イスの学園生活⑨
その日の授業を終え、帰りのホームルーム。
担任の教師であるレベッカは、面倒くさそうに頭を掻きながら生徒たちに連絡事項を伝えていた。
新入生である1年に伝えることは多く、プリントを配布したり色々とやるべき事がある。レベッカは心底面倒くさく思いつつも、教師の仕事としてやらなければならなかった。
そして、今日のホームルームは更に重要な事を決めなければならない。
「はい、それじゃクラス委員長と副委員長を決めるぞ。私は仕切らないから、勝手にお前達で決めてくれ」
レベッカの一言でザワつく教室内、レベッカは本当にここから先を仕切るつもりは無いのか、教壇を降りると適当な椅子に座って生徒達の様子を眺め始めた。
クラス委員長はそのクラスを代表する生徒だ。何か行事があれば、基本的にクラス委員長がクラスメイト達を仕切る。
副委員長は委員長が居ない時のスペアとして、委員長がいる場合はその補助としてクラスを仕切る必要があった。
これが普通の学校ならば、立候補者を募って多数決で決めるだろう。だがしかし、ここは国を代表する学園であり、この学園に来る者達と言うのはやる気に満ち溢れていることが殆どだ。
更には、親の権力なんかも絡んでくる。
圧倒的に親の権力が強い生徒が立候補者すれば自然と委員長になるケースもあれば、同じ程度の権力を持った親を持つ生徒達が対立して決闘をするなんてこともよく巻き起こるのである。
教師としては誰がクラスを纏めようがどうでもいいが、自主性とリーダーシップを育む役職の為生徒たちに全てを一任するようにと学園長から言われれば従わざるを得ない。
(早く終わってくれねぇかな。去年はそりゃもう酷かった。四人程立候補者した上に、全員がそれなりの権力を持った親だったから、話が纏まらないのなんの。お陰で次の授業の準備を深夜にする羽目になったんだからな)
レベッカは去年の四年生達の間で巻き起こった熾烈なクラス委員長の奪い合いを思い出してうんざりしながらも、このクラスには元老院の娘もいるし多分大丈夫だろと願う。
願わくば、その隣に居る世界最強の傭兵団の娘が余計な騒ぎを起こしませんようにと。
(イスの野郎、二日目にして4年生と揉めたらしいからな。グスタルとも揉めたって聞いたが、今のところは仲がいいらしいし........年相応の感情が表に出やすいタイプならともかく、本心では何を思ってるか分からん輩は面倒すぎる。もっと子供らしくしてくれよ。本音と建前を使い分けるな。お前もだぞリーゼン嬢)
イスとリーゼンは、レベッカにとって悩みの種。入学二日目にして四年生と揉めただけではなく、戦闘訓練の教師相手に実力の差を見せつけてプライドを叩き折ったりと、好き勝手やっている。
レベッカに戦闘訓練の教師からクレームが来たほどだ。
何故私にクレームを入れるんだとはレベッカも思っているが、本人に言っても意味が無いことぐらい脳筋の教師でも分かっているのだろう。
尚、戦闘訓練以外の教師からは評判が良いのでレベッカも注意はしていない。特に建築学の教師からは感謝すらされていた。
「なんか見られてるの」
「それだけ私達が心配なんでしょ。ほら、私もイスちゃんも問題行動を起こしてるから」
「え?どこが?」
「........イスちゃん、頭はいいけどちょっと天然よね」
イスの本気で言っている顔にリーゼンは苦笑いを浮かべる。
リーゼンはある程度自覚しているが、人間社会での経験が薄いイスは自分の行動が問題にされている事がよく分かっていなかった。
どちらもタチが悪く、レベッカからすれば同罪ではあるが、一線を見極められないイスの方が大きな時限爆弾となりうるだろう。
「よく分かんないけど、私は問題児なの?」
「まぁ、ある意味ね。私もだけど。それより、イスちゃんはクラス委員長をやらないの?」
「面倒なの。パパが言ってたの。“人の上に立つのはクソほど面倒だから辞めとけ”って。それはもう実感がこもってたの」
「傭兵団の団長ともなると、面倒ごとは多いものね。要らない恨みを買うこともしばしばあるし。先生が心底嫌そうな顔をしながら言っているのが目に浮かぶわ」
「リーゼンちゃんはやらないの?」
「私もパスするわ。誰も立候補しないならともかく、やりたがりのファザコンがいるしね。やりたい人がいるならその人がやればいいのよ」
リーゼンがそう言ったすぐ後に、グスタルは手を挙げて席を立った。
誰もがグスタルに視線を向け、次の言葉を待つ。
「俺はクラス委員長に立候補する。他に立候補する者はいるか?」
しばしの沈黙。
彼の父親はアゼル共和国の騎士団長であり、この国一番の騎士だ。彼の性格の良さは皆が知っているし、リーダーシップがあるのも知っている。
最初こそイスに絡んだとは言え、今ではベルン商会と敵対しないかと心配してあげているだけの優しさもある。
親の権力と彼自身の人柄。このクラスで、彼よりもクラス委員長に相応しいものは居ないだろう。
誰一人として立候補に名前を上げず沈黙の時間が流れる中、イスがおもむろに手を叩き始めた。
それを見たリーゼンも拍手をグスタルに送り、ポツポツとやがて大きな喝采となってグスタルに拍手の雨が降り注ぐ。
イスのクラスにて、クラス委員長が決まった瞬間だった。
「順当ね。グスタルなら問題ないでしょ。人望もあるし」
「副委員長は誰になるの?」
「さぁ?取り巻きがやるんじゃないかしら?」
リーゼンの予想通り副委員長はグスタルの取り巻きの1人、バーダンが務めることとなり、とても平和的に上級クラスの委員長達は決まる。
レベッカも一番楽な生徒がなってくれて良かったと安堵しつつ、何より想定よりも早く終わった事に喜んだ。
「よし、決まったようだな。んじゃ、解散。気をつけて帰れよ」
やる気のない声とともに解散したクラスは実に平和であり、クラス全体の雰囲気が如何に良いかを示している。
リーゼンとイスは“当たりクラスを引いたな”と内心喜びつつ、折菓子を受け取りに学園を出るのだった。
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その日、影とニャルラトホテプはとある遺跡を訪れていた。
女神の目から逃れつつ訪れたその遺跡の先にあるのは、かつての英雄が残した武器。
硬い封印と封印解除の際に起きる反動で女神に存在がバレる可能性があるので、今はまだ眠っていてもらうしかない。
「これ、本当に使えるの?僕の数十倍あるんだけど」
「使えずともこの剣の素材は必要だ........かつて存在した巨兵の忘れ形見。コレが今後の戦争において必要不可欠のものとなるのは間違いない。何より、あの女神を殺せる手段が増えるのだからな」
「封印解くのめっちゃ大変そう」
「めっちゃ大変だぞ。なんせ、あの大賢者マーリンが施した封印術だ。並大抵の術者ではビクともせん」
「ですよねー」
影はそう言うと、見上げても尚終わりが見えない巨大な大剣に触れて小さく呟いた。
「
巨大な大剣は、ただ沈黙を守る。かつての英雄が戻ってくるその日まで。
これにて第四部二章はおしまいです。
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