神正世界戦争:精霊王vs剣聖

 大エルフ国の冒険者、上位精霊と契約し人ならざる力を手に入れたミューレは、その頬から冷たい汗が流れ落ちていた。


 殺されそうになっていた兵士を助け、剣聖に何度も見えない攻撃をしたものの、全てを軽くあしらわれてしまえば嫌な汗の1つもかくだろう。


 まだ切り札を使っていないとはいえ、実力の差は明白だった。


 「化け物が。ジジィなんだから大人しく死んで欲しいなー」

 「ほっほっほ。だから老人は労るもんじゃろうて。若人が老人を殺すとは、エルフはさぞ素晴らしい教育をしておるんじゃろうな」

 「少なくとも、ジジィになってもハッスルできるようには教育されてないね。だからはよ死ね」

 「文脈がおかしいぞ?」


 何度目になるか分からない攻撃。


 見えぬ斬撃が剣聖に降り注ぐが、剣聖はその全てを斬り伏せる。


 ほんの僅かに手がぶれたと思ったその瞬間、放たれた斬撃は全て無に返った。


 「風の精霊魔法。この威力から考えれば、上位精霊じゃな。懐かしいわい」

 「まだまだ行くよ」


 魔力にはまだまだ余力がある。


 ミューレは風で無数の斬撃を繰り出すと同時に、剣聖の周りに竜巻を出現させた。


 竜巻1つで一個師団を蹴散らせる程の威力を持った竜巻と、竜巻を操作することによって吹き荒れる魔力に隠された斬撃。


 普通の人間相手ならば、粉々に砕け散ってしまって当然の火力だが、剣聖にとってこの竜巻と斬撃はそよ風にもならない。


 「風遊びはお主の特権では無いぞ」


 剣聖はゆらりと剣を構えると、自身の技を繰り出した。


 「獄連天絶」


 剣聖を覆うほどの斬撃。その圧倒的な斬撃は、風の刃を切り裂き剣聖を覆う竜巻をも切り裂く。


 剣圧ガ渦巻く風を捻じ曲げ、竜巻の風を乱す。


 魔力によって操作された風をも強引に切り裂き、剣聖は平然とその場に残った。


 「マジか。これも凌げるとかジジィ本当に人間かよ」

 「ちゃんと人間じゃよ。ちと強いがな」


 剣聖はそう告げると攻勢に出る。


 一度抜いた剣を鞘にしまうと、腰を落としてミューレを見据えた。


 凍る背筋。これを喰らえば自分は死ぬ。


 そう感じたミューレは即座に自身の切り札。精霊魔法の極意を発動させる。


 「同調:風リンク:ウィンド

 「天地断絶」


 抜き身も見せぬ抜刀。


 到底人の動体視力では追えない速さで抜かれた剣は、ミューレの身体を的確に捉えた。


 真っ二つにミューレは割られ、そこから噴水の如く血が吹き出る........はずだった。


 「ぬ、向こうの方が少し早かったか」

 「あっぶねー。少しでも遅れてたら斬られてたね。でも残念。こうなったら私を殺す術はないよ」


 真っ二つに割られたはずのミューレの体は、何事も無かったかのようにくっつくとにやりと笑って価値を確信する。


 その様子を剣聖は呑気に見つめていた。


 「精霊魔法の極意。上位精霊以降からしか使えず、火、水、風、土の四つの属性以外からは使えぬ精霊魔法か。確か、その属性そのものに身体を作り替えるのだったな」

 「よく知ってんじゃん。使うと感覚バグるからあまり使いたくはないけと、これを発動させた私を殺す手段なんてないよ。だから、大人しく死ね」


 ミューレが指をクンと上に上げると、風は剣聖を吹き飛ばした。


 「空気爆裂エア・バースト


 空中で身動きが取れない剣聖に向かって、ミューレは風の精霊魔法の中で最も破壊力に優れた物を剣聖に叩きつける。


 空気は爆弾となり、打ち付けられた者は空気の爆発に身体を破壊される魔法だ。


 「落ちろ」


 更に、爆発に飲まれた剣聖を地面に叩きつける。


 幾ら強かろうと、空中に放り出された状態では身動きが取れない。


