マイナスがゼロになっただけ

 復讐はあっさりと終わった。


 5年も時間をかけているから“あっさり”と言えるかは少し怪しいが、少なくとも俺の中ではあっさりである。


 そりゃ復讐の相手が“灰輝級ミスリル冒険者”だったりすれば、多少手こずるだろうが、相手は銀級シルバーおろか銅級ブロンズにすらも届いているかどうか怪しいただのチンピラだ。


 攫うのも簡単だったし、殺すのも簡単。


 イージーゲームな復讐だったとは言え、達成感は半端ではない。


 復讐、最高!!


 そんなこんなで、神聖皇国の本陣に用意された天幕に帰ってきた。


 日は既に登り始め、俺と花音の新たな人生を祝福しているかのようにも思える。


 「おかえり。随分とスッキリとした顔をしてるね」

 「ただいま、シルフォード。五年ものの凝りが取れたんだ。スッキリもするさ」

 「ふうん。スンダルさんも、復讐をやった時はスッキリしたって言ってたし、復讐は気持ちのいいものなのかな?私もやってみる?」

 「その気持ちよさと引き換えに、大切なものを失うかもしれないんだぞ。辞めておけ」


 出迎えてくれたシルフォードは、機嫌の良さそうな俺と花音を見てとんでもない事を言い出した。


 おいおい。下手をすれば、妹たちを失うんだぞ。寝ぼけてんのかこのダークエルフは。


 俺が割と心配していると、シルフォードはフッと笑って首を横に振った。


 「さすがに冗談。それに、私も復讐する相手は既にいるしね」

 「........ん?あぁ、もしかして悪魔か?」

 「そう。悪魔はまだどこかに居るはず。全て見つけ出して始末する。それが私の復讐。私の村を襲った悪魔達は、団長さんが始末したけどまだ残党はいるからね」


 元々、シルフォード達三姉妹が俺達の傭兵団に入った理由は、悪魔に故郷を滅ぼされたからだ。


 実行した悪魔2体は既に凍てつく氷の世界で塵となったが、72居ると言われている悪魔の全てが滅んだ訳では無い。


 どうやらシルフォードは、“個”ではなく“種族”で怨んだようだ。


 故郷が滅んだことへの怒りのぶつけ先が、そこしか無いと言った方がいいか。


 昔と違ってシルフォードもかなり強くなっている。上位精霊のサラが加わってから、シルフォードは厄災級魔物と戦える領域にまで成長したのだ。


 復讐は自らの手によって行った方がスッキリする。シルフォードは、まだ凝りが取れていないようだ。


 俺と花音は小さく肩をすくめると、僅かに憎悪が漏れ出すシルフォードの方に手を置いた。


 「復讐が悪いとは言わん。というか、復讐するのがダメなんて言う奴は何かを失った事がないやつだからな。そんな奴の話を聞くギリもない。とは言えだ。復讐するにも、やり方というのはある。先走って死ぬなよ?手伝ってやるからさ」

 「そうだよー。私も仁も手伝ってあげるからね。大丈夫。シルフォードの意思は尊重してあげるから」

 「ありがとう........ところで、二人は何を失ったの?話を聞いてきた感じ、本当に大切な者は失ってないみたいだけど」


 そう言われると、回答に困る。


 俺たちの場合は、失う前に先手を取ったからな。復讐と言うよりは、やられたからやり返したの方が正しいのかもしれない。


 “殺されそうになったから殺しました”って感じだ。あれ?もしかして、正当防衛なのでは?(暴論)


 俺が回答に困っていると、花音が答えた。


 「繋がりだよ。私達が失ったのは。ほら、私達が今の拠点となる前に居た島の話はしたよね?」

 「うん。霧に覆われた結界が張ってある島って言ってた」

 「そうそう。結果的に仁の異能で何とかなったけど、もし仁の異能がもっと別の何かだったら今頃私達はここにいないんだよ」

 「なるほど。そうなれば私達は悪魔に殺されていたか魔王側に着いていただろうし、確かに団長さん達との繋がりは無くなってた」


 シルフォードがウンウンと頷きながら納得するが、それでええんか。


 復讐する動機としては随分と小さい気がするが、本人が納得しているならそれでいいか。


 俺もちょっと納得しちゃったし。


 そうやってのんびりとした時間を過ごしていると、天幕の中からものすごい勢いでイスが胸に飛び込んでくる。


 「パパ!!ママ!!」

 「ぐふっ........いつにもまじで元気そうだな。イス」

 「ただいまー」


 ロケット砲かと思う程の勢いで飛んできたイスの衝撃を受け流せず、俺は軽くダメージを貰ってしまったが、昔大エルフ国で“失せろ”って言われた時よりはダメージが少ないので良しとしよう。


 物理攻撃と精神的攻撃を比べるのもどうかとは思うが、それはそれ、これはコレだ。


 イスは元気よく俺の胸に飛び込んできて抱きついた後、花音にも抱きつく。


 復讐を行う際は、イスを先に帰らせたから甘えたいのかもしれない。


 「パパもママも顔がスッキリしてるの!!」


 シルフォードもイスも凄いな。天幕の外ということもあり、顔は仮面で隠しているはずなのだが、こちらの表情を正確に読み取っている。


 もしかしたら、唯一見える目を見て判断しているのかもしれない。


 俺は、花音に抱きつくイスの頭を優しく撫でた。


 「まぁ、スッキリできたからな。これで見る報告書が減ると思うと、気分が良くなる」

 「そっか。あの5人の監視は団長さん達の復讐のためだったもんね。これで少しは楽になるか」


 すまんな。私情で仕事増やしちゃって。


 俺は心の中で謝りつつ、今後の事に話しを移した。


 「正教会国側の動きはどうなってる?」

 「勇者が居なくなって混乱が起きてる。団長さんのお陰だね」

 「なら、今仕掛けた方がいいよな?少なくとも、明日までには仕掛けるべきだ」

 「そう思うよ。本陣は結構混乱してるし、今奇襲をすれば後手に回ってくれると思う」


 ならば動かない選択肢はない。総司令官........だったっけ?なんか一番偉い人に話を通しに行こう。


 何か言われても、無理やり黙らせればなんとかなるでしょ。


 「よし、個人的な事は終わったし、後は仕事をきっちりとこなすとしよう。俺達は雇われの傭兵だが、教皇の爺さんには“好きにしろ”って言われてるしな」

 「大河はどうするの?」

 「んなもん簡単だろ。イス、あの川全部凍らせれるか?」

 「余裕なの!!川の底まで全てを凍らせてやるの!!」

 「いい子だ。未だ朝早くだし、話を通して直ぐに動けば問題ないだろ........知らんけど」

 「出た。自分の言ったことを全て無責任にする魔法の言葉」


 便利だよな“知らんけど”。


 何言っても許されるんだもん。


 そんなやり取りをしていると、真面目モードになったシルフォードが質問してくる。


 「あの防壁はどうする?私が焼き払おうか?」

 「俺が何とかする。たまには団長らしい事をしておかないとな。今の今まで出番がなかっし」

 「そんなこと言って、本当は二つ名が欲しいだけでしょ?バレバレだよ」

 「.......ナンノコトカナー」


 花音にサラッと思考を読まれ、思わず棒読みになる俺であった。

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