次は無い

 謎の邪魔者と剣聖を取り逃した俺は、エドストルの容態を確認するために一旦拠点へと帰っていた。


 神聖皇国と正教会国の戦争は、既に勝負が着いているようなものであり、俺達がその場を離れても大して影響は無い。


 ロナ姉弟とゼリス夫婦。そしてトリスとラナーはそのまま戦場に残ってもらい、仕事を続けてもらう事にした。


 みんなエドストルが怪我をしていることは既に耳に入っているようで心配していたが、死ぬような程重体ではないと知ると一先ずは安心していた。


 エドストルの治療が一段落したら、一旦顔を出させるか。


 俺は魔導崩壊領域ブラックボックスの反動によって痛む体に鞭を打ちながら、空を飛ぶ。


 仕留めきれなかった剣聖や、そのお仲間らしき存在の事が頭によぎるが、今は何も感考えないように心がけた。


 暫くすると、拠点が見えてくる。


 エドストルの左腕が吹っ飛んだ事は誰もが知っているようで、普段あちこちにフラフラと消えている厄災級魔物達も集まっていた。


 俺が庭に降り立つと、アンスールが出迎えてくれる。


 生死の関わる怪我では無い為か、アンスールは割と平然としていた。


 「ジン、おかえり」

 「ただいまアンスール。エドストルは?」

 「治療室の中よ。ドッペルゲンガーが治療に当たっているわ」


 恐らく奪った顔を使ってエドストルの治療をしていいのだろう。団員の中で一番色んなことができるのは彼だ。


 「腕はどうなりそうだ?くっつくのか?」

 「無理ね。少なくとも、欠損を治せるほどの技術や魔法はないわ。それこそ、治癒に特化した異能ぐらしいかね」

 「........チッ」


 想定はしていたし、その可能性がいちばん高いことも分かっていた。が、実際に聞くとやはり舌打ちが出てしまう。


 エドストルの利き腕か右なのが唯一の救いだが、エドストルは今後左腕が使えないのだ。


 日常生活でも間違いなく不便になるだろう。小指一つ無くなるだけでも不便を感じるというのに。


 「義手を作るしかないのか」

 「そうなるわね。安心しなさい。素材は私達も提供できるから」

 「厄災級魔物で作った義手か。最早兵器になりそうだな」

 「少なくとも、そこら辺のなまくらでは傷一つつかなくなると思うわよ。幸い、義手を作る技術はドッペルが持っているしね」

 「普段趣味に近い感じで魔道具を作らせているんだ。こういう時に働いてもらわないと困る」


 アンスールと話しながら、治療室に到着するとその扉を少し乱暴に開く。


 バン!!と荒々しい音が、今の俺の心境を表しているように思えた。


 「あ、団長さん」

 「腕の容態は?」


 悲しそうに俺を見つめるシルフォードを無視して、俺はドッペルに話しかけた。


 今にも泣きそうな顔をしているシルフォードだが、今は構ってやるよりも知りたいことが多い。


 「問題ないですヨ。流石にくっつけるのは無理ですガ........」

 「義手は作れるのか?」

 「ハイ。作れます。ちゃんとそういう顔もストックしてアルので」

 「なら、作ってやってくれ。今度はあのクソジジィにも切れないほど頑丈なやつをな」

 「了解です」


 静かに頭を下げたドッペルは、1歩下がると俺に道を開けてくれる。


 少し脅えた様子があるのは、俺から圧を感じるためだろうか。


 「団長さん........」

 「申し訳ありません。団長。命令違反をしてしまいました。処分は如何様にも」


 俺がエドストルの目の前に立つと、エドストルはベッドに座ったまま頭を下げる。


 確かに俺は五体満足で帰ってこいと命令はしていたが、流石に左腕を失った奴に罰を与える程イカレては無い。


 いや、“義手をつけろ”は罰になるのか?


