神正世界戦争:世界最強の片鱗
復讐を終えた翌日。神聖皇国軍は大河に沿って展開していた。
その数はおよそ100万弱もあり、屈強な騎士達でなければなにかの祭りと勘違いしてしまいそうだ。
俺は大河の先に構える砦を呑気に見つつ、仮面の下で大きな欠伸をする。
「まさか、ここまであっさりと要望が通るとは思ってなかったぞ」
「一番偉い人、仁の話を欠片も疑ってなかったからねぇ。これで嘘を言ってたらとか考えなかったのかな?」
「さぁな。もしかしたら、教皇の爺さんが渡した手紙に色々と書いてあったのかもしれん」
俺が提案を持ってきてから、神聖皇国の動きはとんでもなく早かった。
総大将らしき人は俺達の話を聞くと一切疑いを持つことなく軍を動かし、急な話だったのにも関わらず、騎士達もそれに対応。
翌朝には全ての軍が配置に付き、開戦の狼煙が上がる時を今か今かと待ち望んでいる。
少しは説得が必要かと頭を悩ませていた俺が馬鹿みたいだった。
「無名の傭兵がこんな提案持ってきたら間違いなく頭の中を疑われただろうな。“影の英雄”に感謝だ」
「いや、例え“影の英雄”って名前があったとしても、私は頭の中を疑うけどね。だって信用できないもん」
「やっぱり?俺も同じだ。って事は教皇のお言葉による影響が大きいな。俺達からしたら、自由にやらせて貰えて助かるが」
「ほんと、教皇のお爺ちゃんのお陰で楽になってること多いよねぇ。裏で色々と調整してくれたり、便宜を測ってくれたり。やっぱり権力って偉大だよ」
改めて権力という力の強さを知った俺だが、1番強いのは“暴力”である。
パワーこそ正義。権力も財力も、最終的に頼るのは暴力なのだ。
教皇がこれほどにまで俺達に便宜を測ってくれるのは、その暴力が怖いからだろうしな。
暴力こそがパワーという頭の悪いことを考えていると、凍てつく冷気を纏ったイスが俺の服の裾を引っ張りながり首を傾げる。
「ねぇ、まだなの?」
「もう少し待とうな。総大将?総司令官?さんがGOサイン出すまでは待機だ。流石にコレを勝手にやるのは怒られる」
「むぅ、暇なの」
初めての戦争で意気込むイスは、興奮が押えきれていないのかその体から冷気が漏れだしている。
氷の皇帝から漏れだした冷気は、近くの草木を凍らせていた。
俺や花音、団員達は慣れているからなんとも思わないが、傍から見れば怪奇に映るだろう。
何もしてなくとも、草木は凍りついて世界は止まるのだから。
暫くイスの頭を撫でてやりながら、興奮を鎮めていると、1人の騎士がこちらへやって来た。
身につけている防具を見るに、おそらく伝令役の騎士である。
伝令役の騎士は、冷えた空間に足を踏み入れると肩を震わせながらも綺麗な敬礼をして俺達に言葉を伝えた。
「全軍、配置に着きました!!いつでも始めてよいとの事です!!」
「了解。それじゃ、早速やろうか。あ、騎士さん見てく?ここは特等席だよ」
伝令役の騎士は、少し悩んだ後大きく頷いた。
おそらく、俺達のご機嫌を取った方がいいのでは?と考えたのだろう。
顔に思いっきり書いてあったぞ。
「んじゃ、よく見ておくといい。“影の英雄”と神聖皇国では呼ばれているが、俺達は世界最強の傭兵団だからな。それ相応の力を見せてやる」
「んじゃ、全員手筈通りにねー。イス、準備はいい?」
「問題ないの!!」
「他も大丈夫?」
「大丈夫。皆準備万端」
花音が最終確認を取り、全員が頷く。
よろしい、ならば戦争だ。
「では行くとしよう。俺達、
こうして、最後の戦争は始まった。全てに終わりを告げる狼煙が今上がる。
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伝令役の騎士であるオイストは、正直彼ら疑っていた。
彼も神聖皇国の騎士である。だから“影の英雄”の名は知っていた。
しかし、どこまで強いのかは知らない。
少なくとも、この盤上をひっくり返せるだけの力を持っているとは思わなかった。
彼らが有名になったその理由は“人助け”であり、暴食の魔王が暴れていた中で勇気ある行動が褒めたたえられていたからである。
事実、彼らのおかげで助かった人は多いし、その事にはオイストも感謝していた。
だが、戦争はどうか?
