影の英雄:不滅の黒滅
剣聖を殺し損ねてから2週間後、神聖皇国と正教会国の戦争は終わりを迎えていた。
既に正教会国の首都は占拠され、逃げ遅れた人々は虐殺されていく。
毎度思うが、非戦闘員までも殺すその姿はどちらが“悪”なのかわかったものでは無い。
子供だけはと泣いて懇願する母親、母親に泣きつく子供。そして、それを無慈悲にも殺す兵士。
ね?どっちが悪役だよと問いたくなる。
しかし、これは戦争であり、正教会国側の人間全てを殺すまで終わらない。
俺も、あの世で恨んでくれと思いつつ、せめて苦しまないように一撃で殺した。
慣れとは怖いな。この世界に来て5年。既に命の価値観はこの世界の基準に染まっしまっている。
「教皇の死体は置いておいたか?」
「問題ないよ。子供達が自殺に見せかけてある。ついでに、お偉いさんたちも綺麗に首を撥ねて並べてあるよ」
神聖皇国が攻め込んでいく中で、正教会国の教皇グータラ・デブルは逃亡を図った。
なんでも、この国の切り札が盗まれたらしい。
子供たち曰く、“鍵”とやらが盗まれたそうだが、俺にはよく分からなかった。
今、調べさせてはいるものの、未だ手がかりが掴めない。まぁ、国が総力を上げて隠してきたであろう切り札の事を直ぐに調べられるとも思っていないが。
「それにしても、恐れられてんな。剣聖との戦いの余波で、まさか味方を巻き込んでるとは思わなかった」
「怪我人は出たけど、死人が出なかったのは幸いだねぇ。味方から死人がでてたら畏怖の視線は憎悪になってたかもしれないよ」
「それな。久々にアレを使ったから、周りへの被害とか忘れてたわ」
「おっちょこちょいだね。他にも手札を切ってたら死人が出てたよ」
天幕の外を散歩する俺と花音ちゃんだが、以前のように声をかけられサインや握手を求められることは無い。
俺達の邪魔をしないようにしているのもあるが、それの他に俺が剣聖との戦いで周りにも被害を撒き散らしたのも原因の一つだ。
音速を優に超える移動は、衝撃波を生み出して辺り一帯を滅茶苦茶に吹き飛ばした。
衝撃波はなんと25kmにも及び、俺と剣聖が戦った場所に関しては草木のひとつも残っていない。
剣聖を地面に叩きつけた時にできたクレーターのみが存在し、たまたま近くで俺と剣聖の勝負を見ていた兵士の1人がそれを言いふらしたのだ。
監視するような視線の1つはその兵士のものだったんだな。手を出さなくてよかった。
もちろん兵士は衝撃波に飲まれ、吹き飛ばされたらしい。
あの戦闘の余波の中大した怪我もなく生き残れる辺り、その兵士は強運の持ち主だ。
「今じゃ観光地らしいよ。剣聖と黒滅が戦った地として。半径1km近くは全て吹っ飛んでるし、意外と見応えがあって人気みたい」
「人気なのか........」
「結構な兵士がその惨劇を見に行ってるよ。これが世界最強同士が戦った跡地なのか!!ってね」
「知らん間に村とかできてそうだな。小さな川もあるし、少し離れれば森もある。噂を聞き付けた商人が集まれば、れっきとした観光地だ」
俺が作った跡地なんだから、金とか貰えないかな。ほら、印税みたいな感じで。
ぶっちゃけ金は腐るほどあるが、さらにあるに越したことはない。それに不労所得とか欲しいじゃん。
「お金は貰えないんじゃないかな?多分」
「サラッと考えを読むな」
相変わらず人の思考をハッキングする花音に、軽くチョップを食らわせながらのんびりと散歩を続けるのだった。
それから戦争が完全に終結したのは、約2ヶ月後の話である。
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神聖皇国軍に所属する兵士の1人であるレドナンテは、全てを見ていた。