 「一先ず、命があってよかった。よく剣聖相手に生き残ったな」

 「私一人じゃ無理ですよ。シルフォードさんが殆ど相手してましたし」

 「ごめんなさい。ごめんなさい........」


 シルフォードはさっきから情緒不安定だな。おそらく、エドストルの腕が切り飛ばされたことに責任を感じているのだろう。


 聞いた話では、剣聖の“天”とやらからシルフォードを庇ったがために左腕を失ったみたいだし。


 俺はシルフォードの頭を優しく撫でながら、エドストルと会話を続けた。


 今のシルフォードに何を言っても無駄だろう。


 「腕の調子は?」

 「違和感が残りますが、問題ないです。義手を作ってくれるのでしょう?なんかこう、凄い事ができるロマン溢れるものでお願いしますよ」

 「ハッハッハ!!そんなことが言えるなら、問題なさそうだな!!何かあれば誰でもいいから頼れよ。あぁ、それと──────────」


 俺はシルフォードの頭から手を離すと、エドストルにだけ聴こえるように耳元で囁いた。


 「シルフォードはお前が何とかしろ。これが罰だ」

 「了解しました」


 エドストルは小さく頷いたのを見た後、俺はその場にいたエドストルとシルフォード以外の人を治療室から出るように目で訴える。


 察しのいいドッペルたちは、その場を後にした。


 「おかえり仁。剣聖は殺れた?」


 ようやく話しかけても良いと判断した花音が、俺の隣に来る。


 「無理だった。途中で邪魔が入ったからな。子供たちを総動員して、奴を追う。うちの団員の左腕を貰っておきながら、代金を払わなかった奴だ。その命で償ってもらおう」

 「邪魔って?」

 「分からん。自分を復讐者アヴェンジャーと名乗ったやつだ。恐らくだが、転移系の魔導具を持っていやがる」

 「転移系?それって失われた古代技術ロストテクノロジーじゃなかったっけ?」

 「そうだ。現代の技術では作れないはずの魔導具。その遺産を持っているらしい」

 「厄介だね。向こうは自由にあっちこっちに移動できちゃう。鬼ごっこしても勝てないよ」

 「そうだな。なにか手を考えないといけない」


 転移系の魔導具。ドッペルですら作れない超高等技術だ。


 それを相手が持っているとなると、鬼ごっこに勝ち目はない。


 「俺の異能で転移できない空間を作り出すとか、イスの異能の中に閉じ込めるとか、対処法はあるはずだ。まぁ、それはおいおい考えるとして、今は仕事を終わらせよう。エドストルも割と元気そうだったしな」

 「エドストルよりもシルフォードの方が辛そうだったねぇ。自分を庇って左腕を失ったんだから、その責任は自分にあると思ってそうだし 」

 「剣聖相手に戦えた時点でかなりのものなんだがな。龍二なんて反撃すら許されずに殺されかけたんだぞ」

 「それとこれとでは話が別でしょ。悪いのは剣聖だけど、シルフォードが原因の1つって言うのは間違いないんだし。それよりも、どうだった?剣聖は」

 「強かった。特に、奴の必殺技とも言える一撃はえげつねぇ。見ろよ」


 俺は右胸が少し切り裂かれた服を花音に見せる。


 その瞬間、僅かに花音から殺気が漏れた気がしたが、瞬きをする間に普段通りに戻っていた。


 今のは見間違いか?


 「切られたの?」

 「あぁ、避けたのに切られた。意味がわからん」

 「???避けたんだよね?」

 「避けたはずだ」

 「でも切られたの?」

 「切られた。だから、意味がわからないんだよ。剣を振り下ろすよりも先に斬撃が俺を捉えてたんだと思うが、そもそも斬撃は剣と同時に起こるものだろ」

 「すごいね。剣聖。正真正銘の化け物じゃん」

 「殺し損ねたのが痛いな。またどこかで戦うことになりそうだ」


 もちろん、その時は最初から手札を見せるだろう。次はないぞ、剣聖。

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