嬉しい誤算

 “大天使”が、教皇に正教会国側のイージス教信者を全て殺せという命令を出していたことが判明してから2週間後。


 俺達は、神聖皇国を訪れていた。


 戦争もそろそろ終盤であり、敵対しているのは残り1ヶ国。神聖皇国に並ぶ大国として知られている正教会国だが、同じ大国相手ならば数が多い方が有利である。


 正教会国もそれがわかっているのか最近動きが慌ただしくなってきているが、最早どうしようもなかった。


 最終決戦となれば、あの馬鹿5人組も戦場に出てくるはずである。常に監視を付けているので逃げ場はないが、できることなら戦場で殺したかった。


 理由は特にない。ただ、向こうがこちらの力の差に絶望して死んで欲しい。それだけだ。


 「花音ちゃん花音ちゃん、これ、負けたかな?」

 「詰みチェックメイトだねぇ。と言うか、仁にこの手の勝負で勝つのは厳しいよ。滅茶苦茶強いから」

 「婆さんに死ぬほどボコられたからな。勝ちたきゃ嫌でも強くなる」

 「パパ、容赦ないの」


 大聖堂の一室。最近よく通される宿泊部屋で、俺達と黒百合さんはチェスをしていた。


 暇つぶしにイスと遊んでいたら、俺達が来ていたことを聞きつけた黒百合さんが部屋に突撃してきたのだ。


 前の世界なら有り得ない光景だな。ワクワクしながらこちらに寄ってくる黒百合さんとか、こっちの世界に来てからしか見た事ない。


 未だにクラスメイトと馴染めてないのを見るに、まだ高嶺の花だと思われてるのだろう。


 事実、大天使様なんだから高嶺の花と言っても過言では無いのだが。


 そんな中で、対等に遊べるのが俺達だけとなれば、入り浸る気持ちもよく分かる。


 最近ではイスも懐いてきて、いい関係が築けつつあった。


 黒百合さんは、頭を横に振りながら悲鳴をあげる。昔なら、この光景も見ることは出来なかったであろう。


 「うがァァァァ!!15連敗........」

 「元気出すの。私は未だに勝ててないの」

 「私もチェスは勝率悪いかなぁ。オセロとか囲碁なら五割トントンより少し下ぐらいなんだけどね」

 「ふははは!!こちとら2歳の頃から色々と仕込まれたからな!!この位じゃ負けないぞ!!」

 「テストの点数とかなら絶対勝てるのになぁ........ねぇねぇ、仁くんはこっちに来る前の中間テスト、何点だったの?」


 覚えてねぇよ。


 5年前の話だぞ。何点台だったかすらも覚えてない。


 印象的な点数なら覚えているだろうが、普段通りの点数なら記憶に残るわけがなかった。


 しかし、ここには俺の事ならなんでも知ってる変態が居る。5年前の点数を正確に言い当てるやつが。


 「古典56現文83漢文72数A93数Ⅰ75化学64物理68世界史91日本史81英語42だね」

 「やった!!全部勝ってる!!」

 「いやいや、なんで覚えてんの?2人とも」

 「仁のことならなんでも覚えてるよ。ちなみに、私は全部90点台だった」

 「私も全部90点台だったかな。1番低い点数が確か94だったはずだよ」


 俺の最高得点より高いじゃねぇか。


 なんでこの人そんなに頭がいいのに、あんな微妙な高校に入ったんだ?