元々斥候である彼は、憧れの存在とも言える“影の英雄”こと“黒滅”の戦いをその目に収めようとしたのだ。
その日は運悪く黒滅の後を追えなかったので、代わりに“炎帝”と“幻魔剣”の後を追っていた。
仕事もあるにはあったが、英雄に憧れる彼にとってはそれよりも英雄の勇姿を見るかとの方が大事である。
そして彼は見た。
“炎帝”と“幻魔剣”が“剣聖”と戦うところを。
そして、“黒滅”と“剣聖”が戦うところを。
最後の方は、戦闘の余波に巻き込まれて吹っ飛ばされたが、それでも彼は目を閉じることはしなかった。
語り継ぐ。その一心で目を見開き続けたレドナンテは、全てを目撃していた。
「アレは凄かったな」
「おーい、レドナンテ。何黄昏てんだよ」
日が沈み、月が天を照らす夜。
パチパチと木の弾ける音が響く焚き火を囲む仲間たちに呼ばれ、レドナンテはそこに足を運んだ。
「少し暇が貰えたからな。見てきたぜ、お前が見たって言う“黒滅”と“剣聖”の戦った跡地を」
「へぇ、暇なんて貰えたの?戦争中なのに」
「あぁ、“
本来ならば、戦争中に暇などもらえない。だが、圧倒的に勝ち越しており村や街を占領するのに人が多すぎるという事で、1部の兵士達には休暇が与えられた。
「
「そうだな。剣聖もボコボコだったんだろ?人類最強の相手をフルボッコにできるなんて、さすがは“黒滅”さんだ」
「跡地も凄かったよな。戦闘の余波であんなことになるか?普通」
「レドナンテ、実際に見てたんだろ?どんな感じだったんだ?」
レドナンテは呼ばれた理由を察し、大きく頷く。
彼はあの戦いを後世にまで語り継ぐべきだと考えている。死してなお語り継がれる、英雄を称える歌を作ろうと。
レドナンテは語った。剣聖と黒滅の戦いを。
とは言っても、彼の目では戦闘の殆どが追えてない。特に、最後の数瞬に関しては、剣聖が吹っ飛び天が晴れたことしか分からない。
レドナンテはバカ正直にそのことを語っても面白くないと判断し、自分の中で“あの人ならこのぐらいはできるだろ”とあることない事を話した。
事実、そのほとんどは間違っていない。彼が如何に、正確に黒滅と剣聖の評価ができているのかが分かる。
だが、最後の数瞬に関してだけは真実だけを語る。
黒滅の姿が消えたと思ったら、剣聖が吹き飛び。その衝撃によって周囲も吹き飛んだ事を。剣聖が天高く飛ばされたことにより、豪雨が晴れたことを。剣聖が地に落ちたことにより、バカでかいクレーターができたことを。
その日戦場にいた彼らも豪雨が急に晴れたことは知っているし、大地を揺らす轟音と共に衝撃波が飛んできたことも知っている。
だからこそ、全ての話が本当に思えた。
最初の適当に着色した話も、全て本当であるかのように錯覚したのだ。
レドナンテ。彼は詐欺の才能があるかもしれない。
「すげぇな。黒滅さん。こういうと失礼かもしれないが、化け物だ」
「なぁ、これを歌にしねぇか?語り継がれるべき英雄の名を俺達が紡ごうぜ」
「いい事言うじゃねぇかレドナンテ。作ろうぜ。俺達で彼の名を語り継ごう!!」
約2週間かけて出来上がった歌。彼らは軍の中でそれを歌い、気づけばその歌は軍に所属する者ならば誰もが歌えるものになった。
この歌を聞いた黒滅はいたくその歌を気に入り、歌を作った彼らに直接礼を述べたそうな。
“影の英雄:不滅の黒滅”
この歌は、全てが終わり、世界が半分になっても語り継がれる世界でいちばん有名な英雄譚となるのだが、それはまだ先の話だ。
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