課外授業②

 学園長から課外授業の許可をもぎ取って来た日から約1ヶ月後。四年生の生徒達に課外授業を実施することを伝え、その日がやってきた。


 日が昇るよりも少し前の時間に俺達は学園に集まり、色々と注意事項を確認する。


 万が一が起こりえた時の場合に、どのように行動をするのかを伝えておくというのは重要だ。マニュアルがあることないことでは、実際に起きた時の判断の速さに違いが出る。


 日本で言う避難訓練みたいな感じだな。今回は自然災害では無く、人的な災害の方が確率が高いが。


 生徒たちには言ってない(サラサ先生にも)が、今回課外授業を行う森の中には既に子供達が何千と潜入しており、道中の安全も確保されていた。


 比較的治安のいいこの国でも野盗のような奴らは出てくる事があるのだが、既に子供達によって彼らは殲滅されている。


 随分と面白い事があったみたいだが、今はまだ放置することにしていた。


 それこそ、厄災級魔物が出てこない限りは問題ないだろう。あの森に強い魔物なんて居ないしな。


 「──────────という訳で、各自このような場合が起きたら教師の指示に従うように。厄災級魔物が複数体出てこない限りは、君たちの安全を保証しよう」

 「「「「「はい!!」」」」」


 朝から元気な四年生の返事を聞きつつ、俺達は学園を出てそのまま首都も出ていく。


 今回生徒たちは、俺がドッペルに作ってもらった量産型の武器を持ってもらっている。過去に伝説の武器を作ったと言われるドワーフの顔を使って、鉄とは思えないほどの強度と鋭さを持った剣やハルバードを作ってもらったが、俺はそのドワーフの名前に聞き覚えが無かった。


 一体いつの時代の伝説の武器職人なのだろうか?


 ドッペルに聞いてみたが“昔過ぎて覚えてない”とはぐらかされたので、何か事情があるのかもしれない。


 ブデにはハルバードを。その他(ブデとエレノラを除く)には体格に合った剣とナイフを渡してある。


 四年生の問題児、エレノラは両手が自由に使えるように仕込みナイフを渡してあるが、多分使わないんだろうなと思っている。


 ナイフで首をかっ捌く前に、この子は爆弾で相手を爆発させる方を優先するやろ。


 3ヶ月近くも生徒たちを見て居れば、何となく分かる。


 「みんなちょっと緊張してるねぇ。緊張感がないよりは全然マシだけど」

 「みんなって言うか、エレノラを覗いた4人がだな。エレノラだけは、普段通りポワポワしてるように見えるぞ」

 「エレノラちゃんはほら、変わってるから」

 「多分今も、爆破のことしか考えてないんだろうな........1に爆破で2に爆破、3.4も爆破で5も爆破だろうよ」

 「テロリスト予備軍じゃん........」


 この学園は、年に1.2回程課外授業を行う。


 戦闘訓練の授業の一環として、魔物を倒す事が授業に組み込まれているのだ。


 その際は先生の殆どが出払い、500人近くいる生徒たちを守る為に護衛に着くそうだが今回はそんなに大所帯ではない。


 生徒5人に教師5人。たった10人しか居ないとなれば、生徒達も周囲が良く見えて緊張するだろう。


 数というのは、時として安らぎを与えるのだ。


 まぁ、中にはエレノラみたいにマイペースなやつも居るのだが。


 「懐かしいね。こうしてみんなで森に魔物退治しに行くの。今回は私達が引率側だけどさ」

 「確かに7年ぐらい前は、引率される側だったな。アイリス団長とシンナス副団長、その他大勢の騎士達に連れられて、魔物退治に行ったのはいい思い出だよ。あの時はどちらかと言えば、ワクワクしてた気がする」

