黒滅 、黒鎖
便利な駒を手に入れてから4日後。神聖皇国と正教会国の戦争は順調に進んでいた。
奇襲を受けたその日俺達がいた天幕が消えて騒ぎにはなったものの、適当な誤魔化しで何とか場を収め、マリーゼには死なないように神聖皇国に尽くすように命令をした。
彼を使う日が来るかどうかは知らないが、持っていて損は無いからな。
彼が持っていた情報を全て吐かせたりもしたが、めぼしい情報は無し。
俺としてはロムスが守る書庫の奥に何が眠っているのか知りたかったが、知らないのであれば仕方が無い。
とはいえ、彼も書庫の奥になにかが眠っていることは分っていたらしく、独自に調べてはいたそうだ。
結局分からずじまいだったが。
そんなこんなありつつ、順調に戦争が進む5日目。遂に恐れていた事態が起こった。
「剣聖が動き始めたか。先に弟子の家族は避難させるみたいだな」
「そうみたいだね。動き始めるにしては遅すぎるけど」
既に正教会国側と正連邦国側の戦線もかなり押されている。
今から剣聖1人で逆転するのは無理だ。
剣聖が1000人ぐらいに分身すれば勝てるかもしれないが、流石にそこまで人間を辞めてはいない。
「今になって動き出す理由はなんだ?この動きを見る限り、剣聖は正教会国の勝敗には興味が無いように思えるが........」
「それどころか負けてほしいって感じだよね。勝ちたいなら最初から動くだろうし」
「目的が分からんな。逃げるだけならもっと早くに動くだろうし、今から戦争に参加する理由が見つからない」
剣聖は正教会国の最高戦力だ。
今の今まで正教会国が切り札を温存しる訳では無い。既に何度も要請は出していたし、正教会国の上層部は言うことを聞かない剣聖にキレていた。
急に言うことを聞くようになったのには何か理由があるのは明白であり、その理由が分からないことが気味悪い。
「何が別の狙いがあるってことだよな?」
「多分ね。今から奇襲しに行く?」
「いや、やめておこう。好き好んで虎の尾を踏みに行く程、俺も暇じゃないしな」
「龍二達が死んでも?」
「死なんさ。少なくとも、あの4人が無様に切り裂かれる姿は想像できないね」
動き始めた剣聖が狙うは正連邦国側の軍勢。つまり、龍二達がいるところだ。
一応、最悪の場合に備えて色々と手は打ってあるが、頑張って愛のパワーで何とかしてくれ。
「あそこにいた
「“精霊王”ミューレだね。勝てるかな?」
「さぁ?どうだろうな。少なくとも、俺達よりは弱いってこと以外は不確定要素だ」
俺は天幕の天井を見上げつつ、大きく欠伸をする。
剣聖vs精霊王。
人類最高峰の勝負が行われる日は近い。
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正連邦国側から正教会国に攻め込む神聖皇国軍とドワーフ連合国軍は、順調にその歩みを進めていた。
どこぞの規格外がいる戦場ほどでは無いが、こちらもかなりのスピードで進軍している。
「精霊王ってやべーんだな」
「大エルフ国を代表する
そんな戦場に身を置く龍二達は、夜営にて体の疲れを癒していた。
パチパチと鳴り響く焚き火の音が掻き消えるほど騒がしい夜営。今日を生き残った兵士や冒険者にだけ許された明日を迎える権利を噛み締め、彼らは明日に響かぬ程度に酒を嗜む。
圧倒的有利に進んだ戦争のおかげで、奇襲を心配することなく彼らは今日を謳歌した。
「全く。花音も面倒な提案をしたもんだ。お陰でこんな生臭い場所に来る羽目になったんだからな」
「そう言うな。どちらにしろ、この戦争はいつか起こるものだったんだからな。教皇様が死ぬ前には起こっていただろう」
「どちらにしろ割と直ぐに起こる戦争だったって訳か。あの爺さん、いつ死んでもおかしくない年齢してるからな」
「リュウジ、私達の上に立つお方を“あの爺さん”呼ばわりは感心しないぞ」
「公式の場ではちゃんと“教皇様”って言うさ。俺はそこら辺の常識もちゃんとある。どっかの誰かさん達と違ってな」
「バカ弟子とカノンの事か」
2人で焚き火を囲んでいた間に、シンナスが割り込んでくる。
アイリスは焼けた串焼きを食べながら、つい先日聞いた話をし始めた。
「そう言えば、あの二人には二つ名が付いたみたいだな。確か“黒滅”と“
「あぁ、私も聞きましたよ。どうやらかなり派手に暴れているみたいで、バカ弟子とカノンだけでなく、他の団員にも二つ名が付き始めているとか」
「有名と言うか、知られているのは“炎帝”と“幻魔剣”だな。最初はジンとカノンの二つ名かと思ったが、どうやら違ったらしい。なんでも、戦闘をメインにはしていない団員だとか」
2人の話を聞きつつ、龍二は“でしょうね”と心の中でつぶやく。
2人冗談だと思って信じていないが、彼の傭兵団には厄災級魔物が何体も属している。
1国を容易に滅ぼせる存在が居るのだ。その魔境の中で戦闘をメインにできる人間が何人存在するのやら。
龍二はそれよりも、自分にはまだ付いていない二つ名を既に親友が持っている事を羨ましがった。
「“黒滅”と“黒鎖”ねぇ。似た者夫婦は二つ名も似るのか。相変わらずだな」
龍二はそう言うと、星々が輝く空を見上げる。
彼らも同じ空を見ているのだろうか。女々しくも、そう考えてしまう自分を小さく笑った。
「後は“氷河”だな。なんでも大河を一瞬で凍らせたらしい」
「氷........と言うと、二人の子か?私も団長もかなり嫌われてますけど........」
「それを言うな。アレは私達が悪いんだからな。龍二には少し懐いていたが........なぜだ?」
「それは2人が“仁と花音の子じゃない!!”って言ってたからだろ?俺はそんなこと言わずに“よろしく”としか言ってないからな」
「だが、事実あの二人の子には見えんぞ。ニーナと同じく拾ってきたと思ってる」
「思ってても口には出すなよ........そんなんだから男ができないんだぞ」
「お?ちょっと強くなったからって随分と生意気になったな?団長、コイツシバいてもいいですか?」
「ダメに決まってるだろ。私の男だぞ」
「チッ」
シンナスは隠すことなく舌打ちをすると、席を立つ。
不機嫌になった訳では無いというのを長年の付き合いでわかっているアイリスは、少し笑いながらシンナスに話しかけた。
「どこに行くんだ?」
「ニーナを探しに。あのバカ、美味しそうな匂いがするとか言って狩りに行きましたからね。全く、こういう所はあっちのバカの方がマシだったな」
頭をポリポリと掻きながら、シンナスは人混みの中に消えて行く。
その姿を見送った龍二とアイリスは、なんやかんや言って人の親をしているシンナスを笑うのだった。
「あいつは先ず子離れしないとな。ニーナがいたらいつまでも男ができんぞ」
「全くだ。ニーナも悪い女だぜ」
夜は深け、静かさを段々と取り戻す。
剣聖が彼らの目の前に現れたのは、それから2日後の事だ。
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