神正世界戦争:黒滅vs剣聖①

 剣聖の前に降り立った“黒滅”は、左腕を失ったエドストルに治癒魔術を施す。


 幾らエルフの秘術と呼ばれる治癒魔術であっても、腕をくっつけるには至らなかった。


 「とりあえず止血はできたが........これくっつくのか?」

 「多分くっつかないですね。少なくとも、伝説に歌われる秘薬“エリクサー”とかではないと無理かと思います」

 「マジか。戦後に探すものが見つかったな」

 「お手をかけて申し訳ないです」


 視線はエドストルに向いており、どこもかしこも隙だらけ。


 しかし、剣聖は手を出せずにいた。


 器用に隠された殺気渦巻く仮面の奥。その深淵を自らの手で呼び起こしてしまえば、間違いなくタダでは済まないと剣聖の勘が告げている。


 襲ってこないのであれば好都合とばかりに、剣聖は黒滅から目を離すとバッドスに近寄った。


 「バッドス。今すぐここを離れて逃げよ。お主を守りながら戦うのは無理じゃ」

 「け、剣聖様がそう仰るほど、あの者は強いのですか?」


 バッドスも剣聖に連れられて幾多の強者を見てきた。


 視線の先にいる仮面を被った者が自分よりも遥か高みにいることは察していたが、剣聖がこれほどにまで焦った表情をするのは珍しい。


 1度、バッドスの子供が勝手に森へと入り、魔物に襲われた時以来だ。


 「強い。儂が出会ってきた中で恐らく1番じゃ。アレは全力でやっても勝てるかわからん」

 「........」


 剣聖がそこまで言う相手。どれほどの実力が見てみたい気もするが、バッドスは魔王との戦いで戦闘の余波がどれほどの物か知っている。


 間違いなく生き残ることは出来ないと分かっているので、彼は大人しく剣聖の言うことを聞くことにした。


 「私は先にあの場所へ行ってます。必ず生きて帰ってきてくださいよ。あなたにはまだ教わることが沢山ある」

 「ほっほっほ。弟子を置いて先に行く程儂も間抜けでは無いのでのぉ。必ず帰ると約束しよう」


 バッドスは、もしかしたらこれが今生の別れかもしれないと思いつつ、剣聖の手を握って頭を下げた。


 お互いに何も言わない時間が流れ、少しするとバッドスは手を離して走り始める。


 剣聖はその背中をしばらく見つめ、弟子との別れを悲しんだ。


 「して、まだかのぉ?」

 「今終わったところだ。ウチの団員が世話になったな。剣聖」


 剣聖が黒滅達に視線を戻すと、既にそこには黒滅以外の者がいなかった。


 剣聖はどのような手段を使ったのか分からなかったが、少なくとも既に“幻魔剣”達はこの場を離脱したのだと判断する。


 剣聖は弟子の逃げる時間を稼ぐ為に、適当に話しを振った。もちろん、相手の逆鱗に触れないように細心の注意をはらいながら。


 「“黒滅”とお見受けするが........あっておるかのぉ?」

 「一応そう呼ばれているな。今お前が左腕を切り飛ばした奴の上司だ」

 「傭兵団“揺レ動ク者グングニル”の団長にして、世界最強の傭兵団。“神突”も運が悪かったのぉ。“炎帝”を相手にして、敵う訳が無かろうに」

 「知ってんのか?」

 「知っておるわい。あの小僧は、人類最強の名を欲しくて儂に挑んできたんだからのぉ。結果は言わずとも分かるじゃろうが」


 10年近く前に、“神突”と“剣聖”は対決している。


 結果は“神突”の惨敗。情けによって見逃された彼は、人類最強の栄光を目指すことを諦めた。


 それほどにまで“神突”と“剣聖”の間には実力の差があったのだ。


 「へぇ、それは面白いことを聞いたな。喜べ剣聖。お前ももうすぐ“神突”の元に送ってやるよ。俺の団員の左腕を切り飛ばしたツケはデカいぞ?」


 渦巻く殺気。


 仮面の奥底に仕舞われていた膨大な殺気が解放され、剣聖の濡れた髪を僅かに揺らす。


 後ろで行く末を見てきた兵士達は震え上がり、“死”の恐怖に煽られ我先にと逃げ出す。


