壊れた人形は狂気を纏う
とある場所のとある地下。女神の目も届かない暗く深い闇の中で、魔女は彼女を待っていた。
所詮は口約束。破ることは容易だ。
だが、彼女達を今敵に回せば今後の計画に支障が出てくるのは間違いない。
魔女が見た漏れ出す狂気は、それだけのものだった。
「我ながら、人選をミスりましたね。もう少し扱い易い人間をつかうべきでした。しかし、彼女と以外に適任が居なかったのも事実。世界とは思い通りに行かないものですね」
ポツリと呟いた魔女は、五年前のことを思い出す。
あの時の狂気はいまでも忘れない。半ば強引に約束を迫ったとは言え、やりようは他にもあっただろう。
あの時点では魔女の方が強かった。だが、たった5年で世界最強クラスにまで強くなってしまった。
そして、彼女は自身の力の本質を隠し続けている。
「待った?」
「いえ、時間通りです」
僅かに漏れ出す殺気と狂気。今ここで下手な言動をすれば、魔女の首が飛ぶ。
そう思わせるだけの圧を感じつつも、魔女はできるだけ平静を装って彼女の名を呼んだ。
「こうして会うのは二回目ですね。カノン」
「そうだねぇ」
浅賀花音。
5年前に異世界から来た異常者。
この世界に呼び出されて直ぐに魔女達が接触を図った人物であり、魔女達の計画において重要な役割を果たした人物。
彼女は既に役割を終え、魔女はその報酬を支払うのだ。
既に片目が赤く染まっているのを魔女は確認すると、言葉を選びつつ花音に話しかけた。
「あなたのお陰で私達の計画は順調に終わりました。ありがとうございます」
「あ?何協力してくれてありがとうみたいな雰囲気出してんだよ。テメェが仁を盾に強制してきた事を忘れたのか?」
「........いえ、忘れていませんよ」
早速地雷を踏み抜いたと、魔女は内心冷や汗を掻きつつ言葉を選ぶ。
まだ報酬を渡してはいない。今すぐに殺されることは無いため、少し挑発気味に動いても問題は無い。
魔女はなんと言おうか考えていると、苛立ちを隠さない花音が話を続けた。
「仁が川に落ちて気絶した時に助けてくれたのは感謝してるよ?でも、あのやり方は頂けねぇな。最初の接触時は力がなくて協力してやったが........あれは脅迫だろ」
「否定はしませんよ。私達も今後の事でいっぱいいっぱいなので」
「しかも、お前が島の全容を教えてくれちゃったおかげで、仁を誤魔化すのが大変だったんだぞ。仁は優しいから何も言わなかったけど」
いや、それはお前のミスだろ。
と、魔女は言いたくなる気持ちをグッと堪えて静かに頷くだけに留めた。
彼女の異能は魔女の天敵だ。手を出されれば、“本体すら”すらも殺せてしまう。備えはあるが、今手を出されるのはあまり宜しくなかった。
「正直、お前達の計画なんぞに興味は無い。私は仁がこの世界を見たいだろうなと思って、死を偽装することを選んだ。やろうと思えば私一人でもできたんだぞ?保険をかけておいたのは正解だったが」
「そうですか。私としては戦争を起こしてさえくれれば良かったので、どうでもいいですが」
魔女とて正直な話戦争を起こせるとは思ってなかった。最悪の場合、大天使を使えば戦争は簡単に起こせる。
が、それをやると大義名分が“大天使”になり女神や天使達に計画がバレる恐れがあった。
半ば賭けのような状態ではあったが、全て上手くいった。
「本当に面倒だったよ。仁には疑問を持たれるし、まぁ、仁は私がゴリ押せば問題ないんだけどね」
「随分と厚い信頼関係で羨ましいですね」
「でしょ?」
今日初めてみせた笑顔。この女の狂気を知らなければ、恋する乙女の輝かしい笑顔に見えただろう。
魔女には、赤黒く染まったドロドロとしたナニカにしか見えなかったが。
「どうです?今後の計画にも乗りませんか?悪い話では無いと思いますが?」
「舐めてんのか
「あら、残念ですね。いいんですか?私がその気になれば、リュウジとやらも殺せるんですが........」
魔女としては、この戦力を逃す手はない。
たとえ脅しであろうが、何がなんでも協力させたかった。最悪死ぬことになるかもしれないが、それを見越して用心はしてある。