 花音は分かる。俺と一緒の高校がいい!!って言って自分で難易度落としてたから。


 俺の視線で言いたいことに気づいたのか、黒百合さんはニッコリと微笑みながら理由を語る。


 「家から近かったんだよね。私、中学は通学時間が長くてさ。それが嫌で、近場の高校に入ったんだ」

 「へぇ、なら俺達とも家が近かったかもな。俺も近場で選んでたし」

 「私は仁の行く場所に行くって感じだったから、何も考えてなかったかなぁ」

 「花音ちゃんらしいね」


 前の世界でワイワイと盛り上がる俺達を見て、イスは首を傾げていた。


 この世界で生まれ育ったイスには、“高校”がどのようなものか分からない。何度か話しているはずだが、実感が湧かないのだろう。


 「パパ。そのコウコウは、学園アカデミーみたいな感じって言ってたけど、どんなものなの?」

 「勉強する所だ。前にも言わなかったか?」

 「その勉強がよく分からないの」

 「えーと、なんて言ったらいいんだ?コレ」


 基本勝手に学習してしまう優秀なイスに、“勉強”という事を伝えるのは難しい。


 だって勝手に私生活の中で学ぶんだもん。俺が教えたことと言えば、道徳(かなり怪しい)ぐらいだ。


 言葉も文字も計算も勝手に覚えてたし、古文漢文歴史なんかはそもそも俺たちが知らないし、物理化学は法則が違いすぎる。


 魔法や異能というものがある世界で、真面目に物理とかやってれるかってんだ。


 こっちの世界で言えば薬草学とかがそれに当たるのかも知れないが、それもイスは勝手に覚えてたしなぁ。アンスールやファフニールに教えられただろうが、イスは勉強と言うよりは遊びで覚えた感覚なのだろう。


 俺はなんと言ったらいいか分からなくて、2人を見る。


 頭のいいふたりなら回答を用意してくれているはずだ。


 「イス、仁にオセロ勝てなくて色々と試行錯誤してたでしょ?」

 「うん。してたの」

 「あれが勉強かな。イスはお遊び感覚だっただろうけど、何かを学ぶことは全て勉強になるんだよ」

 「遊びも勉強なの?」

 「そうだよ。私たちの場合は無理やりやらされた勉強だけど。高校は人間関係やら世界の歴史やらを色々と学ぶ場なんだよ........今度アゼル共和国の学園アカデミーに行ってみる?見学できたでしょあそこって」

 「確かできたはずだな。できなくても、最悪お嬢様に手伝って貰えればなんとでもなるだろ」

 「ほへー、ちょっと興味湧いたの。行ってみるの」


 これは嬉しい誤算である。


 ぶっちゃけ勉強云々はどうでもいいが、イスに友達ができる可能性があるのは有難い。


 イスの友達はかなり少ないからな。サラやリーゼンお嬢様ぐらいしか同年代の友人が居ない。


 サラに関しては、同年代なのかちょっと怪しいが。


 友人がいるのと居ないことでは随分と違うだろうしな。何が違うのかと言われると困るが。


 「私、人間関係、0点........」


 イスが学園アカデミーに興味を持ち始めた事を嬉しく思っていると、隣で黒百合さんがガックリと肩を落としてブツブツと呟いている。


 黒百合さん、人間関係はズタボロだもんね。こっちの世界に来てからは多少マシになったが、前の世界では友人と呼べる人は1人もいなかったと聞いている。


 そりゃ、周りがイチャコラしだして擦れる訳ですわ。


 「イス、朱那ちゃんみたいになっちゃダメだよ?」

 「分かったの」

 「ちょ、花音ちゃん!!」

 「ダメだよ?朱那ちゃんみたいになると、友達出来なくなるからね。人は自分と違いすぎる生き物は避けるか排除したがるから」


 黒百合さんを悪く言っているように聞こえるが、イスがドラゴンだと知っていると別の意味に聞こえる。


 花音は暗に“自分の正体は例え親しい人でも隠せ”と言っているようだった。


 イスも花音の言いたいことに気づいたのか、真面目に返事をする。


 「分かった。気をつける」


 イスはそういうと、黒百合さんの方を向いてニッコリと笑った。


 「シュナお姉ちゃんは可愛すぎるからダメなの。もっと醜くならないと!!」

 「えぇ........なんだろう。褒められてるのに褒められてる気がしないよ」

 「あははは!!酷い言われようだな!!」

 「仁君笑いすぎー!!」


 穏やかな雰囲気を取り戻した部屋で、明るい笑い声が響き渡るのだった。

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