魔に堕ちた聖職者
黒い瘴気が佇む地にてニーズヘッグと待つこと数分。
以前、感じたことのある大きな気配が一つゆっくりと近づいてくるのを感知した。
淀んだ魔力と不気味な気配。黒い瘴気が目の前にあるのも相まって、嫌な感じがしみじみと伝わってくる。
「厄災級魔物の一体に数えられるだけはあるな。前に見た時もそうだが、物凄い魔力だ」
「その魔力量を遥かに上回る魔力を持った団長さんが言っても、嫌味にしか聞こえませんけどね」
「アハハハハ!!それは確かにそうだな」
黒き瘴気の中から現れたのは、全身を黒いローブで隠した“万死”
その名に相応しい“死”を象徴したかのような圧倒的な圧の前では、並大抵の生物は生を保つ事は困難であろう。
今教えている生徒達がこの場にいれば、逃げ出す間もなくその命を大地に枯らすのは必然。最低でも獣人組レベルの魔力量と精神力がなければ、姿を見ただけで死に飲まれるてしまう。
「出迎エガ、遅クナッテ、申シ訳ナイ。ウイルド殿、ニーズヘッグサン」
不死王は俺たちの前に現れると、まず真っ先に頭を下げた。
その姿は、かつて大陸の4分の1以上を死に追いやった厄災とは思えないほど礼儀正しく、俺も思わず頭を下げてしまいそうになる。
「いやいや、急に来たのはこちらなのだから、頭を下げるのはこちらの方だよ。“万死”
「ソウ言ッテ頂ケルト、有難イ。ココデ話テモイイガ、ソレデハ折角入レタ茶ガ冷メテシマウ。我ガ拠点ヲ、案内スル次イデニ、ユックリシテ行ッテ欲シイ」
不死王はそう言うと、萎れた指をパチンと鳴らして結界のようなものを作り出す。
これは、この黒い瘴気を跳ね除ける為のものだな。俺ならなんの問題もなく瘴気の中を歩いて行けるが、不死王なりの気遣いは有難く受け取っておこう。
「コチラダ。迷ウト面倒ナノデ、逸レナイヨウニ、オ願イシタイ」
「分かった。行くぞニーズヘッグ」
「了解です」
不死王の作った結界に守られながら、俺達は瘴気の中をずんずんと進んでいく。
視線を少し逸らしてみれば、アンデットであろう魔物がウヨウヨといた。
中には俺の知らない魔物も存在しており、人間らしき者まで居た。
まるでアンデット動物園だな。観光業として開園すれば、それなりに人が集まってくるかもしれん。
その場合はもれなく自分もアンデットの一員となり、動物園を盛り上げる事になりそうではあるが。
暫く歩くと、小さな一軒家が見えてくる。
一軒家と言うよりは小さな教会に見えるその家は、アンデット達で溢れかえる黒い瘴気の中では一際異様な光景だった。
「サ、ドウゾ上ガッテ、クダサイ」
「お邪魔します........ニーズヘッグはどうする?」
「私は外で話を聞いてますよ。耳は良いので、ちゃんと聞こえますし」
「そうか。声も届くだろうし、何か意見があれば言ってくれ」
体の大きさの都合で入れないニーズヘッグは、家の外で寝転がると目を閉じる。
そのまま寝ないでくれよ?いやまぁ、別に寝られても困ることは無いから良いんだけどさ。
俺はそう思いつつ、人生で初めて厄災級魔物が住む家に上がった。
中はかなり普通の家で、在り来りなものしか置いていない。正直、人骨でできた椅子や机があったり、見た目からしてやべー薬が置いてあったりしないかと期待したが、そこまで狂ってはいないようだ。
アンデットである不死王の家なんだから、少しぐらいはキャラ付けしても良さそうなのにな。
「コチラヘ、座リクダサイ。茶菓子ナドヲ持ッテ来ルノデ」
「ありがとう。ところで、この家は自分で作ったのか?」
