神正世界戦争:黒滅vs剣聖②

 「「死(逝)ね」」


 お互いの殺気が限界まで到達し、弾けた風船は俺と剣聖を同時に動かした。


 神速の剣が俺に迫って来るが、俺は避ける様な事はせずに剣聖の顔面に向かって拳を振り下ろす。


 剣と拳。先に相手を捉えたのは剣だった。


 吸い込まれるように剣は俺の首を捉え、切り落とそうとしてくる。このまま行けば、俺の胴体と首は泣き別れ、ギロチンにかけられた罪人のように首が泥の中に転げ落ちるだろう。


 しかし──────────


 ガキン!!


 「ほ?」

 「なまくらで俺の首は切れねぇよ」


 それは、俺の全身を覆う魔力を突破出来たらの話だ。


 人の肌と剣が接触したとは思えない音が響き、剣聖の剣は俺の首に止められる。


 膨大な魔力を圧縮した身体強化は、剣聖の一撃を防ぐほどにまでなったのだ。


 もちろん衝撃は伝わってくるが、この程度では厄災級魔物の足元にも及ばない。


 何事も無かったかのように俺は拳を振り下ろすと、剣聖は慌てて距離を取った。


 「儂の剣で傷一つつかんとは、中々やるのぉ。流石にちょっと驚いたぞ」

 「お前の剣がなまくらだっただけだろ。長年使ってきて刃こぼれが酷いんじゃないか?1回研ぎ直してもらえ」

 「ほっほっほ。割と本気で研ぎ直そうか考えておるよ。幾多の龍も切り崩したこの剣ですら、人の首一つ落とせないとは大したものじゃ」


 剣聖はそう言うと、腰を落として居合の構えを取る。


 これはあの魔王との戦いで見せた神速の一刀か。


 俺は剣聖が何をやるのか分かっていながら、バカ正直に真正面から突っ込む。


 あの一撃で剣聖は気づいただろう。切れずとも衝撃は俺に襲ってくることに。ならば、人間の急所を狙って攻撃してくるはずだ。


 備えは既にしてある。かかってこい。


 「天地断絶」


 4度目の邂逅。やはり目で追うのは少し厳しいその斬撃を、俺は勘と読みで避ける。


 剣聖が狙っていた場所は下顎。剣聖は俺の脳を揺らして身体強化を甘くさせようと目論んだようだが、そんな事を許す俺ではない。


 剣の軌道を変えさせないようにギリギリまで引き付けてから、必要最小限の動きで避ける。


 1歩間違えれば食らっていたが、自分よりも速い攻撃を避ける訓練は嫌という程積んできたので、当たることは無い。


 剣を振り終えた隙。俺は、足の裏に圧縮した魔力を解放して先程の何倍も速く剣聖に肉薄した。


 「死ね」


 最短を行くためにフェイントは最小限。二回ほど殺気を当てて、そことは別の場所に拳を当てに行く。


 「読めるわ」


 しかし、剣聖は驚くことなくこれを防いだ。


 圧縮された魔力を纏った拳と刃がぶつかり合う。


 ギリギリと黒板を爪で引っ掻いたような嫌な音が響くが、その音が俺たちの耳に入ることは無かった。


 「ほっほっほ。どこかで感じた視線だとは思ったが........お主、儂が魔王と戦っていた時の観戦者じゃな?道理で初見で今の剣を避けられる訳じゃ」

 「何の話か分からねぇな。単純にジジィの剣が遅かっただけだろ」

 「とぼけるな。お主の他にも二人おったはずじゃ。言い逃れしようとも、儂は覚えておるぞ」

 「........認知症のジジィの割には記憶力がいいな。“よく出来ました”と褒めてやれば満足か?」


 やはり、色欲の魔王との戦いを見ていたことはバレていたようだ。


 ロムスと言い、剣聖と言い、視線に敏感だな。


 かくゆう俺も視線に敏感だが。


 「魔王との戦い以来見られている感じがするのはお主が原因じゃろ?人のプライベートは覗くものでは無いと教わらんかったのか?」

 「認知症に加えて今度は被害妄想か?手の付けようがない老人だな。老人ホームに行った方がいいんじゃねぇの?」

