基礎こそが正義

 イスの真の姿を見て興奮するリーゼンお嬢様は、しばらくして落ち着きを取り戻す。


 凄い興奮の仕方だったな。黒百合さんの時ほどではなかったが、リーゼンお嬢様もかなりの興奮具合だった。


 もしかして、この世界ではドラゴンとか滅茶苦茶人気があるのでは?


 ドラゴンモドキと言われるワイバーンはともかく、竜(龍)の名を持つドラゴンは人気が高いのかもしれない。


 色々なお話でもよく出てくるしな。特に、英雄譚ではドラゴンを討伐したりする事が多いから、一目見てみたいという気持ちが強いのかもしれない。


 ましてや、イスは物語に語られるドラゴン達以上に神秘的で美しいドラゴンだ。生まれた時からイスの姿を知っている俺や花音はともかく、成長した姿を見た人が興奮してしまうのも無理はない。


 まだまだ成長期のイスは、またその体が大きくなっていた。それでいながら、人の姿の時は小さいままなのだから不思議である。


 体重も普通の子供出し、質量保存の法則はどうした。


 「イスちゃん、想像の100倍はカッコよかったわ!!あんなに神秘的になるのね!!」

 「アレが元の姿だからな。蒼黒氷竜ヘル。厄災級魔物だな」

 「こんなに可愛い子供が厄災級魔物だなんて、世界は広いわね。天使様の神々しさも凄かったけど、私はまだまだ世界を見ていない事がよく分かったわ........もしかして先生も特別な種族だったりする?」

 「いや、俺と花音は普通の人間だぞ。ちょっと強いだけのな」

 「強さで言えば人外レベルだから、人として分類していいか怪しいけどねー」


 ラファ、余計な事を言わないで。


 イスの世界では天使の姿になっていたラファと黒百合さんは、既に人間の姿に戻っている。


 リーゼンお嬢様にせっかくだからと言って、天使の姿を見せてあげる辺りサービス精神旺盛だ。


 「確かに先生の強さは異常ね!!お母様にすら勝てるようになったのに、未だに勝てる気がしないし」

 「へぇ、カエナルさんにも勝てたのか。大した成長だな」

 「流石に異能も使ったけどね。でもどうしてかしら?基礎をしっかりと固めるだけで、金級ゴールド冒険者並みの強さを手に入れられるのに、あまりやっている人を見ないわ」

 「地味だし、キツイからな。コツコツ努力を続けるのって以外と難しいんだよ。リーゼンも大変だっただろ?」


 俺や花音、ダークエルフ三姉妹や獣人組はやらざるを得ないから続けているが、そうでは無い人はまずやらない。


 カッコイイ必殺技を考えた方が楽しいし、派手で見栄えもある。


 それ自体が悪いとは言わないが、その基盤になるのは基礎だ。基礎こそがすべてに通ずる。


 後は、身体強化という技術が軽視されていると言うのもあるのだろう。


 魔力さえ持っていれば誰でも使える身体強化は、余程鍛錬をしなければいい差が付きにくい。目に見えて差が出る魔法や異能の方が、手っ取り早いし自分の強みを行かせるのだ。


 俺や花音に基礎を教えてくれたアイリス団長やシンナス副団長は、身体強化を重要視する人だったからな。


 まぁ、俺の場合は身体強化以外にやれることがなかったと言うのもあるが。


 そのことを簡単に説明すると、リーゼンお嬢様は大きく頷いて納得の表情をする。


 「身体強化、魔力操作、素の身体能力。どれも必要不可欠であるからこそ、ここをしっかりと鍛えるべきなのね」

 「そうだ。それを分かってないやつがこの世界には多い。基礎ほど極めるべきなんだがな。後は単純にやり方が間違ってる奴が多い。勉強もやり方を間違えれば沢山やってもさほど意味が無いだろ?」

 「確かにそうね。間違えた問題を、ちゃんと理解するまで解き直すのは必要だと思うわ」


 ホント、優秀だな。リーゼンお嬢様。


 俺なんて間違えた問題は赤ペンで修正するだけだったぞ。間違えた問題をちゃんと理解して解き直す?そんな面倒なことやってらんないですわぁ。


 俺の隣では、黒百合さんがウンウンと頷いていた。


 どうやら、黒百合さんは勉強の仕方がしっかりと出来ていたらしい。


 「そんな訳で、身体強化を極めようとするもしくは極めてる奴は少ないというわけだ。人は皆近道を探すからな」

 「“遠回りこそが最短の道だった”ジャイロはいい事言うね」

 「うん。そのネタ分かるの俺だけだから」


 急にジョジョネタを放り込んで来ないで。確かに間違ってないけどさ。


 そう言えば、俺がこの世界に来る前は8部をやっていたな。完結したのだろうか。


 そんなどうでもいいことを考えつつ、俺はようやく本題を切り出した。


 「さて、俺達がここに来たのはイスを学園アカデミーに入れるためなんだが、その前に見学したくてな。それに、試験もあるんだろ?何が必要かわからんから聞きに来た」

 「あら、可愛い教え子の顔を見に来た訳では無いの?私、悲しいわ」

 「もちろんそれもあるが、優先順位的にはイスな方が上かな」


 およよよよ、と、嘘泣きをするリーゼンお嬢様。


 あまりにわざとらしすぎる嘘泣きに、思わず笑いが込み上げてきそうだ。


 リーゼンお嬢様は直ぐに嘘泣きを辞めると、パンパンと手を2回叩く。


 すると、扉の前で待機していたサリナが部屋に入ってきた。


 何その呼び方カッコイイ!!俺も今度真似してみようかな........いや、招く人とかいないと意味ないからできないか。


 「お呼びでしょうか?」

 「学園アカデミーのパンフレット持ってきなさい。確か、私の部屋のどこかにあったはずだわ」

 「........かしこまりました」


 今、サリナの顔に“それだけだとどこか分かんねぇよ”って書いてあったぞ。


 しかし、本人に言っても無駄だとサリナは長年の経験で分かっているのだろう。少しだけリーゼンお嬢様を睨みつけた後、部屋を出ていく。


 サリナも大変だな。


 「イスちゃんを学園アカデミーへ入れればいいのね?」

 「今のところはそうだな。見学できるって前に言ってたよな?」

 「そうね。普段なら指定日しか見学できないのだけれど、私が学園アカデミーに言えば余裕よ。あそこには結構な額を寄付してあげてるからね。もちろん、お父様も」


 ワーオ、The・権力者のセリフだ。


 リーゼンお嬢様に相談したのは良かったな。楽に事が進むだろう。万が一問題があったとしても、あのタヌキジジィの借りを使えば問題ない。


 権力者に借りを作るのってやっぱり便利だな。やりすぎるとそれはそれで面倒事になるだろうから、気をつけないといけないが。


 「失礼だけど、先生、お金はいくらぐらいある?」

 「自由に動かせる金だったらかなりあるな。その気になれば国を買えるぞ」

 「........規模が想像つかないわね。まぁいいわ。それだけのお金があるなら大丈夫でしょう。試験はあくまでその子の実力を測る物差し。金さえあれば、簡単に入学はできるわ」

 「金持ちしか入らない学園か........まさか、俺が裏口スレスレのやり方をする日が来るとはな」

 「金持ち以外も入れるわよ?その場合は試験の結果が重要になるけど。それに、学園の運営にはどうしてもお金がいるからね。そこら辺は仕方がないわ」


 幾らぐらい積めばいいかな。


 リーゼンお嬢様に聞いたところ、白金貨1枚出せば確実らしい。


 うん。余裕だな。ウチの金庫、白金貨がゴミのように沢山あるし。

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