「ハイ。昔、友人ニ大工ガイマシテ。ソノ時、色々ト教ワリマシタ」
「........そうか。いい家だな」
“昔、友人に”ねぇ。
ニーズヘッグとの会話でも少し疑問に思ったが、やはり彼は元人間なのでは無いのだろうか。
“自己像幻視”ドッペルゲンガーの様に、人間社会に紛れて人間として生きている魔物ではなく、人間から魔物に堕ちた元人間。
ニーズヘッグも度々不死王の事を“聖職者”と言っていたし、この家はどう見ても教会だ。
失礼だが、不死王の見た目で人間社会に紛れて生きて行くのは難しいし、元人間の方がしっくり来る。
突っ込むかどうか悩んでいると、不死王は俺に背中を向けたままポツリと語り始めた。
「察シガイイデスネ。流石ハ、ニーズヘッグサンヲモ従エル御方ダ。推測ノ通リ私ハ人間デス。“元”ネ」
「俺はまだ何も言ってないが?」
「言ッテ無クテモ、言イタイ事グライ分カリマスヨ。仮ニモ人々ノ声ヲ聞ク聖職者デシタカラ」
「........そんな女神に仕える聖職者様が、なぜ魔に堕ちてまで生にしがみついてるんだ?敬虔な信徒なら、潔く女神の元に魂を返すべきだろうに」
「........ヤラネバナラナイ事ガデキタカラ。デスヨ。天使ノ真実ヲ知ッテシマッタカラニハ、ソノ間違イヲ、正サナケラバナラナイ。例エ、ソレガ、女神イージス様ノゴ意志デナカッタトシテモ、ネ」
なるほど。何となく話が見えてきたぞ。
不死王は元人間の聖職者であり、敬虔なイージス教信徒だった。しかし、ひょんな事から天使達が自身を“女神の使徒”と偽っている事を知り、信仰深い彼はその在り方を正そうとする。
そして、人の身ではそれが叶わないと察すると、どんな方法を使ったのかは知らないが自らを魔物へと姿を変えさせて天使達を狩る機会を伺い続けていると言う訳だ。
何故、彼が厄災級魔物として恐れられるようになった事件を起こしたのかは知らないが、少なくとも天使達に対する感情はよく分かった。
「それで俺達に協力を仰ごうとなった訳だ」
「ソウデス。力ヲ貸シテ頂ケマスカ?」
「その前に確認したい。団員に天使、それも
「
「そうだ。異世界から来た右も左も分からぬうちに天使様として担ぎ上げられた可哀想な人だ。それともう一人、
俺が
殺気は無い。名前を知っているだけか?
「アノ御方モ居ルノデスカ。益々要請ヲ承諾シテ頂キタイデスネ」
「知っているのか」
「エェ。ナンセ、私ガ天使ノ真実ヲ知ッタノハ
あぁ、確かにラファエルは言いそうだな。
聖職者相手だろうがなんだろうが、愚痴る時は愚痴る奴だ。まだ短い付き合いだが、よく天使ども愚痴を聞かさせる身としては、聖職者時代の不死王にラファエルが天使の真実を語っている姿がよく想像できる。
「彼女たちに危害を加えないと約束できるなら、手伝おう。ただし、日程はこちらに合わせて欲しい」
「イイデショウ。異世界ノ天使モ、思想ニハ染マッテナイト聞イタノデ」
「むしろ染まってたら俺が殴り飛ばしてるよ。不死王、君は知らないだろうが、俺たちの居た世界........正確には国か。国ではな、神を信じるヤツは嫌われ易いんだ。胡散臭い奴らしか居ないお陰でな」
「........?
「まぁ、そこら辺はゆっくり話そう。お茶、入れてくれたんだろ?」
こうして、俺と不死王は仲良くお茶と茶菓子を食べながらしばらくの間話に花を咲かせるのだった。
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