神正世界戦争:開戦の狼煙

 開戦の狼煙が上がったというのに、その戦場は静かだった。


 ここで功績を挙げ、上の階級に成り上がろうと意気込む騎士も、恐怖に飲まれながらも自らを鼓舞して進む強き騎士も、突如として城壁を壊され混乱する兵士も、誰もが何も言わず動くこと無く静止する。


 まるで、時間を止められたかのようだ。


 万里の長城とも言える大きな壁は取り払われ、天然の要塞である大河は凍てつく。たった数秒で防衛機能のほとんどを無力化されたとなれば、何が起きたのか分からず止まってしまうのも無理は無い。


 が、味方は止まったらダメだろ。


 攻撃を仕掛けるチャンスだと言うのに、誰一人として動く気配がない。


 そんな中、俺達だけは呑気に凍った大河を歩く。


 ちょっと強者っぽく見えるくね?という理由だけで、大河を渡るのは歩いていこうと言うアホな提案をしたのだが、まさか誰一人としてその後ろを着いて来ないとは予想外だ。


 イメージでは、イスの“レッツラゴーなの”に合わせて兵士が突撃していくと思ったんだけどなぁ。


 俺は、やりすぎたことに反省しつつ、誰も動かないこの静寂を利用させてもらうとこにした。


 「やっちまえシルフォード。俺達が世界最強だと言うことを見せつけてやれ」

 「了解。本気でやりすぎると味方まで巻き込むかもしれないから、見栄え重視でやるけどいい?」

 「いいよいいよ。カッコよく決めちゃって」


 このメンツの中では1番の火力を誇るシルフォード。


 見栄え重視とはいえ、その一撃は戦況をひっくり返すだけの力がある。


 俺が許可を出すと、シルフォードは早速魔力を練り上げ、“炎帝”の名に恥じぬ精霊魔法を顕現させた。


 パッと見るだけで、数百近くある火の玉は、そのどれもがありえないほど多くの魔力が込められている。


 これ一つ打つだけで、一般的な魔導師の魔力を遥かに上回っていた。


 流石は上位精霊の契約者。常日頃から鍛錬を欠かさないからこそ、発動できる魔法である。


 「なんか技名とかないの?」

 「無い。名前ってイメージの固定に必要だから付けてるだけで、ただの火の玉を出すだけの魔法にイメージの固定は必要ないから」

 「あぁ、そっか」


 俺はブラフとして技名を付けているのだが、そういえば魔法は行使する際に必要なイメージと魔力の動きの補助として技名を付けてるんだったな。


 シルフォードが“何言ってんだお前”って顔をしているが、俺は異能者だから魔法の行使に必要なイメージの補助とやらがあまりピンと来ない。黒騎士を作った時のような感じなのだろうか。