だが、魔女の予想に反して、花音はとてつもなく冷酷だった。
「好きにすれば?」
「........は?」
予想外すぎる言葉。
怒りに任せて自分を殺しにくると思っていた魔女は、思わず面食らう。
自分の聞き間違いかと耳を疑い、花音に聞き返した。
「今、なんと........?」
「だから、好きにすれば?龍二が死ぬのはどうでもいいし」
「ご友人では?」
「友人だよ。でも、仁の方が私にとっては大事。たとえ仁が親友を失って傷つこうとも、仁が無事ならそれでいい。脅す相手が悪かったね。仁なら通用したかもしれないけど、私にはそう言うの効かないよ。だって興味無いもん」
「ご友人が死に、愛する人が傷ついてもいいと?」
「え?だって龍二が死んで傷ついてたら、私が癒してあげれるじゃん。そうすれば、仁はもっと私には依存してくれる........最高でしょ?まぁ、だからと言って私自身が何がするってことは無いけどね。今でも十分仁は私には依存してくれてるし」
イカれてる。
頭のネジが外れてるなんてもんじゃない。
一般的な倫理観を持ち合わせていないのは知っていたが、ここまで“仁”という男の全てを手に入れたいのかと。
花音がいた世界がどのような物か多少知っている。少なくとも、その世界では完全に異常者として捉えられる倫理観だった。
いや、この世界だったとしてもかなり異常だ。つくづく魔女は、自分の人選の悪さに頭を抱える。
目の前にいるのは人ではない。“仁”という男に全てを捧げた狂信的な壊れた人形だ。
魔女はこれ以上話すと頭がおかしくなると判断し、さっさと報酬を渡して帰ろうと決める。
「着いてきてください。報酬を渡します」
しばらく暗闇の中を歩き、1つのドアに辿り着く。
扉を開くと、死んだはずの愚者達が鎖に縛られてもがいていた。
「んーんー!!」
「おぉーすごいすごい。こうして見ると、あの人形はよく出来てたねぇ」
「攫うのが大変でしたよ。人目を盗むのが特に」
この場にいる愚者達は本物だ。仁が復讐したのは、宝物によって作られた精巧な偽物。
その外見。なんなら魂までもがそっくりな“人形”を作り出し、仁に殺させたのだ。
そして本物は、花音によって殺される。
これが報酬。
花音は、仁を奪おうとしたものは絶対に許さないのだ。例えどんな手を使ったとしても、彼女は相手を確実に殺す。
「うんうん。ちゃんと本物だ」
「では、私はこれで........あ、
「そこら辺に置いておいて。私も持ってきてるから」
魔女は花音の指示通り道具を置くと、今度こそ部屋を出ていく。
「借りは返した。次は殺す」
花音が最後に呟いた言葉は、魔女の耳に入らなかった。
パタンと閉じられた扉の向こうから、悲鳴が聞こえてくる。魔女は不愉快な悲鳴に耳を塞ぎつつ、拠点へと帰るのだった。
話だけでは分からないと思うので、補足。
1.異世界召喚されると同時に魔女は花音に接触。仁を人質にして戦争を起こさせようと目論む。
2.花音の能力によって馬鹿5人組が仁の暗殺計画を立てる。(花音に操られていた訳ではなく、仁の暗殺計画は本人の意思)
3.計画実行。仁が気絶し流される。
4.監視していた魔女が仁を助ける。なにかに気づいた魔女は、仁をあの島に連れて行き花音にもう1つ約束を結ばせる。
5.何も知らない仁があの島の結界をぶち破る。(4の約束成功)
6.魔王討伐後、戦争勃発。(1の約束成功)
7.魔女は1と4の報酬のためにバカ5人を拉致、そして宝物の力によってバカ5人を複製。複製された方は仁に殺された。
8.全てが終わり報酬を渡す。花音拷問タイム開始。
大まかにですが、こんな感じです(ガバってたらすいません)。ようやく伏線回収できて良かった。花音の不自然な行動や、なんか変じゃね?ってところは大体コレが絡んでます。コメ欄でも気づいていた人がちらほら。
接触方法も既に出ています。魔王の名前と一章での花音が言った“約束”を見つければ簡単かも?
ちなみに、拷問の描写はカット。誰もBLNTRなんて見たくないでしょ。
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