忘れてた

 イスが学園アカデミーに興味を持ち始めたことを嬉しつ思いつつチェスをしていると、部屋の外から人の気配がしてきた。


 数は2人。2人とも知っている気配だ。


 黒百合さんも2人の気配に気づいたようで、チェスを打つ手を止めて扉に視線を向けた。


 「お、聖女様と光司君が来てるね」

 「だな。光司と会うのも久しぶりだなー」


 生理的に受け付けない奴ではあるが、悪い奴ではない。


 ただ単純に奴の性格が俺の肌に合わないだけである。すまんな。完璧超人は好きになれん。


 そんな完璧超人も、今や市民の希望の星。戦争が起こっているのに、人々の顔が明るいのは彼のおかげと言っても過言では無い。


 そして、その隣で支える聖女様。


 子供達が色々と調べていた時に分かった事なのだが、どうやら最初は光司に打算だらけで近づいたらしい。


 魔王を討伐できる戦力を他国に流さないようにする為らしいが、好きでもない相手のご機嫌を取らざるを得ない立場ってのは正直可哀想だなと思った。


 が、しかしである。


 どこぞの完璧超人はあっという間に聖女様を手篭めにし、今では聖女様をベタ惚れさせてしまっているそうだ。


 何なのこいつ。隙が無さすぎるだろ。


 そんなこんなで既に婚約者という立場にある2人は、戦争が終わり次第国を上げて結婚するそうだ。


 末永くお幸せに。出来れば爆発してくれとは願うが。


 そうやって完璧超人に向かって心の中で中指を突き立てていると、花音が何かを思い出したかのように呟く。


 「ところでさ。私達が実は生きてましたって光司君に言ってないよね?」

 「あ........」


 完全に忘れていた。


 黒百合さんに正体を明かしてからというもの、光司と会う機会がなかった。基本的に黒百合さんが遊びに来てどこか行くなんてこと無かったし。


 後、影が薄い。


 もちろん眩く光るダイヤモンドのように人の目を引きつける彼なのだが、どうしても俺達の中に混じると影が薄くなりがちだった。


 変人と変人と変人に囲まれた常人は、結果的に影が薄くなるのである。


 「どうするの?」

 「どうするもこうするも、ちゃんと顔は合わせるさ。聖女様も俺達が生きてることは知らなかった筈だし、少し驚かせてやろう」

 「私はどうするの?」

 「イスは黒百合さんに遊んでもらってくれ。頼めるか?」

 「いいよー。私もイスちゃんとは遊びたかったからね!!」


 黒百合さんはそう言うと、部屋の隅にイスを移動させて何をして遊ぶかを話し始める。


 うんうん。仲が良さそうで良かったよ。


 俺達はその間に懐から仮面を取りだして被ると、扉の前で待機した。


 これで扉をスルーされたらお笑いものだが、それはそれで面白そうだなと思ったりもする。


 「声はどうする?」

 「変えなくていいだろ。いつ気付くか試してみるさ」


 コンコンと扉をノックされ、光司の声が扉越しに聞こえてきた。


 「すいません。こちらに黒百合さんが居ると聞いたのですが........」


 俺は何も返事をせずに扉を開くと、そこには1年ぶりの光司の姿があった。


 相も変わらずイケメンなその顔は、さらに深みを増して輝いて見える。黒髪から金髪に変えているのは、隣の聖女様とのペアルックのつもりなのだろうか。


 以前よりもきらめく彼は、影に生きる俺には眩しすぎる。


 無言で開かれた扉の先にいた仮面を被った変人2人を見て、光司は一瞬“誰だこいつ”と言う顔をするも、記憶を辿って答えを導き出す。


 1年前に1度だけ会ったこの姿を覚えているとは流石だ。


 「揺レ動ク者グングニルの方ですね?お久しぶりです」

 「これはこれは。我々の傭兵団名を覚えて頂けるとは光栄です」

 「いえいえ、ご活躍は聞いておりますよ。なんでも、世界最強の傭兵団と名高い“狂戦士達バーサーカー”を倒したとか」


 おや?声だけじゃ分からんか。


 黒百合さんの時は日本語のイントネーションでフルネームを呼んだのだが、今回はそれをしなかった。


 まぁ、似た声のやつなんて腐るほどいるだろうしな。精密機器で声帯を測るとかしなければ違いは分からんか。


 それに、この声で話したのは5年前。覚えている方が可笑しい。


 「倒したのはここに居る面子では無いんですがね。運が良かったですよ」

 「そんなことはありません。狂戦士達バーサーカーは1国にも匹敵する強さを持った傭兵団なのですから」


 少し謙遜気味に話すと、聖女様が身を乗り出す勢いで言葉を被せてくる。


 聖女様。ちょっと興奮してない?


 俺の中の記憶だと、普段はもっと落ち着いている人なのだが。


 光司も同じことを思ったのか、聖女様の頭を軽くポンポンしながらさわやかに笑う。


 「珍しいね。リアンヌ。君がここまで興奮するなんて」

 「だってあの“神突”デイズを倒したんですよ?!これがいかに凄いか、コウジも理解するべきです!!」


 なんだろう。急に目の前でイチャつくの止めてもらっていいですか?


 思わず某論破王のような事を言いそうになるのを堪え、俺は正体を明かすことにした。


 このまま会話を続けてもいいが、目の前でイチャつかれるのを見せられ続けるのはイラッとする。


 え?お前が言うなって?いいんだよ俺は。


 「勇者様と聖女様は仲睦まじいようで何よりですね。んで、お前もそんな顔するんだな光司」

 「──────────!!」


 急に砕けた話し方になった俺に首を傾げるも、すぐ様結論に至った彼は驚きを隠せずその目を大きく見開く。


 ここら辺の反応は黒百合さんと変わらないなと思いつつ、俺は仮面の奥でニヤリと笑いながら言葉を続けた。


 「俺は悲しいぜ?黒百合さんが悩んでるって時にイチャイチャしてたらそりゃ精神が病むだろうよ。全く。完璧超人なんだから何とかしろよ」

 「........ふふふ、あははは!!それは難しいね!!何を言っても棘しか返ってこないんだから。僕にだって出来ることとできない事はあるさ!!」

 「???」


 なにかに気づき、笑いながら言葉を崩す光司を見て、聖女様は頭の上に“?”マークを浮かべる。


 少し話した程度の彼女では、まだ俺達の正体に気づけていないようだ。


 ちなみに、黒百合さんにもこの会話が聞こえているので、後でお叱りを受けることになるだろう。俺も、光司も。


 しかし、空気の読める人なので今ここで口を挟むようなことはしなかった。


 光司は目に見えて機嫌が良くなると、笑いながら俺に手を差し出す。


 「あははは!!全く、人が悪いよ!!僕がどれだけ君を心配したと思ってるんだ!!特に、そっちの仮面を被った方は、勝手に居なくなって困ったんだぞ?国中を探し回ったのに見つからなかったし。暴食の魔王の時には顔を見せて欲しかったな!!なぁ?仁君。浅賀さん」

 「そいつは悪かったな。とは言え、あの時は姿を見せる訳には行かなかったんだ。こっちにも色々と事情があってな........ともかく、久しぶりだな。光司」

 「お久ー。聖女ちゃんも久しぶり」

 「え?は?........え?」


 困惑する聖女様を置いて、俺と光司は握手を交わすのだった。


 しかし、こんな風に大笑いしてもイケメンとは。やはり光司は生理的に受け付けないな。嫌いではないんだが。

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