イスの学園生活⑧

 週明け。イスは仁達に元気よく“行ってきます”を告げて学園に向かうと、自分の席と化した教室の左後ろの席に座る。


 先にリーゼンが来ている日もあったが今日はイスの方が一足早かったようで、イスは暇を潰すために建築学の教科書を開いて眺めていた。


 建築学を専攻している生徒はなんとたったの二人。基本的に集団での今日言うのは下のレベルに合わせて学ぶものであり、学園の教育もその例に漏れないのだが、人数があまりにも少なすぎる上に2人ともとても優秀という事で、教師の想定以上に授業が進んでいた。


 学園は三学期制。教師は1年で教えなければならない範囲をこの日数で割って授業内容を考えるのだが、たった1週間足らずで一学期に教えるべき範囲の半分近くが終わってしまっているとなれば教師としては頭を抱えたい案件である。


 できない生徒に足を引っ張られ続けるのも考えものだが、生徒ができすぎてあまりにも授業の進行が早すぎるのも考えものだった。


 1人は完全な建築オタクで、もう1人は何をやらせても高水準。


 元々そこまで教える内容が無い建築学に、そんな秀才達が入ってこれば教師も嬉しい(悲しい)悲鳴をあげることにはならなかっただろう。


 「........何読んでるんだ?」

 「おー、おはようなのグスタル。建築学の教科書を読んでるの」


 イスが教科書を読み始めて少しした後、学園にやってきたグスタルはイスに話しかけた。


 彼は、イスとリーゼンが四年生の馬鹿であるベルルンと学食内で揉めた日以来、何かと気を使ってくれるようになった。


 最初の威勢はどこへやら。牙の抜かれた優しき虎は、リーゼンの正体を知りイスの強さをその目で見ても尚、心配の方が勝る。


 イスは“コレがツンデレか”と思いつつ、数少ない友好関係が築けている生徒としてグスタルのことを気に入っている。


 イスに教科書を見せられたグスタルは教科書の内容を見てみるも、自分が専攻して居ない教科の話はちんぷんかんぷんであった。


 「全然わからん。なんだコレ」

 「各種族における建築の特徴とその方法なの。エルフの国では木を丸ごとくり抜いて作られた家が主流だし、亜人は己の肉体に合った家を作るからゴチャゴチャしてるの。獣人は家の中に自身の強さを示せる何かを置くことが多くて、ドワーフは背が小さいから必然と小さめの言えが建ち並び、人間は利便性を求める。簡単に要約するとこんな感じなの」

 「おぉ、その言い方なら理解できるが、この文読んだだけだと分からん。よく理解できるな」

 「専門用語が使われているの。知らなきゃ分からないの」

 「へぇ、俺は国から出たことがないから実際に見たことは無いな。お前は見たことがあるのか?」

 「あるの。大エルフ国も行ったし、亜人連合国にも行ったの。と言うか、11大国は全部訪れたことがあるの」

 「そりゃスゲェ。父さんも大エルフ国には言ったことがあるって言ってたし、帰ったら話を聞いてみようかな」

 「おー、聞いてみるといいの」


 サラッとファザコンを発揮するグスタル。


 イスは“なんの話しをしても父親に繋げるな”と思いながら、グスタルの裏で欠伸を噛み殺すリーゼンの姿を確認していた。


 少し眠そうにしているのを見るに、リーゼンはこの休みの二日間、かなり忙しかったのだろう。


 幾つかの店を持っているリーゼンは、学業と仕事の両立をしなければならないのだ。


 どこか自分の父親と似ているなとイスはリーゼンと仁を重ねつつ、リーゼンにえがおで挨拶をする。


 「おはようなのリーゼンちゃん」

 「おはよう、イスちゃん。グスタル、邪魔よ」

 「随分な挨拶ですね。リーゼン様?」

 「あら、喧嘩を売ってるのかしら?国を守る騎士になろうと言うお方が、守られる存在である私にボコボコにされたのに?」


 先週の授業には、もちろん戦闘訓練もあった。


 仁の教えの元、戦い方をみにつけたリーゼンの実力はすでに金級冒険者レベルにまで経ってしており、上級クラスを教える教師ですら相手にならない。


 が、そんな事をグスタルが知る由もなく、イスに待ってましたとばかりに戦いを挑み敗れ、暇をしていたリーゼンにもついでとばかりにボコられたのだ。


 グスタルは己の弱さを実感すると同時に、正直に相手の実力を認めて強くなる事を決意したのである。


 が、実力を認めたからと言って仲良くなった訳では無い(傍から見れば仲良し)。


 ベルン商会と真正面から殴りあっても勝てるリーゼンとは、こうして軽口を叩き合う仲になっていた。


 グスタルは苦虫を噛み潰したような顔でリーゼンを見つつ、苦し紛れに言葉を放つ。


 「........お前も国を守側だろうが」

 「あら、こんなにか弱い女の子を戦わせるつもりかしら?」

 「か弱いだと?あの人外じみた戦いを行っておいて、よく言えるな。常識を学び直した方がいいんじゃないか?」

 「それは貴方が弱すぎるだけよ。最低でも銀級冒険者ぐらいは強くなってくれないと、相手にならないわ。あ、そうそう。イスちゃん」

 「ん?」


 グスタルとのやり取りもそこそこにリーゼンはイスに話を振る。


 グスタルは何か言い返そうとしたが、会話がイスに移ったので言葉を飲み込む。


 グスタルはちゃんと空気の読める男なのだ........父親が絡まなければ。


 「学食に行った時に揉めた連中が居たでしょ?」

 「ベルン商会の御曹司とその取り巻きだね?」

 「そうよ。どうやらベルン商会長の耳に息子の悪行が入ったようでね。私の家に態々折菓子を持ってやってきたわ。“息子が多大なるご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした”ってね」

 「親はマトモだな。ベルン商会と言えど、元老院は怖いわけだ」

 「当たり前でしょ。まぁ、私よりもイスちゃんの方が恐ろしいわよ?先生を怒らせた日には、この国が滅んでもおかしくないわ」


 あまりに真剣な顔でそう言うリーゼンを見て、グスタルは背中に嫌な汗を掻きつつ自嘲気味につぶやく。


 「........冗談だよな?」

 「この顔が冗談を言っているように見えるなら、冗談なんじゃないかしら?」

 「パパはそんな事しないの。精々、気に入らない奴らを殺すだけで終わらせるの」

 「ね?」

 「お、おう。そうだな」


 国を滅ぼすことはしないと言ったイスだが、人は当然のように殺すと言った事に顔が凍りつくグスタル。


 緩く夢見がちな世界で生きてきたグスタルと、甘くも苦い現実で生きてきたイスでは人を殺すということに関しての認識が違いすぎた。


 「話を戻すわよ。どうやらそのバカ息子には監視を付けて、四六時中見張るようね。コレで学園の平和は少し取り戻せたんじゃないかしら?」

 「おー、でも、学食は暫くいいの。リーゼンちゃんのお店の方が美味しいし」

 「ふふっ、ありがとう。そう言ってくれると、シェフ達も喜ぶわ。それで、イスちゃんにも迷惑をかけたってことで、私所に折菓子が届いてるの。帰りに取りに来る?」

 「そういうことならお邪魔するの。どうせ放課後は暇だし」


 その後もイス達は、担任の教師が来るまで仲良く話を続けるのだった。

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