強い。


 「一対多の戦い方で注意することは覚えているか?」

 「囲まれない事。連携を取らせない事。各個撃破を試みる事ですよね?」

 「そうだ。今回は、自分の力がどれほどまで上がっているかを確認する野が目的だ。奇襲を仕掛けるのもいいが、真正面から戦ってみろ。大丈夫、今のエレノラなら、赤子の手をひねるよりも簡単だぞ」

 「分かりました。真正面から来るヤツを、思いっきり爆破してやればいいんですよね?」

 「ん?んー........うん。まぁ、そんな感じだ」


 ちょっと違う気もするが、エレノラの戦い方は爆弾を豊富に使った“爆弾魔ボマー”戦法。


 過剰火力の場合も考えて、一応周囲の草木が燃えても即消火できるようにだけはしておくか。


 俺は花音達に視線で指示を出す。


 花音は何が言いたいのか分かってくれたようで、黒百合さんとラファに周囲が燃えた際の消火をお願いしていた。


 さすが花音。俺の言いたいことを簡単に察してくれる。


 俺はエレノラの背中を軽く押してやり“頑張れ”とだけ言うと、エレノラはゆっくりとゴブリン達に近づいていく。


 「グギ?グギャァ!!」


 エレノラに気づいたゴブリンの1匹が騒ぎ始め、仲間のゴブリンたちもエレノラが来たことを認識する。


 エレノラは戦闘態勢に入る訳でも無く、ただゆっくりと歩いてゴブリンたちに近づいていく。


 ゴブリン達が棍棒を持って待ち構える中、殺気すら出さずにゆっくりと近づいていく様は正しく強者。これに禍々しいオーラでもあれば、エレノラは魔王に見えるだろう。


 「去年はゴブリン相手にビビってたけど、今は私なりの戦い方がある。悪いけど、死んでもらうよ」

 「グギャ!!グギャァァァァ!!」


 棍棒を構えて迫り来るゴブリン達、エレノラはゴブリン達の出方を見てから動き始めた。


 ドーンと、爆発音が響くと同時に、後ろにいたゴブリン3匹の頭が吹き飛ばされる。


 仲間のゴブリンは何事かと後ろを振り返り、火薬の匂いが立ちこめる煙に視線を向けるがこれがダメだった。


 昔のエレノラならば、ゴブリンを殺すすべを持たなかったかもしれないが、今は下級魔物低度余裕で殺せる。


 視線が逸れたことを確認したエレノラは、ゴブリン達に急接近して仕込みナイフを袖から出すと、そのままゴブリンたちの首を掻っ切って赤い鮮血を森の中に咲かせた。


 僅か数秒の出来事であったが、実に見事な殺し方である。


 後方は爆弾を使い牽制(牽制と言うか殺してたけど)。そのまま爆発音に釣られ、視線を外したゴブリンを近接で確実に仕留めるやり方は、初めてやったようには見えなかった。


 もしかしたら、課外授業が決まってから色々と考えていたのかもしれないな。


 「凄い!!凄いよエレノラ!!ゴブリンの群れをたった一人で片付けたんだよ!!」

 「ちょ、サラサ先生。苦しい........」


 この3年間エレノラを教えてきたサラサ先生は、エレノラが単独でゴブリンの群れを倒した事が余程嬉しかった様で、半泣きの状態でエレノラに抱きつく。


 その際、少しいい感じに腕が首に入っていたので、エレノラの顔は若干青かった。


 「すごく嬉しそうだねサラサ先生」

 「長年教えてきた生徒が成長したんだ。喜ばない方がおかしいだろ。それに、こう言っちゃ悪いが、エレノラはこの4年生の中で1番やる気と成長が感じられない生徒だったからな。それでも真面目さは伝わってくるけど」

 「まぁ、授業中に新しい爆弾の構想が思いついたからって実験室に行くような子だからねぇ........」


 俺達は、とても喜ぶサラサ先生と首が締まって落ちかけているエレノラを微笑ましく思いながら、課外授業を続けるのだった。

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