天使の祝福
無事、傭兵になった黒百合さんとラファを連れてバルサルの街を案内する。
アッガスは知り合いを集めて騒ごうと言い出したが、それをやるのは夜だ。まだ昼前だと言うのに騒ぐ気に離れないし。
そんな訳でモヒカンを無理やり連れ出して、バルサルの街をのんびりと歩く。
モヒカンは、最初こそ街を案内することに難色を示していたものの、教会にも顔を出すと言ったらあっさり着いてきた。
扱いやすくて助かるな。基本、マリア司教の名前を出せばなんとでもなる。チョロい。
「おっさん。串焼きを12本くれ」
「お、ジンじゃないか。久しぶりだな!!」
大通りに立ち並ぶ出店の1つ。バルサルに寄った時はいつも買う串焼き店に顔を出した。
そういえば、おっさんの名前を知らないんだよな。不便は無いからいいんだけど。
俺は串焼きが出来上がるまでおっさんと話す。話題は、最近のバルサルについてだ。
「特に変わったことは無いな。変わったとしても、俺達の生活に関わってくるほどのものじゃない。冒険者ギルドと傭兵ギルドが対立して争っていた時よりは静かさ。傭兵の評判もいいしな」
「そりゃよかった。戦争のせいで何か困ったことが起きてないか知りたかったんだが、平和そうだな」
「平和だな。どっかの誰かさん達が圧勝してくれたおかげで、何ら変わりない生活を送れてるよ」
おっさんはそう言うと、焼きあがった串焼きを俺達に渡してくる。
一人二本を頼んだはずなのだが、1本多い。おっさんに視線を向けると、気持ち悪いウインクをしながら“サービスだ”と言った。
俺は大人しくそれを受け取ると、おっさんに礼を言ってから再び街を歩き始める。
「サービスがいいね」
「俺達が誰かわかってる上で、下手なことは求めない。居心地の良さと人柄の良さがリピートする秘訣かもな」
「串焼き美味しいの」
「後は味もか。イス、もう一本食うか?」
「食べるの!!」
イスは元気よく俺から串焼きを受け取ると、串ごと口の中に放り込む。
バキバキと串も噛み砕きながら、イスは美味しそうに串焼きを食べた。
「あ、これ美味しいね。神聖皇国の料理ってちょっと味付け濃いんだけど、これはさっぱりしてる。お酒と一緒に食べるものいいかも。って言うか、これ炭火焼きじゃない?」
「串焼き........懐かしい。昔、ハマってよく食べてたなぁ」
黒百合さんとラファもおっさんの串焼きを気に入ったようで、美味しそうに食べている。
酒に合うかどうかで食べ物を判断している黒百合さんと、何かを思い出すかのように空を見上げるラファ。
ラファはともかく、酒を基準に考える黒百合さんとかイメージに合わないな。
この人、あのエルフの爺さんのところに連れていったら凄いことになりそうだ。あっちこっちの酒を買ってきそう。
俺は黒百合さんがアル中になるんじゃないか(もしくはなっているんじゃないか)と心配しつつ、孤児院を目指す。
「俺、何もやってないんだけどな」
「国のために戦ったじゃないか。モヒカンもソイツを受け取る資格はあると思うがな」
「いや、戦ったと言うよりその場に居ただけだし。イスちゃん、コレも食べるかい?」
「いいの?」
「あぁ、おじさん、ちょっと最近こういう系の食い物がきつくてな........」
「やった!!それじゃ貰うの!!」
モヒカンから串焼きを2本受け取ったイスは、あっという間に串ごと肉を噛み砕く。
顎の強靭さもそうだが、串をへし折っても口の中に刺さらないのはすごいな。口内炎とかなったって話聞かないし、羨ましい限りである。
「最近、油物がきつくなってな。翌日とかに響くんだよ」
「マジか。俺も歳を食うとそうなるのか?」
「人によるだろうが、その可能性は高いだろうな。酒も控えるようになったし、若い間に無茶しておけよ」
有難い人生の先輩のアドバイスを聴きながら、俺達は孤児院に辿り着いた。
他にも寄る場所は多くあるが、モヒカンを連れているということで一番最初に選んだ場所である。距離的にはエルフの爺さんの所が1番近いんだけど、そこは黒百合さんがどうなるか分からないから後回しだ。
「ここは?」
「孤児院兼教会だ。マリア司教って言うこの街で一番偉いシスターが運営してる孤児院だな。ちなみに、モヒカンが惚れてる」
「おい!!」
「いいだろ?どうせ話し方でバレるんだから」
声を荒らげ、頬を少し赤らめるモヒカンだが、自覚があるのかそれ以上は何も言わなかった。
傍から見ればすぐに分かるからな。孤児院の子供達ですら感ずける程だ。
「へぇ、モヒカンさんの好きな人なんだ」
「綺麗な人だよ。こんな世紀末にいそうな奴が惚れるとかおこがましいと思うぐらいには」
「おい待てカノン、それは酷すぎるだろ。年長者は敬うべきだぞ」
「敬われるような事をしてからそういうことは言おうよ。モヒカン、私に敬われるようなことした?」
「........」
ガックリと肩を落とすモヒカン。花音に言われて心当たりがなかったようだ。
さすがに少し失礼だなとは思うが、マリア司教の顔や性格を知っていると“美女と野獣”なんだよな。
花音の言っていることも分からなくは無いので、モヒカンをフォローできない。
「あれ?ジーザンさんじゃん。またシスターに会いに来たの?それに、ジンさん達も。随分と久しぶりだね」
後ろからかけられた幼い声。振り向くと、買い物帰りなのか紙袋を持ったヘレナが可愛らしく首を傾げていた。
「あの子は?」
「この孤児院の最年長の子だ。マリア司教に憧れて、シスターを目指す健気な子だよ」
誰かわからない黒百合さんは、こっそり俺に誰なのかを聞きに来る。
黒百合さんは“そうなんだ”とだけ言うと、ヘレナをじっと見つめた後ラファと何か話していた。
なんだろう?天使にしか分からない何かがあったのか?
同じ天使だとしたら、既に異能が発現しているはずだから自称“女神の使徒”が迎えに来てるはずだし、それは無いと思うんだが........
「何かあったの?」
俺が聞こうかどうしようか迷っていると、花音が代わりに聞いてくれる。ナイスだ。俺の思考を当たり前のように読んでくる所を除けば、完璧である。
「ん?あの子に大天使の祝福を授けるのはアリなのかなと思って」
「大天使の祝福?」
「そんな大層なものじゃないよ?羽を一枚あげるだけだからね。特に何かある訳では無いんだよ。ただ、“天使から恩寵を受けた者”としては教会での地位が上がりやすいだけだから」
少し聞いた覚えのある話だ。“女神の使徒”である天使から授けられた羽を持つ者は、イージス教の中ではかなり重宝される。それが大天使のものならば尚更だろう。
とは言え、それを持っているだけで教皇になれたりする訳では無いので、注意が必要だが。
「でもまたなんで?」
「向こうに置いてきた子に似てるから........かな。顔とか全く似てないんだけど雰囲気がね」
「そっか。でも、今は止めておいた方がいいと思うよ。天使と事を構えるつもりだから、下手をするとヘレナちゃんも巻き込まれる」
「うん。ラファちゃんにも同じ事言われたよ。今はやめておく」
そう言った黒百合さんの目は、昔を思い出すかのようでありながらどこか悲しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます