禁忌動く
ヌーレの様子とマリア司教とモヒカンのイチャつきを見せられた2日後、俺と花音はいつも通り溜まりに溜まった報告書の山に目を通していた。
ヌーレに無視されてガチ凹みしたイスを慰めてあげるのは簡単だった。やはり、イスは俺や花音が絡むとチョロい。
丸1日遊んであげたが、多分その時には既に機嫌は直っていたと思う。
「なんでヌーレは俺と花音には懐いたんだろうな。母親を殺した張本人と、誘拐犯なのに」
「私はともかく、仁は不思議だねぇ。でも、赤ん坊なんてそんなもんでしょ。なんとなく懐いた。それだけじゃない?」
「そうか?........流石に赤ん坊時代の記憶はないからな。俺がヨダレ垂らしてあうあう言ってる時に何を考えてたなんて、覚えてないや」
赤子の勘は意外と鋭い。
そんな話をどこかで聞いたこともあった気がするが、実際は分からないものだ。
イスが赤子の時は........ドラゴンだったし、生まれてから割と直ぐに俺達の言うことも理解していたから、参考にはならない。
だって生まれてちょっとしたら10歳前後の子供になってたからね。しかも、言葉はペラペラで普通に頭が良かったし。
1を教えたら10を理解するような子だ。参考になるわけが無い。
「その話は一旦置いておいて、コレ見てよ仁」
「ん?どうした?」
花音が持った報告書を受け取り覗き込むと、そこには“禁忌”ロムスが戦争に赴くと言った趣旨の内容が書かれていた。
場所はドワーフ連合国。
どうやら、ドワーフ連合国は神聖皇国に借りを作る気らしい。
「遂に“禁忌”を動かすのか。これで正連邦国はおしまいだな」
「“聖弓”が居ないからねぇ。破壊神との戦いで寝たきりだったし、今は失踪してどこにいるのかすらも分からない。“聖弓”レベルの戦力は無いから、蹂躙されて終わりかな?」
“禁忌”ロムス。
神聖皇国と言うイージス教の総本山とも言える国で、最強の冒険者。
その名はどう見ても女神を信仰する国には相応しくなく、どちらかと言えば裏社会に居そうな二つ名を持ったエルフが動き始めるというのだ。
俺が今こうして生きていられるのも、ロムスのお陰だと言って過言ではない。今ある知識の殆どは、ロムスから教わったものである。
彼のお陰で、食べられる植物やら危険な植物を見分けることが出来たし、エルフの魔術とやらを教えてもらったお陰で傷を負っても直ぐに回復できた。
この世界で頭の上がらない数少ない人物であり、俺と花音の恩人だ。
そんな人物が、遂に動くらしい。
「ロムスって大聖堂にある書庫を守ってたよな?」
「守ってたね。正確には、大聖堂の奥にある何かを守ってるみたいだけど」
「少し前に侵入者がいたみたいだし、書庫の奥に何があるのかは気になるな」
大聖堂の書庫。
一見普通の書庫に見えるが、その奥にある扉の先は潜入に特化した子供達ですら入り込むことはできていない。
近づけば結界に阻まれ、ロムスが子供達の気配を感じ取ってしまう。
精々できるのは、書庫から本をパクってくるぐらいだ。ロムスレベルの相手にバレずに本を盗み出せる時点で凄いのだが、現地にいる子供達は結界を突破できないのが悔しいらしい。
この前、チラッとシルフォード達の仕事場に顔を出した際、愚痴らしき報告書を見たので間違いない。と言うか、愚痴の報告書を送ってくることもあるのかと、その時は苦笑いをしたものだ。
「教皇の爺さんに言われたのかねぇ。ロムスが自発的に動くとは思えないし」
「だろうね。それだけ、教皇はドワーフ連合国に恩を売りたいのかな?それとも、早めに正連邦国を滅ぼしたいのか」
戦争中でも書庫を守っていた彼が重い腰を上げたのは、間違いなく教皇の命令だろう。
あの爺さん、もういつ死んでもおかしくない年齢になっているのに、元気だなぁ。
自分の代で戦争を終わらせたい為、結構急いでいる節がある。
まぁ、爺さんが死ぬと間違いなく権力争いが起こって、次期教皇を決めるための選挙なんかが行われたりするから戦争所ではなくなっしまう。
そうなれば、正教会国は反撃のチャンスを得る。
下手をすれば、負けてしまう可能性だってあるだろう。
教皇はそうなる前に、なんとしてでも戦争を終わらせたいのだ。
「戦争を早く終わらせたいのだったら、私達を使えばいいのに。その気になれば、一瞬で終わるよ?」
「俺達が厄災級魔物を仲間にしていなければ、そうしたかもな。神聖皇国に要請を出した国の殆どが神聖皇国に抗議と説明を求めてる。教皇は上手くはぐらかしてはいるが........これ以上対応したくはないんだろ。もし、正教会国に俺達の全戦力で殴り込みをかけたら、全世界からバッシング待ったナシだ」
「最終手段って事?私達を使うのは」
「流石に正教会国に殴り込みをかける時は参加させてくれるだろうが、厄災級は動かすなと言うだろうな。元々、この戦争に俺達が参加する理由はあの馬鹿共を殺すためだし、そこら辺は爺さんも分かっているから気を使ってはくれるだろ」
「あぁ、そういえばそうだったね」
と言うか、貴方が提案したんですけどね?この戦争。
今思えば、もっと穏便なやり方は幾らでもあった気がするが、あの時はテンションが上がりすぎていた。
そのおかげで、中国の国家予算レベルの金を持つことが出来たし、誰かに縛られることなく自由に生活できるのだから、一概にダメだったとは言えないが。
でも、一歩間違えたら死んでたから、安全マージンを取るならやらない方が良かったのかもしれん。
俺の考えを読み取ったのか花音は少し申し訳なさそうな顔をすると、上目遣いで俺を見る。
「怒ってる?」
「怒ってはないさ。こうして自由に世界を見れるのは花音のお陰だしな。神聖皇国にいたら間違いなくこんなに自由にはできない。死にかけたってだけで、死んではいないんだ。結果論だが、それでヨシ。だろ?」
「うん。私も、仁と一緒に居れて嬉しいよ」
俺が優しく花音の頭を撫でると、花音は甘えた猫のように身体ごと俺に擦り付ける。
なんか、マーキングされてるような感じだな。悪くないからいいが。
花音は満足するまで俺に身体を擦り付けると、機嫌のいい声で質問した。
「ねぇ、ロムスの戦争は見に行くの?」
「予定は入ってないし、見に行こうかな。神聖皇国最強の冒険者の実力を見せてもらうとしよう」
“禁術”と呼ばれる、魂を削って発動させる魔術を使うロムスの戦い。見てみるのが楽しみだ。
ヴァンア王国の時に禁術の跡を見たが、今回はそれを生で見ることが出来る。中二心を揺さぶるその魔術、是非とも見せてくれよロムス。
........ところで、この世界に来てから厨二病が再発症している気がするのだが、もしかしなくても黒歴史製造機君をバカにすることはできないな?
俺は気づきたくない真実に到達し、内心頭を抱えるのだった。
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