戦争終結
その日、戦争は終わった。
一年近く続いた世界中を巻き込んだ戦争。数多くの犠牲者を出し、死んだ人の数は8000万人を上回ると言う。
しかも、その殆どが戦えない民間人であり、老若男女問わず殺されていった。
正教会国の首都で自害したと思われる教皇グータラ・デブルを始め、教会の中には甘い汁をすすってきた者たちの首が並べられていたと言う怪奇もあったが、戦勝の美酒に酔いしれた彼らにはどうでもいいことだっただろう。
戦争が終結してから更に3ヶ月後。行きよりも人の数が減り、皮肉にも移動のスピードが上がった彼らは神聖皇国へと帰ってきていた。
凱旋だ。
俺達は傭兵であり、仕事の範囲は“正教会国及びその同盟国との戦争が集結するまで”なので、凱旋に参加する義務はない。
一応、彼らが帰るまでは護衛として着いてきてはいたが、これ以上は必要ないだろう。
「本当にいいんですか?今や貴方に喝采を送らない人なんていないのに」
「いいんだよ。俺達は傭兵であって雇われの身。主役じゃない。俺たちは金のために戦って、君達は国のために戦った。あの国で賞賛を受けるべきなのは君達だ」
「確かに貴方方が行けば、主役の座は奪われるでしょうが........きっと誰も気にしませんよ?なんでったって、かの“人類最強”である剣聖をも倒したんですから」
鼻息荒く俺の横で話すのは、“影の英雄:不滅の黒滅”と言う英雄歌を作った1人であるレドナンテだ。
彼は俺と剣聖の戦いをその目に収め、これは後世に語り継ぐべきとして仲間とひとつの歌を作った。
俺達の功績を知っている軍の人達は、次々にその歌を気に入り、あっという間にみなが歌えるようになったらしい。
その噂を聞いた俺は、レドナンテとその仲間達の歌をこっこりと聞き、本人達に大絶賛を送っておいた。
普通に歌が上手いし、何よりカッケェのだ。帰りの道で楽器を買い、ギターが弾けるという軍人が歌に合わせてメロディーを入れ始めると、それはもう素晴らしい曲である。
吟遊詩人が語る歌と言うよりは合唱曲に近いテイストではあるが、俺を知らない人が聞いても普通に楽しめるものだったと思う。
それでありながら、ちゃんと物語風の歌詞になっているんだから大したものだ。君達、軍人より作曲家の方がセンスあるよ。
そうやってレドナンテ達とはかなり仲良くなった。彼と1部の仲間は、軍を辞めて世界中にこの歌を広める活動をするらしい。
もし、アゼル共和国に来た時は、是非とも聞きに行こう。きっと驚いてくれるはずだ。
「剣聖は倒せてないさ。殺し損ねたんだからな。次は最初からきっちりと殺してやる」
「その時は私も呼んでください。貴方の歌が増えるのでね」
「また吹き飛ばされるぞ?」
「ハッハッハ!!それこそ本望!!私の人生の中で、あれ程心踊った瞬間はありませんよ!!」
レドナンテは盛大に笑うと、束になった紙を手渡してくる。普段読む報告書よりは随分と少ないが、かなりの量だ。
俺は紙束を受け取ると、ちらりと描かれているところに目を通す。
そこには、ぎっしりと色んな特徴をした文字が書かれていた。知ってるな。寄せ書きって奴だ。
「
「すごい量だな。帰ったら読ませてもらうよ。一緒に戦った戦友たちの顔を思い浮かべながらな」
「........!!是非ともそうしてください。皆貴方達に感謝しているんですから」
既に神聖皇国の街が見えてきている。その城壁の向こうには、大勢の人々が彼らの帰りを待っている事だろう。
さて、俺達は帰るとしますか。
俺はもらった寄せ書きの紙束をマジックポーチに仕舞うと、代わりに一枚の紙を取り出す。
「これは?」
「何かあった時にこいつを使え。“血に錆びた槍の元に”と書いておけば、助けてやる。本来なら代金を貰うんだが、既に前払いしてもらったしな」
俺が取り出した紙は、何時ぞやの逆ケルト十字が書かれた紙。
獣人会の幹部に渡したやつとおなじ物だ。
「前払いとは?」
「いい歌を支払って貰ったからな。ソイツが代金さ。さて、俺達は帰る。また神聖皇国には顔を出すと思うから、どこかで会ったらまた歌ってくれよ」
俺がそう言うと、イスが異能を発動させて空を飛べない団員達を霧の世界へと誘う。
残ったのは俺と花音とイスの3人だけだった。
「じゃあなレドナンテ」
「お元気で!!」
レドナンテが大声で礼を告げると、次々と他の軍人達も礼を言って手を振る。
俺は少しその様子を名残惜しく思いつつも、空を飛んでその場を後にした。
「またどこかで会うだろうな」
「そうだねぇ。私達が神聖皇国に遊びに行けば、大体は会えると思うよ。レドナンテはともかくね」
「蜘蛛を仕込んだし、彼の動きは分かる。何かあれば助けてやるさ」
「お腹すいたの」
「ハハハ!!帰ったら晩飯にするか。今日は豪華に行こう。地竜の肉ってまだあったよな?」
「食べきれないほどね」
「ならソイツをメインにBBQだ。俺達も戦勝会といこう」
神聖歴(勇者が魔王を討伐した年につけられた暦)2421年。世界中を巻き込んだ戦争である“神正世界戦争”は終わりを告げた。
数多くの犠牲者を出しつつも世界の均衡を崩し、3大国を滅ぼしたことが今後どう影響するのか。それは、女神ですら分からない。
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深い闇の中。影は欠伸を噛み殺すと、暇そうに天井を見上げる。
隣では魔女が紅茶を嗜んでおり、その前には怪我の治った剣聖が座っていた。
「死ななくて良かったよ。全身ボロボロって聞いた時はさすがに驚いた」
「ほっほっほ。冗談抜きで死にかけたからのぉ。主の忠告を聞いて目を直したと言うのに、目で追うどころか惑わされることの方が多かったわい」
剣聖はそう言うと、見えるようになった目で影を見る。
相変わらずやる気のなさそうな顔をしているが、その奥底には得体の知れない何かが宿っていた。
「あの大天使に治癒を頼んだのは間違いだったかな?戦争中に死なれたら困るから、直してもらったんだけど........」
「間違いではなかったと思うが、目が見えたからと言って対応出来るとは限らんのじゃよ。あれば化け物が過ぎる」
「そりゃそうでしょう。彼は“
「それ、先に行って欲しかったのぉ」
剣聖はそう言うと、魔女に入れてもらった紅茶をすする。
「弟子には悪いことした。何も言わずに消えたのだからの」
「呼ぶかい?人では多い方がいいし、君が見初めた人なら歓迎だよ」
「いや、彼には守るものがあるのじゃよ。無理には誘えんて。幸い、基礎は教えたんだし、残りは自力で頂きにたってもらうとするわい」
剣聖の話を聞いていた魔女は、紅茶を飲み干して席を立つ。
あまり行きたくなさそうな雰囲気が出ており、影も心配そうに魔女を見つめた。
「行くのかい?」
「えぇ、ですが。彼女とはあまり会いたくないんですよねぇ。普通に怖いし」
「彼女?」
何も知らない剣聖だけが首を傾げる。
「でも、約束は約束なので行ってきますよ。彼女に恨まれる方が怖い。人選をミスりましたね」
魔女はそう言うと、さっさと拠点を後にした。
「はぁ、会いたくない」
魔女のため息は誰にも聞こえない。
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