三番大天使

 その後も、黒百合さんが来るまで龍二との会話は続いた。


 基本話すのはお互いの近況である。


 俺は子供達の話を聞いているため大体のことは知っているが、報告書で読むのと本人の口で語られるのとでは受ける印象がだいぶ違った。


 龍二とアイリス団長は、そろそろシンナス副団長に男を付けたいらしく、よくそういう話題を振っているらしい。


 が、しかし。あの師匠は馬鹿弟子の面倒を見るので忙しいんだとか。


 シンナス副団長はニーナ姉の事を我が子のように思っており、ニーナ姉に構ってやる事の方が大事なんだとか。


 親離れならぬ子離れが出来ないシンナス副団長は、ニーナ姉からも心配されている。


 師匠も子煩悩なんだな。あれだけ訓練でボッコボコにしていたとしても、親としての愛は人一倍あるらしい。


 もし先にニーナ姉に男が出来たら、その男を殺しに行きそうだ。


 そして、我らが勇者こと光司君は、聖女様と各地を回っているそうな。


 どうやら正式に結婚する事が決まったらしく、国民に伝える前に各地のお偉いさんに挨拶をするんだとか。


 彼も彼で大変だな。少なくとも自由を愛する俺だったら、窮屈すぎて逃げ出してしまいそうである。


 やっぱり傭兵って立場は俺にとって天職だな。強さ云々は完全に運もあったが、必要な時に仕事してそれ以外は基本休むみたいな働き方は俺に合っている。


 冒険者はランクが上がりすぎると色々なしがらみが生まれるが、傭兵はそもそもランクが無い。


 強くなれば多少のしがらみがあるかもしれないが、冒険者ほどでは無いはずだ。


 自由、最高!!


 黒百合さんはいつも通り。最近龍二もお仲間になる大天使さんに会ったらしく、その印象を語ってくれた。


 なんでも“普通にいい人”らしい。


 ファフニールやニーズヘッグ、ウロボロス等天使にあった事がある魔物達の話では“女神の使徒を名乗る傲慢者”と言っていたが、龍二の話を聞く限り割と常識的な人だと思う。


 良かった。礼儀を教える為に、厄災級魔物達にフルボッコにされるような事は無さそうだ。


 そうしてしばらく話していると、扉の向こうからふたつの気配がやってくる。


 1つは黒百合さんのもの。もう1つは三番大天使ラファエルのものだろう。


 コンコンと扉がノックされる。


 「どうぞー」


 俺が気の抜ける声でそういうと、笑顔の黒百合さんとおっとりとした雰囲気を持った女性が部屋に入ってきた。


 「仁君花音ちゃんイスちゃん久しぶり........イスちゃん寝てるの?」

 「人混みに酔ってな。もうしばらくそっとしておいてやってくれ」


 規則正しい寝息を立てるイスは、来客に気づいていない。


 これが敵意を持った相手なら気づくだろうけどな。あとは俺と花音がこの場にいることも大きいか。


 無理して起こしたら吐きましたは勘弁願いたいので、俺はイスが自然に目覚めるまでそっとしておくことにした。


 「朱那ちゃんお久ー。その隣が朱那ちゃんの言ってたお友達?」

 「うん。私の友達だよ」

 「初めまして。三番大天使ラファエルです。ラファと呼んでください」


 青く澄んだウェーブのかかった長髪と、太陽を反射する湖のように煌めく目。少し身長は小さめだが、それに反して胸はでかい。


 現在は翼を仕舞っており、綺麗な人と言うのがしっくり来る。


 ぺこりと頭を下げた大天使は、にっこりと微笑んで俺達に握手を求めた。


 「よろしくお願いします」

 「傭兵団揺レ動ク者グングニル団長の仁だ。よろしく........ところで無理して丁寧に話さなくてもいいぞ。ウチには変わり者しかいないからな。ちょっと話し方が変でも誰も気にしない」

 「副団長の花音だよー。そうそう。変人しかいないから、普段通りでいいよ。礼儀正しすぎると逆に浮くよ?」


 ラファは面食らったような顔をすると、黒百合さんに視線を向ける。


 黒百合さんは何も言わずにただ頷くと、ラファは作った笑顔ではなく本心の笑顔になった。


 「助かるよー。私、こうした息苦しいの苦手なんだよね。だってさ、楽しくないもん」

 「分かるぞ。楽しくないは重要だよな。やっぱり何事も楽しく行かなきゃつまらない」

 「話がわかるね!!ジン団長とは仲良くやれそうだよ!!」


 急に性格が変わったラファは、俺の手をブンブンと上下に大きく振るう。


 ファフニール達の印象とはだいぶ違うな。多分、天使の中でもかなりの変わり者なのだろう。


 ラファは俺の手を離すと、花音をじっと見る。


 花音はかわいらしく首を傾げると、ラファは楽しそうに跳ね上がった。


 「可愛い!!カノン副団長すっごく可愛いよ!!あ、あの、その綺麗な髪を触ってもいいれすか?!」

 「はい?」

 「やった!!」


 ラファは元気よく花音の後ろに回って、髪を国宝のツボを扱うかのように優しく触り始める。


 違う違う。今の“はい”は肯定の意味じゃなくて聞き返す意味での“はい?”だから。


 しかし、そんな事お構い無しにラファは花音の髪を優しく撫でていく。


 その間“ほぉー”“ふぇー”とか言っているが、この子変わり者過ぎるかもしれない。


 どうしたものかと困っていると、若干頬をふくらませた黒百合さんがラファの頭にチョップを食らわせた。


 「ギャン!!」


 ゴン!!とまぁまぁいい勢いでチョップされたラファは、頭を抱えながらうずくまる。


 なんだろう。今一瞬黒百合さんの背中から般若の像が見えた気がするんだけど。もしかして矢に貫かれたりした?


 黒百合さんスタンド使い疑惑が俺の中で浮かぶ中、黒百合さんはラファを無理やり立たせると耳元で何かを言う。


 俺には聞こえなかったが、花音は物凄くドン引きしていのを見るに何かヤバいことを言っいるのだろう。


 「ごめんね花音ちゃん。ラファちゃんちょっと美人とか可愛い子に弱いから........」

 「私は問題ないよ。でも大丈夫?可愛い子なら傭兵団に結構いるけど........」

 「そこは私が何とかするよ。ね?ラファちゃん」

 「はいぃ、おね........じゃなくてシュナちゃん。私、頑張る」


 美人や可愛い子に弱いって、どこかで見たぞ。


 どこぞのロリババアも美人や可愛い子に弱かった。ちょっと心配である。


 俺がキャッキャウフフと盛り上がる3人を見ていると、龍二が隣にやってきた。


 「な?普通の人だろ?」

 「お前、1回普通を辞書で調べた方がいいよ」

 「馬鹿言え、俺から見れば全然普通だって。花音ほど頭のネジが外れてねぇもん」

 「何言ってんだ?花音は普通だろ?」

 「お前の方こそ辞書で“普通”の意味を調べた方がいいな」


 そう言いながら、俺と龍二は仲良く話す3人をボヤっと見るのだった。


 まぁ、傲慢よりは全然マシかな。普通に馴染めそうだし、問題は魔物たちを見た時にどんな反応をするかだ。


 もしかしたら知り合いが居るのかもしれないなと俺は思いながら、こんな騒がしい中すやすやと眠るイスのベッドに腰を下ろして頭を優しく撫でてやるのだった。

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