復讐の刻
サイン会が行われた次の日の夜。俺は三姉妹と獣人組を天幕に残して目的を果たそうとしていた。
星々が天を照らす中、その煌めきが濁って見てるその日は、俺と花音にとって重要な日である。
「五年越しの復讐だな。ようやくクソどもをぶち殺せる」
「長かったねぇ。戦争の中で殺すって計画を立ててから、ここまで時間がかかるとは思ってなかったよ」
「全くだ。今や子持ちの上に傭兵団を立ち上げてるんだからな。人生、何が起こるか分かったもんじゃない」
異世界に召喚されてから五年強。色々なことがあった。
厄災級魔物が住む島に流されたり、魔王とタイマンしたり、戦争に参加したり。
地球にいた頃なら間違いなく経験しなかった事を経験してきた俺達は、世界最強を名乗ってもおかしくない程の強さを手に入れたのだ。
その過程を見ると、死んでもおかしくなかったなとは思うが。
「全てはこの日のために積み上げてきたんだ。これが終われば、俺達は楽になる。主に、報告書が減って」
「うんうん。私達が殺るべきことを終えれば、肩肘はらなくてもいいからねぇ。後はのんびりと戦争を楽しめばいいんだし」
「唯一の懸念は剣聖だけだが、今は関係ないしな」
あの馬鹿共を剣が護っているとなると、流石に計画を先送りにするが、子供達の報告では特に護衛が付いているという訳でもない。
要はイージーゲームという訳だ。
俺は僅かに口角を上げると、イスの頭を撫でてやりながら動き出す。
「それじゃ行くか」
「レッツゴー」
「はいなの」
俺を殺してから五年。奴らは感動の再会に、涙を流してくれるのだろうか。
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星の煌めきが強くなる深夜。
静かになった正教会国の本陣では、愚者の勇者達が寝ていた。
神輿として担がれ、戦争の士気を上げるための道具として使われている彼らは、自分達が捨て駒だということに気づかない。
今日の晩餐も、自分達が英雄として語り継がれたらどうするかの話で盛り上がっていたのだ。
そんな頭の中がお花畑な彼らに忍び寄る死神は、遂にその鎌を首筋に突き立てる。
「ん........寒っ」
唐突に襲ってきた寒さから、愚者の1人が目を覚ました。
ゆっくりと開かれるその目に映ったのは、1面の銀世界。
全てが凍てついた氷の世界を見て、彼の寝ぼけた脳は一気に覚醒した。
「な、なんだ?!」
動こうとするが、動けない。
よく見れば、真っ黒な鎖で身体中を縛られていた。
「なんだこれは?!」
「動けない!!」
「私の眠りを妨げるとはいい度胸だな」
「俺の闇よりも深い!!」
1人の愚者が目を覚まし騒げば、残りの4人も目を覚ます。
全員が縛られ、動けないこの状況。彼らは鎖から逃れようと藻掻くものの、抜け出すおろかむしろ鎖を強く縛り付けられた。
「んぐっ!!」
メキメキと骨が軋む音が思わず聞こえてしまいそうな程の力で締め付けられ、抵抗する意力を削がれた愚者達はただただ呆然と銀世界を眺める。
これが死神からの最初の贈り物だと気づけない彼らは、ある意味幸せなのかもしれない。
これから辿る悲惨な運命に伴う苦痛を想像できないのだから。
何が起こったのか分からず、隣で同じように縛られている仲間と話し合う彼らだったが、暫くすれば銀世界から現実に引き戻される。
霧に囲まれ、霧が晴れたその先には不気味な仮面を被った2人組が姿を表した。
「........」
「誰だテメェは」
何も言わない仮面の主に、愚者の1人が問いかける。
すると、仮面の主は静かに仮面を取った。
最初こそ誰か分からなかったが、月明かりに照らしだされた顔を見て愚者達の目は見開かれる。
何故ここに“彼”がいるのか。何故“殺したはずの”男がここにいるのか。
死んだはずの亡霊は、口元を大きく歪めがら普段よりも低い声で話しかける。
「久しぶりだな。五年ぶりぐらいか?」
「な、何故お前が生きている」
「殺したはずだ!!俺達になすすべもなく俺達に殺されたはずだぞ!!」
「........」
「馬鹿な。神たる私が下衆を仕留め損なっただと?!」
「俺の闇で死ななかったのか........」
「お生憎様。俺は泳ぎが苦手みたいでな。三途の川を渡るのは無理だったらしい。溺れて着いた先が、死後の世界じゃなくて厄災の世界だったのを見るに、どちらも余り変わらん気もするがな」
亡霊はそう言うと、黙って目を見開いていた愚者の1人の頭を鷲掴みにした。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁァ!!」