仮面を被って素顔を見せない彼らの実力は、未だ未知数。
自身を“世界最強の傭兵団”と名乗ったが、どこの傭兵団も同じような事を言う。
だからこそ、オイストは目の前に広がる光景が信じられなかった。
「な、なんだこれは........」
突如とした黒い何かに覆われた壁。正教会国が神聖皇国の歩みを止めるために築かれた万里の長城とも言える城壁は、瞬きをする間もなく黒く染まり上がった。
これは間違いなく“団長”と呼ばれていた者の仕業だ。
大河から少し離れたところに待機する幾つもの軍からも、何が起きたのか分からず困惑する声が聞こえてくる。
「あれが団長殿の
「え?あ、はい」
何も言えず、ただ黒く染った城壁を見ていたオイストに“揺レ動ク者”の1人が話しかける。
話しかけられると思っていなかったオイストは、立場を忘れて素で返事をした。
「詳しいことは言えないが、安心してくれきみに害を成すものじゃ無い」
「は、はい。そうですね。急に黒く染ったのでびっくりしました」
「最初は誰でも驚くさ。汗が酷いぞ?大丈夫か?」
オイストは指摘されて初めて気づく。
自分の顔から汗が吹き出し、頬を伝って地面を潤しているという事に。
それほどにまで、得体の知れない何かを感じ、それほどにまで、目を話せなかった。
「その目に焼き付けておけ。アレが“世界最強”だ」
話しかけてきた傭兵はそう言うと持ち場に戻り、オイストは何も言わずに黒く染った城壁を見る。
ズン、と腹に響く重い音が鳴ると同時に、オイストは信じられない光景を目にした。
「........は?」
そこにあったはずの城壁は全て消え去り、残材すらも残すこともない。
初めから城壁なんて無かったかのように、全てが消え去っていた。
「消滅した........のか?あの黒い何かが全てを消し去ったのか?」
信じられない。
確かに何かを消滅させる異能もあるだろう。だが、出力がおかしい。
強力な異能というのは、それだけ消費する魔力も大きいのだ。どう見ても、人が出せる出力を超えている。
彼の同僚に、似たような異能を待った者がいる。触れた物を破壊するという異能だが、同僚限界は精々小さな一軒家を壊す程度だ。
魔力量は一般的な騎士よりも少し上。
魔力効率が悪い訳でもない。
似た様な異能を持っている者がいるからこそ、何kmと続く城壁全てを消し去るというのが如何におかしいかが分かる。
「これが世界最強。化け──────────」
オイストが独り言を呟くその刹那、大河の流れは止まり、全ては凍てつく氷となる。
周囲の気温は一気に下がり、真冬のような寒さがオイストに襲ってきた。
「........は?」
が、そんなことはどうでもいい。
オイストの目には、全てが映っていた。
10歳児程の身長をした傭兵が大河に足を踏み入れた瞬間、全ては凍りついたのだ。
最初から凍っていたかのように、静かに流れる大河の全ては凍りついた。
どこまで氷っているのかは分からない。だが、少なくとも見える範囲全てが凍っている事は確かである。
「レッツラゴーなの」
「おおーさすがはイスだな。偉いぞ」
「団長さん。私もでかいのかましていい?」
「いいぞ。たぶん両軍とも驚いて動けてないし、その間にかましてやれ」
「了解」
気の抜ける会話。緊張感の欠けらも無い会話がオイストの耳に入ったところで、彼は正気に戻る。
全てが桁違い。世界最強の片鱗を見せた傭兵団に、オイストは何も言うことなくただ静かに敬礼をして見送るのだった。
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