神正世界戦争:龍二組vs剣聖
その日は雲ひとつ無い快晴だった。爽やかな風が草原を吹き抜けると共に、連日行われた戦争の被害者たちが流した臓物の匂いが鼻を突き抜ける。
毎日と嗅ぎ続けたその臭いの中に今日は異物が混じっている事に、今は誰も気づかない。
「リュウジ!!そいつを逃がすなよ!!」
「分かってる!!」
新緑が生い茂る草原が赤く染まり、喧騒によって風が揺らす草木の鳴き声が消える中、龍二は目の前の敵兵を魔法によって斬り殺した。
飛び散る血と臓物。一昔前ならば、その光景に足を止めてしまったであろう。
しかし、幾回と繰り返し脳裏に刻んだ光景を今更見たところで歩む道は変わらない。
「次!!」
「おい、待てバカ弟子!!前に出すぎだ!!」
「でも獲物が逃げますよ?!」
「この前欲張って集中放火を受けただろうが!!お前の頭は飾りかぁ?!」
昼前の戦争。
血と臓物に染められた赤色が落ちることは無い。
「順調だな。この調子でいけば、半年もせずに戦争が終わるぞ」
「そりゃいい事だ。こんな血生臭い所にずっと居たら鼻がイカレちまう」
「それには同意だな。最近は鉄の匂いがこびり付いて敵わん。早いところ戦争を終えて帰りたいものだ」
「あぁ、そう──────────」
龍二が何かを言いかけたが、その言葉の先が続くことはなかった。
突如として現れた人類最強の剣士。“剣聖”の登場によって、その場は完全に支配されたからだ。
つい先程まで無かった肌を突き刺すような殺気を受け、龍二達は反射的にその場から離れる選択を取る。
ここで戦っても勝ち目はない。
そう感じた龍二達は、本能と理性、両方の判断で逃げ出したのだ。
「なんだアレ。やべぇってもんじゃねぇぞ。俺が
「だろうな。アレはおそらく剣聖だ。私達がどうこうできる相手じゃない。逃げるぞ。シンナス、ニーナも連れてきてるな?」
「当たり前でしょう。このバカ弟子と言えど、実力の差はさすがに分かってますよ」
「ガルルル」
撤退を選択した龍二達だったが、その動きを剣聖が見逃すはずもない。
いち早く剣聖の驚異に気づけたからこそ、龍二達は目をつけられてしまった。
「ほう。儂を見ずとも気配で悟るか。多少は戦力を減らした方が良さそうじゃし、あヤツらは狩るかのぉ」
1人でに剣聖が呟いたその刹那、独自に生み出した歩行術と長年積み上げられた身体強化によって龍二の首を切り落とさんと剣を振るう。
龍二達が剣聖の存在を視認した時には、既に剣は龍二の首を捉えていた。
「速っ........」
「先ずは1人──────────む?」
切り裂いたはずの剣に手応えがない。
しかし、そこには相手の姿も気配もある。
剣聖は首をかしげ、再び剣を振るうが結果は同じ。手応えはなく、剣の先から滴り落ちる血も無かった。
「なるほど。幻術か。おそらく光魔法じゃな?随分と小賢しいが、儂が襲いかかる事を想定して備えていたのは見事」
「やべっ、バレた」
「そこか」
3度目の剣。
しかし、今度は幻影を引き裂くだけではなかった。
「──────────っつ!!」
「手応えアリじゃな」
僅かに揺れる何も無い空間から、血が滴り落ちる。
歪んだ空間から現れたのは、左太ももを浅く斬られた龍二だった。
「へっ、人類最強と聞く奴がどんな化け物かと思ったが、随分と小綺麗な爺さんだな」
「この状況で減らず口も叩けるとは流石じゃ。とはいえ、儂も忙しいのでのぉ。さっさと終わらせるとしよう」
剣を頭上に構える剣聖は、せめて苦しむことのないようにと一撃です龍二を仕留めんとする。
が、龍二は死ぬ気などサラサラない。
「はっ、足が止まっていりゃぁ、こっちもやれることはあるんだよ!!アイリス!!」
「
「ぬっ........」
僅かに剣聖の動きが止まる。
時間にして僅か0.2秒も無かったが、その隙は手練にとって大きな隙となった。
「シンナス!!」
「全員堪えてくださいよ!!
