有名人は辛いよ

 シルフォードの夢が中々にぶっ飛んでいた事を聞いた後、俺達は仮面を被って神聖皇国軍の本陣へと降り立つ。


 空から降ってきた不審者集団に、近くにいた兵士達は驚き剣や槍を構えるが、俺達が“影の英雄”と分かるとどうしたものかと困惑する。


 「俺達が来るって情報が入ってきてないみたいだな」

 「多分、上の人達は連絡を受けているんじゃない?ここにいるの下っ端がほとんどだし、伝える必要のない情報は伝えてないんでしょ」

 「態々伝える必要も無いもんな。俺達が居ようが居なかろうが、やることは変わらないんだし」


 誰かが話しかけてくるまで待つか。


 そう思ってしばらく待機していると、1人偉そうな格好をした騎士がこちらへ駆け足でやってきた。


 アレは多分第六団長の人だな。何度か顔を合わせた覚えがある。


 いかにもベテランのおっさんと言った風貌をしているこの男は、聖堂騎士団第六団長ダッケルス。


 二人の子供を持ち、子育てをしながら騎士団を務めるイクメンだ。


 前に大聖堂で、子供の為に俺達にサインを求めてきたのを覚えている。


 「全員、構えを解け!!」


 空気が揺れるほどの大声で放たれた命令は、その場にいた兵士達全ての背中を震わせ、一斉に構えを解いた。


 すごいな。今まで見て来た聖堂騎士団団長の中で、1番団長らしい一声だ。


 以前、息子と娘の話を俺にしてきたイクメンパパとは随分と違う。


 ダッケルスは、俺達に剣を向けていた兵士達に下がるように命令した後、俺達の前で敬礼しながらハキハキと話す。


 「傭兵団“揺レ動ク者グングニル”の皆様ですね?話は聞いておりますので、どうぞこちらへ」

 「ありがとう」


 ダッケルスに連れられ、俺達は移動する。


 少し歩けば、俺たち専用と思える天幕に案内された。


 「ここが皆様の天幕です。1つしかありませんが、中は20人近く入っても問題ないほど広いので、窮屈と言うことは無いでしょう」

 「いいのか?一介の傭兵団にこんな天幕を用意して」


 普通、傭兵団に国が天幕を用意するなんて事はありえない。それこそ、世界最強の傭兵団として恐れられてきた“狂戦士達バーサーカー”レベルでなければ、用意なんてしないだろう。


 俺の質問に対して、ダッケルスは少しだけ顔を崩すと柔らかに俺の質問に答えた。


 「問題ありませんよ。あなた方は、今や世界最強の傭兵団と言っても過言ではありませんからね。それに、聞いた話ではかなり勝手に動くそうじゃないですか。ぶっちゃけて言うと監視がしやすいというのもあるので」

 「ぶっちゃけすぎだろ」

 「あはは。教皇様からあなた方の扱い方についての話もありましてね。割りと親しげに、それでいて正直に話した方が上手くいくと言われたものでして」

 「正直すぎだ。俺としては有難いがな........あ、そうそう。その教皇様からお手紙だ」


 ぶっちゃけ過ぎるダッケルスに少し呆れながらも、俺は教皇に渡された手紙を渡す。


 中身は見ていないので(当たり前)、何が書いてあるかは知らないが、ダッケルスにとっては重要なものかもしれない。


 手紙を受け取ったダッケルスは“失礼”と一言断りを入れてから、手紙の中を覗く。


 簡単に目を通し終わると、手紙をポケットに仕舞う。


 「ありがとうございます。あなた方の目的について書かれていたのと、それに出来る限り配慮するようにと言われました」

 「目的?」

 「はい。なんでも、神聖皇国を裏切った罪人を始末したいとか」


 一瞬、誰のことだよと首を傾げたが、神聖皇国を裏切った罪人であり俺達の目的となる人物なんてあの五人しかいない。


 なるほど、俺達が多少勝手に動けるように手配してくれた訳だ。


 戦争が始まる前に攫って来ようと思っていたが、待機しててくれと言われるとこっそり動かないと行けなくなる。


 別に気を使わなくてもいいっちゃいいのだが、ここまで上がった評判を落としたくはなかった。


 まぁ、それでも動くけど。


 教皇は、俺たちが動きやすいようにしてくれた訳なので、そのお言葉にはしっかりと甘えておこう。


 その分、仕事はいつも以上にやってあげれば文句はないだろうしな。


 もしかしたら、それが教皇の狙いかもしれない。


 「それは助かる。明日にでも我々は動くが、人は残していくから何かあれば彼らに言ってくれ」

 「そうします........ところで、私達聖堂騎士団にはあなた方のファンが結構いるんですよ」

 「ん?」


 急に変わった話に首を傾げると、ダッケルスは少し気まずそうに頬を書きながら目を逸らす。


 こういう言い方をしてくる時って大抵ロクな話ではないんだが........


 「それでですね。この前私の子供達にサインを書いてもらったの覚えていますか?」

 「流石に覚えてるな。貴方ほど記憶に残る御仁もそうそういない」


 息子と娘の話を30分も聞かされれば流石にね。嫌でも記憶に残るよ。

 

 俺の言った意味が伝わったのか、ダッケルスは苦笑いを浮かべつつ話を続ける。


 「実はですね。あなた方が来ると連絡を受け取った際、子供がいる上官たちがサインを貰えないかと言っておりまして........」

 「あぁ、うん。今視界に入ってきた人達だな。なんなら、他の騎士達も居る」

 「士気にも関わる話ですので、サインをしてやってはくれませんか?道具はこちらで用意するので」


 士気の話を持ち出されると、俺としても断るのは難しい。


 勝手に動くための対価だと思えば安いものだろう。


 「いいですよ。ですが、1人1つまででいいですか?」

 「ありがとうございます!!」


 その後、本陣ではサイン会が行われたのだが、ここまで多くの人が来るとは聞いていない。


 俺達10人(イスを除く)でサインをしていたのだが、終わったのは深夜近くだった。


 なんで異世界にまで来てアイドル紛いな事をやってんだ俺は........


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 大我を挟んで、正教会国軍の本陣がある場所では、初めての戦争となるこの空気に怯える愚者の5人がいた。


 「ほ、本当に戦争になるのかな?」

 「この状況を見ても戦争にならないと思うのはバカを通り越してヤバいだろ。だが安心しろ。俺達は後衛から魔法を撃つだけでいいんだ」

 「フッ、この俺様の闇が開放される時が来たな」

 「無理をするな。声が震えているぞ」

 「そう言う君こそ声が震えているぞ」


 彼らが恐れているのは人を殺すことでは無い。殺されることに恐怖しているのだ。


 生物としては正しい在り方ではあるが、人としての在り方で言えばダメである。


 殺す者は殺される覚悟を持たなければならない。


 戦争を行うに当たって、当たり前の事が彼らはできていなかった。


 「クソ!!龍二の奴め!!俺達を裏切りやがって!!」

 「アイツのせいで全てが変わったんだ。仁を殺した罪を俺達に擦り付けて、自分だけアイリスちゃんと仲良くしやがって。絶対殺してやる」

 「それは同感だな。神を出し抜いた罪は重い」

 「........」

 「俺の闇で葬ってやる」


 彼らは見えていない。


 既に死神は彼らのすぐ側まで近づいている事を。


 彼らは知らない。


 殺したはずの人間が生きている事を。


 彼らは気づけない。


 自分達が人形だと言うことに。

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