唯一の教え子

 久々に再会したお嬢様は、相も変わらず元気そうだった。


 戦争の影響で経営している店の売上が落ちていたりもしているそうだが、そこら辺は子供とは思えない手腕であれこれ上手くやっているのだろう。


 不景気に入りかけているこの国で、上手くやっているようだ。


 元気が有り余っているリーゼンお嬢様は、俺の前まで走ってくると満面の笑みで寸止めの蹴りを放つ。


 当てる気がないのが丸わかりなので、避ける素振りすら俺は見せなかった。


 「残念。少しはビビってくれてもいいんじゃない?」

 「生憎、当てる気の無い寸止めの蹴りにビビるほど弱くはないんでな。それにしてもいい蹴りだ。俺がいなくなってからも、ちゃんと訓練をしているようだな」

 「もちろんよ!!こういうのは積み重ねが大事って言うのは、経営から学んでいるわ!!どんなに忙しくても、最低限のメニューはやる事にしてるの!!」

 「その訓練に付き合わされる身にもなって欲しいですがね。使用人達が嘆いてましたよ。お嬢様が元気すぎて疲れるって」

 「それ、貴方の話でしょうが。訓練に付き合わせてるのはサリナしか居ないわよ」


 メイド服に身を包んだ元暗殺者であるサリナは、深くため息をついた後若干俺を睨みつけながら頭を下げる。


 その目からは、“お嬢様を教えたお前も同罪だぞ”と言っているのがよく分かった。


 「お前も大変そうだなサリナ。元気が余りまくってるお嬢様の相手は疲れるだろ」

 「えぇ、全くです。どこぞの家庭教師が体術やら効率的な魔力強化の訓練やらを教えてくれたおかげで、昔よりも体力が付いているんですよ。ホント、付き合わされる身にもなって欲しいです」

 「さぞかしその家庭教師とやらは優秀なんだな。体力の付け方をよくわかってる」

 「........チッ」


 サリナは小さく舌打ちをした後、俺に向かって我が活力の支配者Monsterを出現させる。


 俺に向かって攻撃を仕掛けるつもりか?と思ったが、どうやら違ったようだ。


 モンスターちゃんはサリナの背中から勝手に出てきたらしく、サリナ本人も少し驚いている。普段は大人しいいい子だと言うのを知ってるし、基本サリナの命令に従うからな。


 「Geeeee?Geeee!!」

 「おー久しぶりだな。サリナに虐められてないか?」

 「Geee!!」

 「そうかそうか。それは良かった。お前も元気そうだな」

 「Geeeee」

 「久しぶりなの!!」

 「モンスターちゃん、可愛いねぇ。元気してた?」

 「Geeeeeee!!」


 サリナの背中から勝手に出てきたモンスターちゃんは、俺達と話したかったようだ。


 リーゼンお嬢様の家庭教師をやっていた時も結構仲が良かったが、サリナの待機命令を無視して出てくるぐらい仲良くなれていたのは意外である。


 そのちんまりとした鎌のような爪と握手しながら、優しく溶けかかった頭を撫でてやるとモンスターちゃんは嬉しそうに“Geeeeeee”と鳴いた。


 「あら、人のみならず、異能すら垂らし込むとは流石ね先生。私とサリナ以外には滅多に懐かないのに」

 「生憎、人外にはよく好かれるからな。下手したら人より人外と仲良くなる方が得意かもしれん」

 「アッハッハッハ!!先生が言うと冗談に聞こえないわね!!さ、そろそろ私の家に行きましょ。話したいことが沢山あるの。そちらの御二方とも話してみたいしね」


 リーゼンお嬢様はそう言うと、黒百合さんとラファの方を見る。


 一瞬魔力が脳の方に動いていたので、異能を使って何かを感じ取ったのかもしれない。


 そいえば、リーゼンお嬢様の異能が何かは知らないんだよな。戦闘系では無いのと、感覚系なのは分かっているのだが、正確なことは分かっていない。


 俺の予想では第六感を強化していると思うのだが、どうだろうか。


 「聞いてみる?」

 「サラッと思考を読まないで?普通に怖いわ」


 花音が耳元で小さく囁く。前々から思っていたが、やっぱり俺の思考回路をハッキングしてる?


