やらなくてよかった

 傭兵ギルドの裏にある訓練場。そこにはかなりの人が集まっていた。


 噂の“揺レ動ク者グングニル”が戦うとなれば、人目見てみたい人も多い。俺は1度大きい闘技場でバカラムと戦ったことがあるが、それ以外の団員はギルドマスター以外と戦ったことがない。


 戦争でシルフォード達の暴れっぷりを知ってはいるだろうが、実際に近くで見たことは無いという人が殆どだ。


 戦争中なんてあまり人の事を見ている暇なんて無いしな。よそ見をすれば死に至る。それが戦争である。


 そんな訳で、人で溢れた訓練場。騒ぐことが好きな傭兵達は、どちらが勝つか賭けをしながら試験が始まるのを待っていた。


 「また人を連れてきたのか」

 「まぁな。数少ない同郷の1人とそのお友達だ。実力は間違いなくあるぞ」

 「だろうな。お前が連れてきた人は大抵強い。イスちゃんですらギルドマスターをボコれるんだぞ?同じ金級の強さを持つリレイドと言えども、勝てるとは思えんな。それでも賭けが成立しているけど」

 「大穴狙い........という訳でもなさそうだな。見た目だけならか弱い女の子だし、冒険者の中では強いリレイドの方が勝つと見られても仕方がないか」


 訓練場で剣を降っていたモヒカンと出会い、久々の再会を喜んだ後どちらが勝つのかを話し合う。


 黒百合さんとラファには、この試験で天使の異能を使わないように言ってある。


 幾ら俺達が天使は“女神の使徒”ではないと言うことを知っているとはいえ、この世界の常識は覆らない。


 下手に姿を見せると場を混乱させてしまう可能性があるので、異能無しで勝つように言っておいた。


 ちなみに、二人とも異能を使わなくても強い。


 傭兵ギルドに来る前に拠点で軽く手合わせしたのだが、普通に灰輝級ミスリル冒険者レベルの差実力があった。


 ラファはともかく、黒百合さんはかなり成長しているな。昔は、アイリス団長やニーナ姉に一緒になって吹っ飛ばされてたのに。


 「剣は使わないのですか?」

 「私の剣はコレだからね。武器は使わないよ」

 「私もこっちの方が性に合ってるよー。気にせず来てちょうだいな」


 武器を持たない二人を見て、リレイドはすこし不安そうな表情をする。


 基本的に武器を持った方が強い。普通に殴るよりも、メリケンサックを握って殴った方が威力が出るし、剣を使えばそれだけリーチが伸びる。


 だが、俺や黒百合さんが教えられた戦い方は“素手ステゴロ”だった。


 アイリス団長曰く、“武器を持って戦うことが悪いとは言わんが、武器がなければただの人なのはもっと悪い。先ずは素手で戦えるようになれ”との事だ。


 その考えは教え子である俺達に受け継がれ、いつの間にか“武器を使うより殴った方が早くね?”という脳筋思考に変わっていたりする。


 花音のような鎖や光司のような聖剣を異能として持っているならばともかく、俺や龍二は武器を活かすような戦いをする必要が無いと言うのも理由だな。


 黒百合さんは槍を使えるらしいが、本人的には殴った方が強いんだとか。


 アイリス団長、貴方のせいで脳筋ばかり生み出してるんですが。少しは反省してください。


 「最初はどっちが行く?」

 「私が行くよ。ラファちゃんはあとでいい?」

 「いいよ。頑張ってねシュナちゃん」


 最初に戦うのは黒百合さん。これだけの視線に晒されながら、一切緊張していないのは流石である。


 多分、天使として人々の前に立ってきたからかなりの耐性があるんだろうな。


 黒百合さんは1歩前に出てリレイドとの距離を縮めると、ぺこりとお辞儀をする。


 「よろしくお願いします」

 「こちらこそよろしく。ルールは覚えてるね?」

 「殺すのは無し、大怪我を負わせるような攻撃も控えること。でしたよね?」

 「そうだ。それじゃ、このコインが落ちたら試合開始と行こう」


 ピン!!とリレイドは親指でコインを弾く。


 宙を舞うコインは何度も回転し、重力に従ってゆっくりと落ちていく。


 コインが落ちる前にリレイドは剣を構え、黒百合さんはのんびりた立っているだけ。


 構えすら取らない黒百合さんを見てリレイドの表情が少し歪むが、その顔はすぐに変わることとなる。


 コツン、と地面にコインが落ちたその瞬間──────────


 「........は?」

 「はい、私の勝ち」


 地面に倒され目の前に拳を突きつけられたリレイドと、リレイドに馬乗りになっている黒百合さんが居たのだった。


 隣で見ていたモヒカンは何が起こったのか分からず、俺に今起こったことの解説を求めた。


 「な、何が起こったんだ?」

 「見えなかったのか?」

 「人外と一緒にするな。見えるわけねぇだろ」

 「コインが落ちると同時に、黒百合さんはリレイドに接近、剣をへし折って腕を取り、投げ飛ばした。んで、まだ何が起こっているか分からないリレイドに馬乗りになって目の前に拳を突きつけたんだよ」

 「あの一瞬でそこまでやったのか?」

 「時間にしておよそ0.2秒ってところだな。お前らが瞬きする間に全てが終わってる時間だ」


 それを聞いたモヒカンは、驚くだけ無駄と言った表情をして首を横に振る。


 「マジかよ。前の試験の時も思ったが、お前の団員はあのレベルが基本なのか?」

 「基本では無いが、今の攻撃程度なら簡単に捌いてくるな。近づいた瞬間に何かしらの攻撃を仕掛けてると思うぞ」

 「うん、どう足掻いても勝てる気がしないな。流石は世界最強の傭兵団。全員が灰輝級ミスリルの化け物集団だ」


 灰輝級ミスリル冒険者どころか、厄災級魔物までいるけどね。なんなら、君たちの前にいるその二人は“大天使”様だけどね。


 とは流石に言わないが、心の中だけで言っておく。


 黒百合さんとラファが来て人が増えたと喜んだが、未だに種族“人間”は俺と花音の2人だけなんだよなぁ。


 黒百合さんとラファは種族で言えば“天使族”になるし。


 「これで合格ですか?」

 「合格だ。後でギルドカードを発行してもらうといい」

 「やった!!合格だよ!!」


 リレイドに馬乗りになっている黒百合さんは、嬉しさのあまり花音に飛びつく。花音は避けることはせずに、大人しく黒百合さんのハグを受け止めた。


 「おめでとう。一瞬だったね」

 「アイリス団長とかと比べると弱いからね。アイリス団長ならば対応してたと思うよ」

 「あの人、実力で言えば白金級プラチナはあるからな」

 「おめでとうなの」

 「ありがとう。イスちゃん」


 ワイワイ盛り上がる横で放置されていたラファをチラリと見ると、彼女は頬を赤らめて何かを感じている。


 あ、アレは放置されることに喜んでるな?


 俺はイスからラファが見えないように移動すると、黒百合さん達の会話に戻るのだった。


 ちなみに、ラファも試験は危なげなく合格した。


 リレイドの振るう木剣を的確に捌き、ゆっくりと歩いて近づくその姿は正しく強キャラである。


 途中からリレイド君の心が折れていたが、これをバネにさらに強くなってくれることを祈ろう。


 尚、リレイドに試験を押し付けたギルドマスターとアッガスは口を揃えて“やらなくてよかった”と言っていた。


 経験者と見ていた者は判断が鋭いな。

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