呑気な世界

 義手の性能テストを終えた翌日。俺と花音は、仕事である子供達からの報告書に目を通していた。


 ドッペルが本気で作った義手の性能は、もはや義手の領域を超えていた。


 最初こそ“オーバースペックが過ぎるだろ”ドッペル驚いていたが、途中から“はいはいオバスペオバスペ(オーバースペックの略)”と投げやりになるぐらいには滅茶苦茶な性能をしている。


 ビームを撃つわ、火炎放射器以上の炎をぶちまけるわ、25mプール以上の水を生成するわ、暴風を巻き起こすわetc........言葉にして聞くだけでも義手とは思えない性能を誇っているドッペルの最高傑作。正直ここまでの性能を出すとは思っていなかった。


 あれ程の高性能な義手を作るのであれば、頼んでもいいな。元々頼む人は一人しかいないが。


 戦争が集結し、天使との戦いが控えてはいるものの、一旦区切りが付いている。俺もそろそろ身を固めるべきだ。


 そんなことを考えながら、俺はのんびりと報告書に目を通していた。


 「獣王は忙しそうだな。白色の獣人の迫害を何とかしようと色々な文献を漁っているそうだが........脳筋過ぎる彼に本は合わないらしい」

 「それでも頑張っているから、割と好感を持てるねぇ。獣王は良くも悪くも真っ直ぐな人だから、嫌いにはなれないよ」

 「そうだな。その真っ直ぐさが国民にも好かれているんだろ。とは言え、迫害派も多いから邪魔をする者も多いようだけど」


 獣王国では今、白色の獣人が迫害される理由を探るために獣王が奔走している。


 慣れない読書を頑張ってしている辺り、本気で白色の獣人の迫害を止めようと思っているのだろう。


 もちろん、反対派も多くおり邪魔をする者も現れているが、負けずに頑張って欲しい。


 白色の獣人の迫害が無くなったその時は、獣人組を連れて獣王国を観光するのも良いかもしれないな。


 「子供達はなにか掴んでるの?」

 「いや、そもそも調査させてない........が、頑張り屋の獣王のために少しだけ手助けしてやろう。介入しすぎると気づきそうなんだよな。獣王は」

 「勘とか良さそうだもんね。獣だし」

 「監視されている事も薄々気付いては居るだろうしな。ロムスやジークフリード程確信は持ってなさそうではあるが」

 「まぁ、本体が見つからなければ問題無いだろうからいいけどね。定期的にベオークが気を引き締めに行ってるみたいだし」


 何事も、慣れてきた時が危険である。


 慣れること自体は悪いとは言わないが、それによる気の緩みはミスを生む。


 そのミスが小さければいいが、取り返しのつかないミスなどをしてはならないのだ。


 特に、正体がバレてない事がアドバンテージである子供達からにとって、その姿を見られることは致命的である。


 ベオークもそこら辺は分かっているので、定期的にあちこちに行って子供たちに教育をしているらしい。


 「気の抜けない仕事は大変だろうな。24時間労働のクソブラックだし」

 「改善しないの?」

 「最初よりはマシだと思うぞ。だけど、情報は俺たちにとって生命線だからな........どうしても子供達への負担が大きくなる。本人達は苦とも思ってないみたいだけど」

 「毎月仁と遊べるからね。子供たちは其れを楽しみに頑張ってるんでしょ」

 「つくづく、自分の体質には感謝だな。蜘蛛と蛇に好かれる体質がなければ、死んでたって場面は何度もありそうだし」


 あの島にいた頃、蜘蛛に好かれる体質でなければ最初にベオーク達に食い殺されていただろう。


 影に入っている時のベオーク達は、今こそその場所も察知できるが、あの時は間違いなく察知できていなかったしな。


 花音も同じことを思ったのか、大きく頷く。


 「特にあの島ではね。そういえば、心霊現象には好かれなくなったね。あっちの世界にいた頃はラップ音とか良く出てきたのに」

 「多分、強くなりすぎて幽霊に恐れられるようになったんじゃないか?“あいつの所でイタズラしたら殺されるからやめとこ”みたいな」

 「なんだよ幽霊。かわいすぎかよ」


 確かに、俺が言ったようなことを考えてたら可愛いな。


 幽霊とて、自分の命は惜しい訳だ。


 「獣王に関しては、さっきも言った通り少しだけ手助けしてやるとしよう。獣人会との兼ね合いもあるし、対立しないようにしながらな」

 「白色の獣人は獣人会の商品でもあるからねぇ。奴隷解放運動なんてされた日にはたまったもんじゃないだろうし」

 「その時は賢明な判断をしてくれる事を祈ろう。獣人会とて、国と戦う羽目になるのは勘弁願いたいだろうしな」


 獣人会周りでは少しきな臭いうごきがある。獣王国の隣の国であるなんちゃら帝国の裏組織が、戦争で弱った獣王国を侵食しようとしているのだ。


 今のところは特にヤバそうな事も無いので放置しているが、正共和国との戦争の時のように騒ぎになる可能性も大いにある。


 獣人会の幹部であるジーニアスには借りがあるので、できる限りは助けてやりたい。


 「こちらも面倒事になりそうだな」

 「戦争が終わって力関係がグチャグチャだからねぇ。自分達が大国にのし上がろうとする国は結構あるみたいだよ」

 「大国の力を見てもなお、勝てると確信の持てる何かがあるのか、それともただの馬鹿なのか。後者である事を望むばかりだな」

 「暫くは私達も動きたくないもんねぇ。天使との戦いにに備えて色々とやらないといけないし」


 天使共との戦争に備えて、俺たちは各々自分の力を高める修行をしている。


 俺も天使共を瞬殺できるようになる為に、切り札の一つである“魔導崩壊領域ブラックボックス”の制御の向上と、その速さに合わせて戦えるだけの技術を磨いていた。


 「あの島にいた頃以来だよ。ここまで真面目に訓練するのはな。昨日は制御を誤って右腕を折ったし」

 「ほんと、気をつけてね?そんなしょうもない死に方したら、あの世でシバキ回すから」

 「気をつけるよ。いやホントに」


 花音の目が物凄くマジであるのを確認した俺は、背中に嫌な汗をかきながら花音の頭を優しく撫でてやる。


 寿命で死ねるように頑張ります。はい。


 花音は満足そうに頷くと、一枚の紙をこちらに見せてきた。


 「これは?」

 「ラバート君の弱点と不祥事。教会関係者って、上に行けば行くほど不祥事が多いんだよねぇ。とは言え、これはみんなやってる事だからそこまでダメージにはならない。賄賂なんてこの世界じゃ当たり前だしね」

 「ほーん。あの爺さんやフシコさんも賄賂は受け取ってんのか」


 なんか想像できないな。


 あの爺さんが“お主も悪よのぉ”とか言ってる姿が想像できない。


 「受け取らない方が面倒なことも多いからね。それで、弱点は家族。娘がいるみたいだねぇ。愛妻家で良い父親。魔物を極端に敵視して無ければ、いい教皇に慣れただろうに」

 「殺すのか?」

 「いや?不祥事ってその気になれば作れるんだよねぇ。それに、家族を人質にする事も簡単。やりたい放題だよ」


 もうセリフが完全に悪役だな。


 別にラバートには恨みは無いが、神聖皇国と敵対するのは避けたい。俺だって好きで仲良くなった兵士を殺したい訳では無いのだ。


 俺はこの教皇選挙野裏工作を花音に任せることにすると、天井を見ながら大きくため息をついた。


 明日はアゼル共和国の首都に行くか。リーゼンお嬢様とかにも会いたいしな。

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