ギリギリと頭が唸る音が響き、とてつもない力で握られているのが分かる。
あまりの痛さに、愚者は悲鳴を上げるしか無かった。
ギョッとして亡霊を見つめる4人の視線を、亡霊は気にした様子もなく淡々と話を続ける。
「まぁ、そんな訳で死にぞこなった俺だが........俺は優しいからな。ぶち殺すだけで勘弁してやるよ」
ぐしゃり。
突如として悲鳴は消え、月明かりに照らされた鮮血が煌びやかに舞い散る。
勢いよく吹き出した血は愚者達の頬や服に付く。
何が起きたのか理解できない愚者達は、暫くその光景から目を話せなかった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「おっ、オェェェェェェ」
「ウップ、うんぐぅ」
「........アッア、ア」
暫くして、脳が全てを理解した時、愚者達は悲鳴を上げ吐き出し恐怖する。
ここに来てようやく理解したのだ。死にぞこなった亡霊が、死神を携えて復讐に舞い降りだのだと。
愚者達の命を刈り取る為に帰ってきたのだと。
力なく血を吹き出す死体をゴミのように蹴り飛ばしながら、亡霊は残りの愚者達に向かってニッコリと笑う。
普段見せる笑顔とは違い、その笑顔の裏に潜む殺意が隠しきれていなかった。
「おいおい。自分たちは人を殺しておいて、いざ自分の仲間になると吐き出すのか?」
「そんなもんでしょ?人間なんて」
「それもそうか。俺も仲間が殺されたら、間違いなくキレるもんな」
死んだはずの亡霊と消えたはずの亡霊はそう話すと、今度は神を騙る愚者の前に立つ。
何とか吐き出すのをこらえた自称神は、涙目ながらに亡霊と向き合った。
「この私を殺すか」
「おぉ、肝が座ってんねぇ。お隣の厨二病くんは気絶してるし、隣の二人は何とか逃げ出そうとしてるのに」
「フッ、当たり前だろう?私は神だ。神が臆することは無い」
「そういう割には、体が震えてるがな。ガチャガチャとうるさいぞ?鎖の擦れる音がよく聞こえる」
亡霊はそう言うと、脚に蹴りを放つ。
ボキィと、生々しい音が聞こえると同時に、神を騙る愚者は悲鳴をあげた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「神様とやらも悲鳴をあげるんだな。はい、次」
悲鳴が泣き止む間も無く、繰り出されたのは肋骨への拳。
魔力によって自分を覆うこともできない神は、肋骨をへし折られる。
「ごほっ」
「お、肋骨が肺に刺さったな。血が口から出てるぜ?」
「おー、昔何回かなった事あるねぇ。懐かしい」
亡霊は昔を懐かしむように告げると、鼻っ面をへし折るように顔に拳を叩きつけた。
その後も、亡霊の暴行は止まることを知らず、気づいた時には神を騙る愚者は息絶える。
その姿は、人の原型を何とか保っている都度であった。
「あースッキリ。もう片一方はやっていいよ」
「いいの?全員仁が殺してもいいんだよ?」
「いいよ。俺はあの二人を徹底的に殺したいから、花音もやる?」
「んーいいや。仁がやるならそれで、それなら、私はこっちで遊んでるね」
不穏な会話。しかし、恐怖に支配された愚者達の耳にその会話は入ってこない。
ただこの場から逃げ出す方法を無い頭で必死に考える。それだけだった。
「さぁて、計画を立てた主犯格さん達。楽に死ねると思うなよ?」
「ヒィ!!ゆ、許してくれ!!まだ死にたくない!!」
「お、俺じゃない!!コイツがやろうって言い出したんだよ!!」
醜い言い争い。自分だけでも助かろうと必死に亡霊へ話しかけるが、全てを知っている亡霊にはむしろ苛立たせるだけの材料でしか無かった。
目で追えない速さで振るわれた手刀は、器用に小指だけを切り落とし彼らの前にゆっくりとそれを見せる。
「なぁ、これなんだと思う?」
「へ?へ?........指がァァァァァァ!!」
「ァァァァァァ!!痛い!!いだァァァァァ!!」
悲鳴をあげる2人だが、亡霊には関係ない。
無理やり指を咥えさせて黙らせると、抑えきれない殺気を向けて小さく囁いた。
「先ずは、指を全部切り落とそうか。大丈夫。この世界は治癒の魔術なんかもあるから、出血多量で死ぬことはないよ........多分」
その後、徹底的な破壊を受けた愚者の二人は人と呼べる原型を僅かに残しながら死に絶えた。
残ったのは血と肉片。骨は粉々に砕け、畑の肥料と言われても違和感がない。
「帰るか。スッキリスッキリ」
「これで戦争に集中できるね。あースッキリした」
その日、亡霊の復讐は全て終えたのだった。
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