 確かにあれもイメージで作ってるが、別に技名がイメージの補助にはなってないんだよな。


 そこら辺も異能と魔法の違いなのだろう。


 俺はそんなことを考えながら、シルフォードに命令を出す。


 「殺れ」

 「了解」


 シルフォードは俺の命令を聞くと、作り出した火の玉を雨のように正教会国陣営に降り注がせる。


 一つ一つが大地を抉り、森をも燃やし、人を一瞬で灰に変える威力を持った火の玉が数百個も落ちてくるのだ。


 どうみたってタダでは済まない。


 壁を破壊され、大河が凍りつき、防衛におけるアドバンテージをほぼ失って呆然とする正教会国軍は、降り注ぐ火の雨を見てようやく何が起きたのかを理解した。


 戦争が始まったのだと。


 あまりにも遅すぎるが、俺達からすればありがたいことこの上ない。


 だって、ほぼ無抵抗で殺されてくれるかな。


 多少反撃があった方が戦いがいがあるかもしれないが、これは戦争。


 勝てばよかろうなのだ。


 無抵抗なほうか殺しやすいので、そのまま大人しくしていてくれ。


 しかし、火の雨に燃やされ慌てふためく正教会国軍を見ても尚、神聖皇国軍は動く気配がない。


 俺達の素晴らしさに見とれるのは仕方が無いが、限度があるだろうに。


 おいおい、大丈夫か?仮にも精鋭と言われる聖堂騎士団の面々がこの有様。


 後で教皇に報告しておかないとな。


 「どうする?味方が俺たちに見惚れて動かないんだけど」

 「仕方が無いんじゃない?私達基準で言えば、厄災級魔物達の戦いを初めて見た時の感じなんだから」

 「あー、確かにあの時は動けなかったな。ウロボロスとリンドブルムが喧嘩した時か。あれに比べれば、かなりマシだとは思うんだが........神聖皇国軍からすれば同じようなもんだろうな」


 あれは確かに動けなかった。


 まだあの島で力を蓄えていた頃、ウロボロスとリンドブルムが1度だけマジで喧嘩をしたことがある。


 喧嘩の理由は知らないが、その喧嘩で見た光景は凄まじかった。


 降り注ぐ流星と、それを躱すどころか無力化する“無限”。


 世界でも屈指の最強格同士による喧嘩というのは、もはや次元が違いすぎた。


 最終的には、ファフニールに2人とも怒られて終わったのだが、その間俺と花音は一言も話すことなく1歩も動く事無くただただ世界の終わりとも言える光景を見つめていた。


 懐かしいな。今、同じ光景を見てもおそらく2人を止めるだろう。あの頃は、まだ弱かった。


 「そうそう。仁が喝を入れてあげれば?そうしたら動くかもしれないよ?」

 「いいのか?それ。総司令官とか指揮官の役目だろそれ」

 「その指揮官達が動かないからこうなってるんでしょ。仁が“突撃ィ!!”とか言えばたぶん動くと思うよ?」


 花音がそういうのだから、俺が喝を入れれば動くのだろう。


 確かに、このまま俺達だけが進んでも取り逃しが多く出てしまう。ならば、やらない手は無かった。


 俺はマジックポーチからドッペルお手製の拡声器(魔道具)を取り出すと、団員達に耳を塞ぐように指示を出す。


 全員が耳を塞いだのを確認した後、俺は腹から全力で声を出した。


 「突撃ィィィィィィィィィィィィィ!!」


 キーンと鳴り響く音と共に、俺の声が戦場に響き渡る。


 そして、数瞬の間が空いた後、神聖皇国軍は雄叫びを上げながら動き始めた。


 揺れる大地、鳴り響く足音、吼える騎士。


 これだよこれ。コレをイスが大河を凍らせて“レッツラゴーなの”のセリフの後にやってくれたら完璧だったのに。


 「仁、うるさすぎ」

 「パパ、うるさいの。耳がイカれちゃう」


 ようやく動き出した神聖皇国軍に心の中で愚痴を垂れていると、耳を塞いだ花音とイスが俺に涙目で訴えてくる。


 えぇ、ちゃんと耳を塞ぐように言ったやん。


 「耳塞いだ?」

 「塞いだ。でも、貫通してきた」

 「ドラゴンの咆哮よりも煩かったの。鼓膜が破れるかと思ったの」


 そんな馬鹿なと思い、三姉妹や獣人組に視線を移すが、全員顔が歪んでいる。


 そんなに煩かったのか........


 「煩かったか?」

 「煩いなんてもんじゃない。私はなんで団長さんが平気なのか不思議」

 「そうです。団長様だけなんでケロッとしてるんですか。団長様ならば、私達の苦しみを味わうべきです」

 「とんでもない暴論来たんだけど」


 とてつもなく不愉快そうな顔をするシルフォードと、暴論を超えた暴論を言うラナー。


 他の団員からも苦情を言われ、俺はメンタルに軽いダメージを受けるのだった。


 今度この拡声器を使う時が来たら、気をつけよう。気をつけたとして、どうすればいいかは分からないが。

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