 「そうだねぇ。初めての街の外だったし、見えるもの全てが初めてのものだったからねぇ。ゴブリンを殺した時なんかは、朱那ちゃん大分グロッキーだったのを覚えてるよ」

 「そりゃそうだよ。私はあの日初めて生き物を自分の手で殺したんだよ?今となっては慣れちゃったけどね」


 そう言って、少し寂しそうな表情をする黒百合さん。


 人と言うのは、良くも悪くも慣れる生き物だ。最初こそ拒否反応が出ていたとしても、毎日やっていれば、嫌でも慣れてしまう。


 この世界に来る前の俺に聞かせてやりたいものだ。7年後の自分は、人すらも簡単に殺せる怪物になってしまうと。


 無抵抗で自分の子供だけは助けてくれと懇願する親の目の前で、子供と一緒に親を殺すことに罪悪感すら覚えない無慈悲な人間に変わるとは思ってなかったな。


 幸い、人を殺すことに快感を得ることは無かったのだが、やっていることは人殺し。おれは死んだら地獄行き確定だろう。


 「今の価値観を持って前の世界に戻ったら、多分生きていけないな。俺達はこの世界に染まりすぎた」

 「そうだねぇ。ウザイやつ見つけたら“殺せばよくね?”っていう思考になってそう」

 「そんなことないよ!!って否定できないのが悲しいなぁ」


 もうあの世界に俺たちの居場所はないだろう。たとえ戻れたとしても、あの狭苦しい世界では生きていける気がしない。


 光司は未だに前の世界に帰る術を探しているらしいが、帰ったところで俺達がどうなるのかは目に見えている。


 もし、7年後の世界に帰ってきたとすれば、メディアに追いかけ回されロクな目に合わないだろう。何年時が過ぎようが、マスゴミはマスゴミなのだ。


 そして、7年前の転移する前の時間に戻ってきたとしても、俺たちの体は既に20を超えている。記憶も全て戻るのであればいいが、戻らなかった場合は既に染った異世界の思考と共存しなければならない。


 ある程度の地位と金が約束されており、既に自分達の仕事を見つけて生きている現在から態々戻る理由は無いと俺は思っている。


 クラスメイトの中にはそこら辺が想像できてなくて、未だに地球に帰りたいと言うやつも多くいるが。


 「異世界から帰ってきて現代無双なんて、漫画の世界だけだよな。大抵の場合は、面倒事しか降り注がない上に、権力に押しつぶされる」

 「その点で言えば、異世界転移させられた私達も漫画の世界だけどね。向こうにいた時はフィクションだと思ってたでしょ?」

 「確かに」


 花音の指摘に俺は大きく頷きつつ、朝日が登り始めた街道を生徒たちと歩くのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 憎悪と復讐に支配された愚かな少年は、自身の計画が水の泡になった事を悟った。


 「クソックソックソッ!!あのクズ共、本当に使えないゴミばかりだな!!せめて俺の役に立ってから死ねよ!!」


 今日は補習科の課外授業が行われる日。その情報を聞き付けたベルルンは、この街の近くを拠点としている盗賊にある依頼をしていた。


 盗賊との接触は大変だった。街中に何人か潜伏しているというのは噂で聞いていたが、それを探し出すとなると金と時間がかかる。それでも、彼はやってのけた。監視の目が外れるわずかな時間を使って盗賊を探し出し、接触して依頼を出す。


 補習科の生徒達を盗賊に襲わせて殺すという計画だ。


 仁達が護衛についていると言うのに、無謀がすぎる依頼だが、そのことは伝えなかったので快く引き受けて貰えた。小遣いの半分近くは吹っ飛んだが、成功すればそれだけの価値がある。


 この才能を他のことに使えよとは思うが、復讐に支配された少年の視野は狭い。


 そして、実行一日前。彼に悲報が届く。


 なんと、首都近辺の見回りをしていた騎士が、盗賊達の死体を発見したのだ。


 ベルルンの取り巻きである騎士隊長の息子バレッグスが言っていたので間違いない。


 結局、彼は盗賊に渡した前金を失うだけとなってしまった。


 「クソが!!次だ。次こそは殺してやる!!」


 彼は知らない。世界最強の傭兵団が全てを知っていながら、見逃しているのを。


 彼は知らない。全てを知りつつ、この機会にバカ息子を上手く使ってベルン商会を潰そうとする腹黒が過ぎるお嬢様策略を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る