 雨の中震える動物や虫たちも殺気を感じ逃げ出し、近くに生えていた草木は“死”を錯覚し生命の活動を停止する。


 剣聖はそんな中、平然とした表情で“黒滅”を煽った。


 「ほっほっほ。無抵抗な人間を殺し回っておるくせに、味方の腕が切り飛ばされれば怒り心頭か?随分と身勝手なやつじゃな」

 「それが人間ってもんだろ?命に順番をつけ、圏外の奴には無慈悲になれる。人なんてそんなもんさ。そう言うアンタだって──────────」


 言葉の途中で黒滅の姿が掻き消える。


 「いかん。バッドスが狙われた」


 剣聖は即座に反応すると、最短距離でバッドスと黒滅の間に割り込んだ。


 とてつもない魔力量で覆われた黒滅の左拳は、必死に逃げるバッドスの胸を捉えようとするも剣聖の剣によって阻まれた。


 ドォォォォォォォン!!


 黒滅と剣聖の衝突。


 剣聖が受止めた拳の余波が辺り一帯を吹き飛ばし、バッドスもその余波に巻き込まれる。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 吹き飛ばされながらも、なんとか受身を取ったバッドスが見たのは、殺気と殺気がぶつかり合う最強同士だった。


 「アハハ!!ウチの団員の左腕を切り飛ばした癖に、自分の弟子が狙われたら怒り心頭か?随分と身勝手なジジィだな」

 「ほっほっほ。それが人間というもんじゃろ?」


 先程の会話とは逆のやり取り。


 バッドスにはよく分からない話だったが、2人の殺気が徐々に膨れ上がっている事だけはよく分かる。


 黒滅は拳を収めると、自分のこめかみを抑えながら盛大に笑った。


 「アッハッハッハッハッ!!お前も同じじゃねぇか!!」


 たいする剣聖も剣を収めて盛大に笑う。


 「ほぉっほっほっほ!!かもしれんのぉ!!」


 膨れ上がった殺気は徐々に空間を歪め、二人の間には歪みと歪みで生じた世界が作り出される。


 「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 「ほぉっほっほっほっほっほっほっほっほ!!」


 やがて歪んだ世界は誰しもが見える世界へと変幻し、バッドスのいる世界と彼らのいる世界が別物へと変わっていく。其れがなんなのか。バッドスには分からなかったが、少なくともその世界に足を踏み入れたら最後。待つのは“死”ただ一つだ。



 「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 「ほぉっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!!」


 膨れ上がった世界は、空気を入れ続けられた風船の如く。


 徐々に膨れ上がった殺気の風船は、限界まで達する。


 近くで逃げ遅れた動物や虫は“死”を錯覚し、草木は徐々に枯れていく。


 殺気だけで起こりえないはずの現象。しかし、この目で見ていたバッドスも迫り来る“死”を感じていた。


 逃げなければ。さもないと、この殺気に殺される。


 バッドスは慌てて立ち上がり、泥まみれになりながら彼らと距離を取った。


 遠く。もっと遠くへ。


 「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 「ほぉっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」


 まだ笑い声が聞こえる。風船は既に空気がいっぱいだ。さらにそこに空気を入れればどうなるか?子供でも答えは分かりきっている。


 膨れ上がった殺気の風船は弾け飛び、敵味方関係なく殺気があちこちへと降り注ぐ。





 「「死(逝)ね」」





 最強同士の殺し合いが今始まった。







日本勝ちましたね!!おめでとう!!日本!!

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