 剣聖はなされるがまま魔法を受けた。


 しかし、ただ受けたのではない。


 その愛剣でしっかりと己を守りつつである。


 全ての攻撃を受けられたことを察したミューレは小さく舌打ちをすると、周りの兵士たちが避難したことを確認して大魔法を放つ準備に取り掛かる。


 今までは足止め。ここからは本気で殺すのだ。


 「チッ、当たってんのに当たってねぇ。これが世界最強か」

 「ほっほっほ。以前魔王と戦った時よりは楽しのぉ。力押しでは無い工夫が感じられるのでな」

 「会話になってない。耳が遠くなったかい?クソジジィ」


 ミューレは人差し指を天に掲げ、詠唱を開始する。


 「万物の根源。生きるべきその全てに欠けることの出来ない空気は、今ここで無となり消え失せる。我らが魔力によって実現せ──────────」


 剣聖の周りに渦巻く魔力。何が起こるのかを察知した剣聖は、この魔法は受けれないと判断し戦いを終わらせる為に剣を本気で奮った。


 遊びでは無い本気の一閃。この世の理すらも切り裂く神域の一振は、本来死なないはずの風と化したミューレの実態を捉える。


 「さすがにそれは困るのぉ。儂とてまだ死ねぬのでな」

 「ばか........な........」


 首を叩き切られたミューレはそれだけを残すと地へと落ちた。


 「さて、ここでの仕事は終わりかのぉ。次じゃ次」


 剣聖は地へと落ちるミューレを見届けること無く、離れていたところで見ていた弟子のバッドスを連れて戦場を後にした。


 「それにしても、あの小僧は見所があったのぉ。仕事がなければ剣を教えるのもよかろうて」


 ミューレが介入してくる前、最後に何かをしようとしていた少年の顔を思い浮かべた剣聖は、少し残念そうに呟くのだった。


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 「ふむ。追撃は無しか。我らの出番は無いな」

 「そうですね。それにしても凄いですね。あの人間。上位精霊を相手に無傷ですよ」


 空から戦場を眺めていた厄災達は、剣聖の人間離れした剣に驚きつつ、自分達の主の親友が生き残ったことに安堵する。


 もし、死ぬようなことがあれば、間違いなく彼はキレるだろう。


 「確かに上位精霊、それも風の上位精霊を相手にあそこまで圧倒できるのは人のなせる技ではないな」

 「勝てますか?」

 「ふはは。分かってて聞いているだろ。我らが負けるわけないだろう?あやつは人間。そもそも種族が違いすぎるわ」

 「技量で勝っていても、それ以上の質量で叩きふせればいいですからね。それなら誰とならいい勝負をしますかね?団長さんは辺りですか?」

 「アレと対等にやり会えたらそ奴は人間じゃないな。精々吸血鬼夫婦といい勝負をする程度か?ドッペルゲンガーは対人においてはとんでもなく強いから、参考にならんし」


 想像よりも高評価に厄災は驚きつつ、質問を続けた。


 「へぇ、それじゃぁ、同じ上位精霊を従えるシルフォードさんとはどうですか?」

 「アレは上位精霊の枠組みでは既にない。シルフォードとサラ次第ではあるが、いい勝負はすると思うぞ」

 「それはすごい。ですが団長さんや副団長さんには........」

 「敵わんだろうな。我ですらあの二人には勝てるかどうか怪しい。特に団長殿はこの世界への被害を考えなければ瞬殺されるだろう」

 「相変わらず化け物じみてますねぇ」

 「全くだ。異能の使い方次第で、あそこまで強さが変わるのだからな」


 厄災達はそう話しながら、自分達の拠点に戻るのだった。

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