 「ほっほっほ。口は回るの。クソガキが」

 「アッハッハ。言ってろ。クソジジィ」


 剣聖は俺の拳を弾くと、再び顎を狙って剣を振るう。


 至る急所に殺気を感じるが、全てフェイントだな。それに、関節を攻撃されても問題ない。


 剣聖はさらに視線によるフェイントや、剣先を攻撃するギリギリで止めたりもしてくるが、フェイントと分かっていれば対処するのは容易い。


 本当に攻撃されても困るので、少しガードをする振りをしてやるのだ。


 それだけで剣聖は剣の向きを変える。剣聖も俺の動きがどういう意図を持っているものか分かっているだろう。だからこそ、下手に攻撃をしてこない。


 手痛いカウンターを食らうからな。


 俺も剣聖が何度もフェイントをかける間に色々と仕込みをしておいた。能力はまだ見せない。仕込みが完全に終わってから叩き潰すのだ。


 何手目か分からなくなるほど続いたフェイントとそれによるガードの攻防。


 本命の顎だけは狙わせないようにしつつ、立ち回ったせいか、僅かに遅れたガードのスキをついて何発か軽いのを貰っている。


 こちらも剣聖の攻撃が当たった瞬間に反撃しているのだが、さすがは剣聖。全て上手くいなされてしまった。


 ガードに重きを置いての攻撃の為、手痛い反撃は貰ってないものの、こちらはまだ1発も攻撃を当てられていない。


 やはり“読み”では剣聖に勝てないな。


 たかが5年程しか戦ってきていない小僧と、何十年と死線をくぐり抜けた剣聖。


 実力はともかく、経験に置いては圧倒的に俺の方が劣っていた。


 「やりづれぇな」

 「どの口が言う。儂の攻撃を的確に捌きおって。儂の方がやりづらくて敵わんわい。攻撃を当てても切れぬし、貴様本当に人種か?仮面を被った悪魔ではないだろうな?」

 「残念ながら普通の人間さ。そう言うジジィこそ、人とは思えない動きをしているがな」

 「長年の積み重ねによる成長じゃ。お主の何倍も積み上げてきた研鑽なんじゃよ」


 傍から見れば何が起きているか分からないであろう程の激戦。


 剣を振るうことによって発生した風圧が、拳を振るったことによる拳圧が、周りを破壊していく。


 普段ならば周りの環境に気遣って戦う俺も、さすがに今回ばかりは本気だった。全力では無いが。


 神速に振るわれた剣が木を切り裂き、嵐のように荒れ狂う魔力を纏った拳が地面を抉り泥を飛ばす。


 常人では目で追うことすら許されない速すぎた攻防。お互いに致命的なミスはなく、ただひたすらに相手の手を読み、出来た隙に攻撃を叩き込む。


 ミスリルでできた鎧よりも硬い俺を剣聖は突破する手段を持たず、俺は剣聖の読みを上回れない。


 1種の膠着状態になっていた俺達の戦いは、数十分にも及んだ。


 「埒が明かんのぉ。このままでは日が暮れるぞ」

 「体力勝負なら負ける気はしないな。何日耐えられるかやってみるか?」

 「それは勘弁願いたい。儂も歳には勝てんのでな」


 剣聖はそう言うと、俺の拳を弾き飛ばして距離をとる。


 今までなら弾いた隙に攻撃を仕掛けてきていたが、どうやら今回は違うようだ。


 俺は接近しようか迷ったが、ここで近づくと痛い目を見ると勘が告げていたので様子を見ることにした。


 「悪いが、“四本”で行かせてもらうぞ」

 「あ?」


 剣聖が何かを呟くと、その背中から魔力によって形作られた四本の腕と剣が生えてくる。


 「見るのは2度目だが........やっぱイカれてんな」


 純粋な魔力操作のみで、こんなこと出来るやつはそうそういない。俺だって無理だ。


 「全力で行くぞ」


 剣聖がそう言うと、5本の剣が俺に迫ってくるのだった。

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