課外授業①
四年生の生徒達が自分なりの戦い方を確立し、最初の頃に比べてかなり強くなってきた頃、俺は学園長室を訪ねていた。
彼らは強くなった。きっと自分たちでもそれを自覚してはいるだろうが、どこまで強くなったかまでは理解出来ていない。
落ちこぼれと言われ、自分達は弱いと植え付けられた思考と言うのはそうそう払拭できるものでは無い。世界最強の強さを見続けているなら尚更だ。
どれだけ実力があろうとも、“勝てる”と言う考えが無い戦士に勝利の女神は微笑まない。
だからこそ、彼らには“勝つ”と言う感覚を身につけて貰わねばならなかった。
「と、言うわけで街の外で授業をする許可をくれ」
「どういうわけなのかは知らないけど、課外授業をしたいってことでいいんだね?」
学園長のみが座れる椅子に座り、学園長は何やら忙しそうに書類を片付けている。
ちょいちょい暇そうにしているのを学園内で見たが、腐っても学園長。ちゃんと仕事をしてるんだな。
「そうだ。と言っても、四年生だけを連れていくつもりだ。生徒の安全もウチの傭兵団の総力を上げて確保しよう」
「世界最強の傭兵団の護衛か。それは凄いね。どんなに大金を積んでも確保できない最強の護衛だ。二つ返事でいいよって言ってあげたいけど、一応学園のルールで色々と聞かないといけなくてね。まず、どこに行くんだい?」
「首都から歩いて二時間ほどの所にある森。魔物と戦わせたい」
「うん。まぁ、街の外で戦うとなればそこしか無いね。目的は?」
「今言っただろ。魔物と戦わせて、“勝利”の味を覚えさせたい。ずっと負けてきた生徒達は、自分が強くなったと自覚していてもどこまで強くなっているか分かってないしな。このまま負け癖が付くのはよろしくないと判断した」
「なるほど。確かに成功体験は人を大きく成長させるものだ。若いうちは、成功も失敗も学ぶべきだね」
4年生は既に失敗を多く味わっている。ならば、次は成功を味わうべきだ。
自分達でも勝てる。そう思う事で、世界の見え方が変わってくることもある。
学園長も教育者。成功する事で得られる経験の重要さは理解しているだろう。
「いつ実施するんだい?」
「休日かな。出来れば、休日を丸々一日使いたい。ダメか?」
「んー、補習科なら幾らでも言い訳が聞くからいいんだけど、問題は生徒達の都合もあるって事だよね。急には実施できないよ」
生徒達にもそれぞれの生活があり、休日は家の手伝いをする子もいる。
ブデの家は確か定食屋だったな。毎日余り物をいっぱい食べてりゃあんな体型にもなる訳だ。
そこら辺の都合も何とかしないとダメか。最悪、親御さんにおれが頭を下げてでもお願いしなければならない。
「生徒達の都合も会えば実施していいよ。ただし、課外授業を行う場合はすべて君の自己責任になるということを覚えておいてね。学園主導の課外授業じゃないんだから」
「分かってる。言っただろう?ウチの傭兵団の総力を持って生徒の安全は保証しよう。例え厄災級魔物が現れても、生徒達だけは安全に帰すさ」
「ハッハッハ!!それは頼もしいけど、首都の近くで厄災級魔物が出てこられると僕も困るかな。討伐できるのは君達ぐらいだろうし」
「その時は依頼をするといい。法外な値段を吹っかけてやるから」
「ハッハッハ!!お手柔らかにね?」
こうして、学園長から課外授業の許可をもぎ取る事に成功した俺は、クソめんどい書類(課外授業を行うに当たって書かなければならないやつ)を学園長に押し付けられるのだった。
うわぁ、書き方とか分かんねぇぞ。後でサラサ先生に聞いてみるとするか。
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仁が学園長に課外授業の許可を取りに行っていた頃、学園内では憎悪に塗れた少年が爪を噛んでいた。
彼は元老院の娘であるリーゼンと世界最強の傭兵団の娘であるイスに喧嘩を売った大馬鹿者であり、父親に手酷く叱られて監視までつけられしまった愚か者だ。
その日以降、彼の順風満帆な学園生活は窮屈になり、なりをやるにも監視の目を気にしながらやらなければならなかった。
「クソクソクソクソクソクソ!!何で俺がこんな生活をしなきゃならないんだ。あの監視のせいで、何も出来やしねぇ!!」
何時もなら、自分の家の権力を振りかざして好き勝手できるのだが、監視の目があるとなればどうしようもない。
下手な真似をすれば直ぐにでも彼の父親であるベルンに話が渡り、また大目玉を食らう事になるのは明白。
彼の暴君は、それ以上の圧力によってなりを潜めるしか無かった。
そのお陰で平穏な生活を送り始めている生徒も多い。特に、力の弱い戦闘訓練の補習科に属する生徒にとっては有難い話であった。
「最近、ベルルンが大人しいよね」
「あーあのクズねー。事ある毎に私たちに突っかかってきてウザイんだよねー。早く死ねよ」
「ミミル、本当にベルルンの話気なると口が悪いね。まぁ、僕もかなり嫌いだけど」
「ぼ、僕もあまり好きじゃない........」
「むしろ好きな奴なんて居ないのでは?少なくとも、生徒の中で彼を好意的に思っている人はかなり少ないと思うよ。だってウゼェもん。今度、アイツの私物に爆弾でも混ぜてやろうかな」
「それはやめておいた方が........」
相変わらず思想が過激なエレノラをやんわりと止めるブデ。しかし、エレノラの毒は止まらない。
「ブデ、優しすぎ。あぁ言う害虫は駆除するべきだよ。人に利益をもたらす益虫ならともかく、害しか成さないんだから。まだ、人間の捨てたゴミを食べるネズミの方が役に立つとは思わない?」
「いや、流石にそこまでは........」
「特にブデは、その体質と体型からいいサンドバックにされてるじゃない。やり返したいんでしょ?」
「それは........うん」
ブデはその体格と打たれ強さから、ベルルンとその取り巻き達からよく暴力を振るわれていた。
最近は無くなってきたが、酷い時は木剣で殴られることもあったのだ。それでも、彼自身はほぼ無傷で痛みもないのだから、凄いのだが。
しかし、痛みがないからと言って一方的に殴られる事をこころよく思うわけが無い。
仁の娘であるイスとリーゼンがベルルンをボコったと聞いた時は、思わずガッツポーズをしてしまうほどだった。
「どうせアイツは武闘大会に出てくる。そのときボコボコにしてやればいいよ。ジン先生のお陰でかなり強くなったしね」
「ジン先生たちが強すぎて、実感が余りわかないけどねー........あの人可笑しいって。何で獣人族である私よりも足が早いの?」
「其れが世界最強なんでしょ。僕たちには遠く届かない世界を、あの先生は見てるんだよきっと」
彼らはそう話しながら廊下を歩く。そして不幸にも、その会話は彼の耳に入ってしまった。
今まで見下し続けてきた者が、自分を見下している。
それを許せる程彼の器は大きくない。
「あのゴミ共が........!!絶対殺してやる!!この俺様を敵に回した事を後悔させてやる........!!」
この憎悪が誰に向くのか。それを知る者はまだ居ない。
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