半径50メートル程の球形が作り出され、シンナスは止まった剣聖の腹に思いっきり拳を叩きつけた。
ゴス、と鈍い音が響くと共に、剣聖は後ろへと吹き飛ばされる。
「ごふっ」
「んぐっ」
「いでっ」
剣聖だけではない。領域内に入っていた龍二、アイリス、ニーナも吹き飛ばされ、剣聖との距離を開けることに成功した。
傷ついた足を庇いながらも何とか受身を取った龍二は、持っていたポーションを足に振り掛けるとすぐ様走り出す。
「クソっ、強すぎだろ。俺の奇襲時に発動する魔法をたった三振りでぶっ壊しやがって。とっておきだったんだぞ」
「まぁ、そのお陰で命があるんだ。喜べよ」
「久々に“死”を見たぜ........」
龍二はそう言いつつ、ちらりと後ろを振り返る。
吹き飛ばされた剣聖があの程度で死ぬとは思っていない。だが、多少はダメージを受けたはずだ。
そう思って後ろを振り返ったのだが────
「どこを見ておる?」
「?!」
耳元で囁かれる声。
背中が冷たくなっていく感覚。
(いつの間に!!それよりも、この距離は不味い!!)
死神の鎌が首筋に当てられた感覚。
それ即ち ────“死”。
アイリスもシンナスもニーナも、そして、龍二も剣聖を侮りすぎていた。
人類最強。人の枠組みで当てはめていいような存在では無い。
「楽に殺してやるからの。痛みは無いはずじゃ」
迫り来る白銀。快晴の太陽に照らされて煌めく一筋の光。龍二は死を覚悟し、最後の大博打に出ようとしたその時だった。
剣聖は何かを察知すると素早くその場を離れ、攻撃したきた主に剣を向ける。
「困るよ。殺されるのは。てゆーかいい年したジジィなんだからさっさとくたばれよ」
「口が悪いぞ小娘。老人は労るもんじゃ」
金髪をたなびかせ、剣聖を見下ろすのは“精霊王”ミューレ。
命拾いしたと気づいた龍二は、アイリス達を連れてすぐ様その場を離れる。
「あぶねぇ。マジで死んだわ」
「........」
「アイリス?」
普段ならば何か返してくれるはずのアイリスが無言な事に疑問を抱き、アイリスの顔を見る。
その瞳からは涙か溢れだしており、龍二はしばらく何も言えなかった。
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「ふむ。我の出番はなかったな」
「ギリッギリまで介入するなと言われてましたからねぇ。まぁ、これなら大丈夫でしょう。一応、もう暫くは監視しておきますか」
快晴の空の元、天高く舞う厄災達は主人の命令により親友の監視をしていた。
命が無くなるギリギリまで手を出すなと言われていたので手を出さなかったが、もう少し“精霊王”が来るのが遅ければ介入していたであろう。
「我らが介入すると団長殿の立場が悪くなるからな。よかったよかった」
「........随分と今日は大人しいですね」
「大人しくもなるわい。あの罰は二度と受けたくないからな」
「?」
厄災の1人は首を傾げたが、それ以上語る気がないと悟ると再び戦場に視線を戻す。
「それにしても、人というのは過ちを繰り返すんですね」
「それが人だ。短命だからこそ、実際に経験したことがない。歴史が証明しようと、己の経験がなければ分からぬものよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんなのだ。お、そろそろ今日の楽しみが始まるぞ」
厄災達はそう言うと“剣聖”と“精霊王”の勝負に注目するのだった。
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