残り1
“禁忌”ロムスが、その名に相応しい実力を見せてから約半年後。世界戦争が始まってから約1年が経過した。
全世界を巻き込んだこの戦争は至る所で戦争を引き起こし、大国同士の戦いだけではなく中小国の戦いも起こっている。
既に決着が着いたところもあれば、未だに戦争している国もあった。
とは言え、やはりメインとなるのは11大国の戦争であり、ここの勝敗によって他の国の勝敗が決まるなんてこともあるだろう。
俺は大きく欠伸をすると、いつもの聖堂で報告書を眺めていた。
「正連邦国と正共和国はほぼ全ての都市を占領され、実質的降伏状態。残るは正教会国だけになったな」
「正確には、その属国達も残ってるけどね。所詮は小国ばかりだから、殆ど気にしなくていいと思うけど」
俺の隣で報告書を見ていた花音が、気だるそうに報告書をヒラヒラとさせながら補足を入れる。
小国と大国の差は大きく、たとえ大国が戦争で疲弊していようとも容易に捻りつぶせてしまうだけの戦力差がある。要はあってないようなものなので、そこら辺は深く考えなくて良かった。
「正共和国を獣王国が、正連邦国をドワーフ連合国が倒してくれたおかげで、神聖皇国は正面だけに戦力を置いても問題ないと判断したみたいだな。今用意できる全戦力が集結してる」
「そういえば、我らが勇者様はまだ出てこないの?このままだと戦争が終わっちゃうけど」
「我らが勇者様?」
「光司君だよ。朱那ちゃんは天使だからともかく、光司君は勇者様でしょ?戦場に出ていけば、士気は上がると思うのに........」
俺は首を傾げる花音に答えるべく、1枚の報告書を取り出す。確か、ここに書いてあったはずだ。
「えーと、光司は国内の魔物討伐を頑張っているみたいだな。国内の防衛を任されている」
「世界を救った勇者は、民衆の不満を和らげるために国内で活動していると?」
「話が早いな。聖女様も同じ様な感じだ。あっちの場合は金持ちやらお偉いさんの相手が多いみたいだけど」
「聖女ちゃんも頑張るねぇ。この戦争が終わったら正式に婚約するんだっけ?」
「確かそうだったな。世界を救った勇者様と、聖女様。戦後のイベントとしては十分なものだろうな」
光司と聖女はかなりいい感じになってきている。お互いに奥手なのでまだ身体の関係なんかは持っていないが、子供達の報告では手を繋ぐ所までは来たらしい。
頑張れ光司。男の階段を登る日は近いぞ。
戦争が終われば、龍二もアイリス団長と身を固めると言っていた(独り言を子供達が盗み聞きした)し、俺もそろそろ真面目に身を固めるべきだなぁとは思う。
「黒百合さんは動くのか?」
「朱那ちゃんは分からないねぇ。いやホントに。ちょいちょい監視の目から逃れて何かやってるみたいだし、正教会国側のイージス教の人間を全て殺すように言ったり、何がしたいんだろう?」
「おいちょっと待て。黒百合さんがそんなこと言ったとか聞いてないし、報告書で見てもないぞ」
正教会国側の人間を全て殺すのは、教皇が考えた訳じゃないのか?ならなぜその報告が無いんだ。
報告にあったら目を通しているはずだ........いや、花音だけが見て俺に報告し忘れたのか?
俺の疑問に答えるかのように、花音は今日の分の報告書を取りだして俺に手渡す。そこには、黒百合さんが指示を出したと言う報告が書かれていた。
「独り言を聞いたのか。ってか、独り言を聞くヤツ多すぎね?」
「多いねぇ。まぁ、この独り言は朱那ちゃんじゃ無くて教皇のおじいちゃんの方だけど。どうやら朱那ちゃんがお爺さんに指示を出したみたいで、神聖なる女神の使徒である天使、それも大天使様に言われれば“はい”か“YES”以外の返事はないだろうしね」
「そして、その事実を隠せって言ったわけか。子供達の監視があるなんて教皇は知らないから、1人の時にポツリと呟いたんだな」
「そうなる訳だね。教皇のお爺ちゃんも皆殺しにするか捕虜にするか一般人は殺さないようにするか迷ってたみたいだから、朱那ちゃんが背中を押してあげたってのか正しいかな?」
教皇も悩んでたんだな。あの爺さんの場合は、“一般人を殺すなんて可哀想!!”というより“どっちがメリット大きいかな?”と考えていそうだが。
それはそうと、黒百合さんである。
なぜ大人しく、平和主義的な考えをしていそうな彼女が虐殺なんて手段を進めたのだろうか。
普段の黒百合さんらしくない。
隠れてコソコソとやっている事と何か関係がありそうだな。
「朱那ちゃん、ウチに入る事になってるけどいいの?コレ。随分とバイオレンス思考も出来るようになってるみたいだけど?」
「いいか悪いかで言えば悪いが、純粋さやら真面目さは変わってないからな。おそらく、何らかの理由があってこの提案をしてたんだろ。問題は、その提案をすることで黒百合さんになんのメリットがあるのかって話だ」
「単純に殺戮したかったとか........?」
「それだったらヤベェな。ウチに入れるのを再検討しなきゃならん」
「メリット........一体なんだろう?」
正教会国側の人間を全て殺すことによって得られるメリットと言うよりは、この指示を出した事によるメリットと考えた方が良さそうだな。
だとしても何も思い浮かばないが。
俺は、教皇の独り言を読み上げる。
「“大天使様の言う通り、皆殺しにしたとして今後その土地の有効活用を考えなければ”か。土地に関する話か?」
「朱那ちゃん、大地主にでもなるつもりなのかな?」
「国家丸々ひとつ持った大地主か?それは国王って言うんだぞ」
2人で頭を悩ませるが、これといって正解が出てこない。
黒百合さんは一体何が目的なのだろうか。
「パパー!!ママー!!お仕事終わった?」
2人で頭を悩ませていると、イスが元気よく扉を開いてこちらへやって来る。
その後ろには口元だけ微笑んだアンスールがいた。
元気よく突撃してくるイスをしっかりと受け止めてやると、俺はイスを高い高いしてやる。キャッキャと喜ぶイスの笑顔は、日々の疲れを癒してくれた。
「おぉ、もうすぐ終わるところだ。それが終わったら遊ぶか」
「うん!!」
「今日は花札がしたいらしいわよ。ジン、今日こそは勝ってみせるわ」
「ふははは!!花札勝負なら負けられないな!!イカサマの見せどころだ!!」
「いや、イカサマ前提で話を進めてるのおかしくない?」
一気に賑やかになった聖堂は、暖かな空気に包まれるのだった。
この時、気づくべきだった。
“大天使様の言う通り、皆殺しにしたとして今後その土地の有効活用を考えなければ”
教皇は、一言も黒百合さんと言っていない。
俺達は“大天使”と聞いて黒百合さんを思い浮かべたが、教皇の言う“大天使”は別の大天使だと言うことに。
そうすれば、もう少し面倒事を減らせたかもしれない。
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