五番大天使

 二日後、俺はニーズヘッグの背中に乗りながら“万死”不死王ノーライフキングが拠点としている場所に向かっていた。


 今日は学園は休みであり、普通の生徒達は思い思いの休日を過ごしている。


 残念ながら補習科は普通に授業があるのだが。


 とは言え、午前中に二時間ほど授業があるだけなので、午後は自由時間である。俺も午前中の仕事を終えてからこうしてニーズヘッグの背中に乗っているのだ。


 「ニーズヘッグの背中に乗るのは久しぶりだな」

 「ハハハ。イスちゃんよりは乗り心地が悪いでしょう?」

 「そんなことは無いさ。そりゃイスには劣るが、高級ソファーとは比べ物にならんよ」

 「そう言ってくれると嬉しいですね。私、こうして人間を背中に乗せるのは団長さんで2人目なんですが、1人目は酷い言い様でしたよ。まだ丸椅子の方がマシだってね」

 「ソイツはスゲェな。色んな意味で。丸椅子に空を飛ぶ機能なんて付いてないだろうに」

 「アッハッハッハ!!全くですよ。こうして話して空の飛べて移動できる椅子なんてこの世に一つとして無いですよ」


 ニーズヘッグは愉快そうに笑うと、グンとスピードを上げる。


 俺が落ちないように気を使ってくれているが、もう少し飛ばしてくれても問題ないのにな。


 俺はそう思いつつも、ニーズヘッグの心遣いを受け取っておくのだった。


 「ところで、俺以外にもう1人人間を乗せたことがあるんだよな?誰なんだ?」

 「それは内緒です。かつて栄えた国の王という事だけ伝えておきます」


 へぇ、ニーズヘッグが内緒にする人間か。


 あの島にいた期間も考えると数万年以上前の人間と言うことになるが、その時代の王なんて余程有名じゃなければ分からない。


 ........待てよ。内緒にするって事は、名前を言えば俺でも分かるような奴なのか?


 数万年前の有名な王で、ニーズヘッグに関わりがありそうな人物........


 ダメだ。ある程度は絞れても、それ以上は分からない。


 なんせ、正確な年数は分からないからな。100年ズレれば、その時の王は変わっているし、万単位の年代となれば尚更だ。


 俺は深く考えるのは辞めると、ニーズヘッグに一つだけ質問を飛ばす。


 「その人間はもう生きていないのか?」

 「えぇ、生きていませんね。人間と言う生き物は寿命が短くていけない。ふと気づけば死んでいるのですから、長い時を歩む私達のような魔物からすればいい迷惑ですよ」

 「そいつは悪かったな。俺もいづれはそうなる」

 「ハッハッハ!!団長さんが死ぬ?ご冗談を。貴方は殺してもしなないじゃないですか。どうせ生きてますよ。私の目にはそう映ってます」

 「お前は俺をなんだと思ってんだ。俺だって死ぬ時は死ぬんだぞ」


 酷いな。人を人扱いしないとは。


 俺だって寿命には勝てないんだぞ。


 「団長さんが?笑わせないでくださいよ。おかしさのあまり、空を飛ぶのに支障が出そうです」

 「よく言うよ」


 ニーズヘッグは機嫌良さそうにそう言うと、更に空を飛ぶスピードを上げる。


 ニーズヘッグと久々にゆっくりと話しながら空を飛んでいると、視線の先に明らかな別世界が見えてきていた。


 黒く不気味な瘴気が大地を覆い、1歩でもその場に足を踏み入れれば腐り果ててしまいそうな邪悪さを感じる。


 普通の人間があの場に入れば、1日と持たずに発狂して死に至るだろう。


 強靭な精神と圧倒的な魔力によって自分の身を守らなければ、黒い瘴気に飲まれて大地へと還る事になる。


 「分かりやすいな。あそこが不死王の拠点か」

 「そうですね。以前は人間達にも気を使って森を腐らせていただけですが、今回は近場に人間の街もなければ通り道でもないので、大々的にやっているようです」

 「いや、森を腐らせている時点で人間からしたらいい迷惑だからね?」

 「確かにそれはそうですね」


 ニーズヘッグのボケにツッコミつつ、俺達は瘴気の手前に降り立つ。


 恐らく、この地にも地脈なる大地の魔力が流れているのだろう。


 明らかにここら辺の魔力濃度が濃く、強い魔物達が好んでやってきそうな場所だ。


 「連絡せずに来ちゃったけど良かったかな?迷惑か?」

 「大丈夫ですよ。彼、意外とそこら辺は適当なので」


 あぁ、そうなんだ。


 以前見た不死王の姿とイメージから、こう言う大事な話の時は事前に連絡をしてくれとか言ってきそうな感じなんだけどなぁ。


 まぁ、この世界は連絡手段が手紙やら言伝ぐらいしか無い上に、場所が遠ければ時間もかかるので地位の高い人以外は基本的にアポ無し突撃する事が多いのだが。


 「ここで待っていれば、出てきてくれるか?」

 「出てくるでしょう。今頃は急いで私達を出迎える準備をしてくれていますよ。彼、こういう訪問客にはちゃんともてなしをするタイプなので」

 「........やっぱり事前に連絡した方が良かっただろ。これ」


 俺は昨日の内にニーズヘッグを送っておけば良かったと思いつつ、黒く不気味な瘴気の中から“万死”不死王ノーライフキングが出てくるのをじっと待つのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 数多の天使たちが住まう天界。


 その天界において最も地位の高い天使の1人である五番大天使ラグエルは、自室にて酒を嗜んでいた。


 「........この酒美味いな」

 「五番大天使ラグエル様、そのお酒は........?」

 「そこら辺の居酒屋で買った酒だ。やっぱり俺には高級な物よりも安物の方が舌に合う。それで?首尾はどうだ?」

 「はい。ハッキリ言って進展がありません。我々が入手した情報を辿って四番大天使ウリエル様を探そうにも、七番、六番、共に邪魔が入ってきます。それにより、お互い牽制し合っている状況でして、下手に動くと二勢力から潰されるかと」

 「見事な三竦みというわけだ。誰が一体この地図を描いたんだろうな?」


 五番大天使ラグエル達の目的は四番大天使ウリエルの回収。


 既に魔王を討伐し終え、女神の試練を乗り越えた四番大天使ウリエルは天界へと還るべきであるとした天使達が彼女を血眼になって探している。


 しかし、大天使達(主に五番、六番、七番)は誰が四番大天使を連れてくるかで揉めていた。


 四番大天使が味方につけば、それだけで自身の派閥に流れ込んでくる天使は数多くいる。


 天界へにおいて最大派閥になるには、四番大天使がどこの派閥に入るかで全てが決まると言っても過言では無い。


 そうして起こった三勢力の睨み合いは、天使たちの足を止めていた。


 それが三番大天使ラファエルの目論見とも知らずに。


 「誰かが抜け出せば、他の二勢力から叩かれる。出る杭は打たれるってやつだな」

 「どう致しますか?」

 「暫くは様子見しかないだろう。幸い、俺達には時間がある。状況が動くまではゆっくりするさ........ところで、この酒飲んでみない?けっこう美味しいんだけど」

 「前にも言いましたが、私は下戸です。誰かと飲みたいなら、他の人を連れてきてください」


 報告に来た天使はそう言うと、静かに頭を下げて部屋を出ていく。


 「........残念。今日こそは口説き落とせるかと思ったんだがな」


 五番大天使ラグエルはそう言うと、瓶に入った酒を一気に飲み干して寝るのだった。

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