良き国と悪い国

 仕事を片付けた翌日。俺と花音とイスそして黒百合さんとラファは、アゼル共和国の首都に居た。


 イスの学園入学に関する話を聞きに行ったり、唯一の教え子であるリーゼンお嬢様の様子を見に行く為だ。


 ドラゴンになったイスに黒百合さんが滅茶苦茶興奮していたりもしたが、特にこれと言ったハプニングが起こることは無く首都の門を潜る。


 黒百合さんはどうやら人がドラゴンに変身する姿とギャップに興奮するオタクへと変わっていたようだが、女王様よりはマシなので何も言わなかった。


 「人が多いね。バルサルの街より賑わってるよ」

 「首都より地方の街の方が賑わってたら、それはそれで問題なんだよなぁ。大抵の国は首都が一番賑わってるでしょ」

 「そうだねぇ。小さな国同士が集まってできた合衆国や、部族間の繋がりが重要な亜人連合国すら、首都の方が賑わってるからね。日本も東京が一番賑わってたでしょ?」

 「アソコは賑わってるよ言うよりは、社畜しかいないイメージの方が強いけどな」


 異世界に来ていなければ、俺もその社畜の一員になっていた事だろう。場所は東京ではないだろうが。


 朝から晩まで働き、家に帰って寝るだけ。それでいながら、手取りは精々20~30万程度。下手をすればもっと少ない。


 そう考えれば、この世界に来てよかったと思える。戦争やらなんやらで物騒が絶えない世界ではあるが、金は寝てても稼げるし(子供達のお陰だが)、自由に世界を見て回れる。


 その根底には強さがある訳だが、その強さを持っている俺達は勝ち組と言えるだろう。


 金が有り余りすぎて使いきれないなんて贅沢な悩み、前の世界ならば間違いなく出来ない。


 「そこそこ賑わってる。人々の顔色も良いし、かなりの良国だね。私が見てきた中で上位に入るレベルのいい国だと思うよ」

 「だろ?ちなみに興味本位だが、1位と最下位を聞いてもいいか?」


 長年この世界を旅してきた三番大天使ラファエルの話は、結構面白い。


 イスがかなり不愉快そうにするので気をつけなければならないという点を除けば、ラファとの会話は楽しかった。


 「1位は、とある小国だね。名前は........忘れちゃった。かなり昔の国でね。当時の国王様は相当な慈悲深いお方だったんだよ。小さな村の人々ですら、明日に希望を持って生きるだけの活力があったね。税は安いし、それでいながら民への保護が手厚い。私も気に入って数年は滞在したかな?」

 「へぇ、でも最後は滅んだのか」

 「うん。代々そこそこ有能な王様が誕生してたから、国自体は安定してたんだけど厄災級魔物には敵わないからね。何が原因かは知らないけど、その魔物に全てを壊されちゃったんだよ」

 「厄災級魔物か。その名前は?」

 「さぁ?私が国を出たあとのお話だからね。厄災級魔物に滅ぼされたって話は聞いたんだけど、どんな魔物かは人によって話が違ったから正確なことはなんとも。“終焉を知る者”ニーズヘッグだという人もいれば、“原初の海竜”リヴァイアサンという人もいたし、いちばん有力なのは“悪の根源”アジ・ダカーハらしいけど、中にはそもそも厄災級魔物に滅ぼされていないっていう人も居たよ」


 そこまで話がチグハグだとどうしようも無いな。ラファが世界を旅していた時はすでにニーズヘッグはあと島にいただろうし、“原初の海竜”リヴァイアサンが国を滅ぼしたなんて文献は見つかっていない。


 今上がった名前で1番可能性がありそうなのは“悪の根源”アジ・ダカーハであろう。


 確か竜系の魔物であり、今こそ姿を見せなくなったが、一時期はありとあらゆる国を滅ぼしていたそうだ。


 厄災級魔物の中でどの魔物が1番強い?という議論で上位に必ず入ってくるほどには、その悪行が知れ渡っている。


 「出来れば会いたくないな。厄災級魔物の強さは身に染みて感じてるし」

 「ファフちゃんレベルだとちょっと苦戦するねぇ。あのレベルで好き勝手されるとどうしようもなくなるし」


 厄災級魔物の強さを知っている俺と花音は、“悪の根源”アジ・ダハーカと出会わないことを心の底から祈る。


 絶対面倒になりそうだ。


 「それじゃ、最下位は?」

 「レレゾン帝国。昔栄えた帝国だね。あの国はクソだよ。本当に。建国当時はかなりいい国だったら死んだけど、三代目の皇帝からクズが増えてね。特に七代目は酷かった。私が国を訪れたのはちょうどその時期でね。皇帝の命令で夜を共にする事になりかけたんだよ」

 「うわぁ、色食の皇帝か。そりゃ嫌われるわな」

 「しかも税は目が飛び出でるほど高かったし、村人の暮らしは最悪。明日を生きるのも怪しいなんて家庭がゴロゴロあるもんだから、見てるこちらの方が気分が滅入るよ」

 「税率は?」

 「8:2。もちろん、国が8ね。全てにおいて国が8だから」

 「やばすぎ」


 100円手に入れたら、税金として80円も持ってかれるのか。日本の所得税とかも酷いなと思ったりしていたが、それ以上に酷い。


 何をどう頑張っても利益が出ないじゃないか。どうやって人々は生活をしていたんだと首をかしげるレベルである。


 農民も2割で一年を生きていける訳ないだろ。経済学とかそこら辺を全く勉強していない俺ですら分かるぞ。


 あまりの酷さに、俺達は全員何も言えなくなる。


 サラッとイスがこの話を理解している事にも、俺は驚いたが。


 「........で、その国はどうなったんだ?」

 「どうもこうもないよ。国民が死んで生産性が落ち、税が減ったからってさらに税を上げる。そんなことを繰り返すから、国は弱ってクズの吐き溜めになり、他国から侵略されてジ・エンドだよ。天使ですらもう少しマシな頭をしてるよ」


 でしょうね。


 天使がオツムがこのレベルまで低かったら大問題だ。今すぐにでも滅ぼした方が、世界のためになるだろう。


 「世界には色んな国があるんだな。最下位の国は酷すぎて何も言えんが」

 「汚職も当然のようにあっただろうからねぇ。“民なくして王に在らず”“王なくして国に在らず”国の根幹にはいつも民が居るってことを理解してないと、ここまで酷いことになるんだね」

 「世界には馬鹿が沢山なの」

 「もしかしたら、今もそんな国があるのかな?」

 「かもしれないな。まぁ、その時は少しだけ手を貸してやろう。ちょっと同情するし」


 そんな頭のイカれた国などあって欲しくないが、何百国がある。


 多分1.2個はあるんだろうな。


 そう思いながら歩いていると、リーゼンお嬢様の屋敷が見えてきた。


 「出迎えがいるな」

 「相変わらず元気そうだねぇ。今日は仕事入ってなかっけ、あの子」

 「多分、キャンセルしたか無理やり終わらせたんだろうな。そんなに俺達に会いたいのか」


 腰に手を当て胸を張るお嬢様は、俺たちを見つけると大きな声で叫ぶ。


 「久しぶりね!!先生!!」


 1年ぶりに再開した教え子は、何ら変わりないようで何よりだ。


 俺は苦笑いすると、その呼びかけに答えるように手を上げるのだった。

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