 当たり前のように思考を読まないで欲しい。それとも、顔にそんな出てたか?


 「私も仁以外の思考は読めないよ。んで、聞くの?」

 「いや、いいさ。本人が話さない限りは何も聞かない。異能ってのは切り札の一つでもあるんだしな」


 俺はそう言いながら、リーゼンお嬢様のあとを着いていくのだった。


 ちなみに、モンスターちゃんはイスと仲良く遊んでいた。モンスターちゃん、こうして見ると結構精神年齢幼そうだな。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 女神の目が届かぬ暗闇の中、静かにその時が来るのを待つ者達は暇を持て余していた。


 「お、肉焼けたぞ」

 「ニャルラトホテプ、そこの皿を取ってくれ」

 「これか?」

 「そう。それそれ」


 炭火の匂いが充満する洞窟の中、人形とアザトースの欠片は仲良くBBQをしている。


 どちらも人の姿はしているものの、人外であるもの達が肉を焼いている姿は異質だった。


 「おい、塩をかけすぎなんじゃないか?それだと肉の味を楽しめないだろう。後、健康に悪い」

 「いや、仮にも世界を恐怖に陥れた大魔王様が健康のことを気にするなよ。悪魔達が見たら泣くぜ?」

 「悪魔たちは........信仰心が強すぎてちょっと苦手だ」

 「マジで泣くぞアイツら。そういう風に作られてるとはいえ、アイツらも感情のある生き物なんだしな」


 人形はそう言うと、焼きあがった肉に大量の塩をかけて口の中に入れる。


 普通の味覚を持った人が食べれば、あまりの塩気に吐き出してしまうであろう。だが、味覚がほとんどない人形にとっては、この僅かな塩気が高級食材に匹敵するほどの旨みとなる。


 隣でその姿を見ていたニャルラトホテプは、顔をゆがめながらも甘いタレに肉をつけて口の中に放り込んだ。


 「久々に食べると美味いな。やはり人の作る飯は美味い」

 「ならなんで人を駆逐してんだよ。殺したら食えなくなるんだぞ?」

 「分かっていながら聞くな。全ては目的のためだ」

 「まぁ、今回は人が滅ぼうが俺が何とかして作ってやるよ。味見はもちろんお前だけどな」

 「........悪魔達にやらせろ。あの失敗作たちをまた食べるのは懲り懲りだ 」


 ニャルラトホテプが食べている甘いタレは、人形が作ったものである。


 今でこそ甘く食べやすいタレに仕上がっているが、それが出来上がるのにニャルラトホテプの舌が何回も犠牲となった。


 「けっ、贅沢なやつだ。そんなんだから、ここに堕ちたんじゃないか?」

 「かもな。今となっては正直戻る云々はどうでもいい。だが、奴だけは殺す」

 「それは同意だ。恨みは永遠に忘れないって事を思い知らせてやるよ」


 人形はそう言うと、ストレートのエルフ酒(ウォッカのようなもの)を飲む。僅かに味がするだけで甘みも旨みもほとんど無かったが、味覚の薄い人形にはそれで十分だった。


 「........やはり少し食生活を見返したらどうだ?体を悪くするぞ」

 「いや、そもそも俺人形だから健康もクソもないんだってば。オカンかよお前は」


 2人ののんびりとしたBBQは、日が暮れるまで続いた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 その裏でこっそり見ていた影と魔女。


 「なんであの二人あんなに仲良さそうなの?昔殺し合いした仲なのに」

 「ま、まぁ、人形はそこら辺適当ですからね。あっちへの恨みは忘れてないようですが」

 「心配で見に来たんだけど、僕も混ざっていいかな?」

 「やめておきましょう。私たちは私達でゆっくりお茶するぐらいがちょうどいいです。最近、この体も歳を取ったのか、肉とかあまり食べれないんですよね........」

 「大変だねぇ。僕も肉はあまり食べれないけど」


 ひと時の平穏は、もう少し続く。

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