赤子の本能?
モヒカンを軽くシバいたあと、困り顔をしていたマリア司教に挨拶をする。
意中の人が来たのでウキウキで外に出迎えに行ったら、シバかれてるしその隣では如何に俺が可愛かったかを力説する花音と目をきらきらさせながら話を聞くイスがいるしで、彼女の頭の中は混乱していた事だろう。
「お久しぶりです。マリア司教」
「久しぶりですね。あの時以来ですから........大体半年ほどでしょうか」
「そのぐらいですかね。ヌーレは?」
「今来ますよ。ヘレナ!!」
マリア司教が孤児院に向かって声を上げると、1人の女の子が大きくなった赤ん坊を抱きかかえて表に出てくる。
ヘレナちゃんは、この孤児院の中では最年長の女の子であり、普段忙しいマリア司教の変わりに子供達の世話をするいい子だった。
たまに訪れる俺達にもかなり礼儀正しく、接していていい子だなというのがよくわかる。
マリア司教の教育が上手なのだろう。将来の夢は、マリア司教のようなシスターになる事だそうだ。
傭兵団の連中意外だとあまり懐かないイスが、少し懐いているのを見るに子供たらしな性格をしているのかもしれない。
ツインテールの赤髪を揺らしながら、コトコトとこちらへやって来る。その手の中に抱き抱えられた大きな赤ん坊は、少し不機嫌そうな顔をしていた。
「あっ、ジンさん、カノンさん、イスちゃん。お久しぶりです」
「久しぶりだな。また身長が伸びたか?」
「そうですか?シスターマリアも言っていましたし、ジーザンも言ってましたけど........」
「まぁ、本人は気付きにくいわな。自分の変化は案外分からないものだ」
「そうですね。おっと、ヌーレちゃんも皆に挨拶しようねー」
優しい声でヌーレに話しかけると、ヌーレは俺と花音とイスをしばらくじっと見て何かを思い出したかのようにヘレナの腕の中で暴れる。
「おいーる!!」
1歳半だと言葉を話し始めるぐらいの時だ。舌足らずなその言葉と、上手くいかない感情制御だが、それが赤ん坊らしくて可愛い。
イスはそこら辺全部すっ飛ばしたからな。勝手に言葉は学ぶし、感情制御もできる。あの忙しい島で子育てできたのは、間違いなくイスが賢かったからだろう。俺達が教えたことといえば、遊びと人として大事な物ぐらいだ。
ヘレナはヌーレが何を言いたいのか察すると、ヌーレを地面に下ろす。
ヌーレは既に1人で歩けるようで、トテトテと小さい歩幅で頑張って歩いてくると俺の前で立ち止まった。
「お?なんだなんだ?」
俺はしゃがみ込むと、ヌーレと視線を合わせる。しゃがんでも尚、俺の方が大きかったが、それは仕方がない。
コチラにやってきたヌーレは、更に俺に近づくと俺の足に抱きついてきた。
これはどういう事かと対応に困る俺だったが、モヒカンはどこか意外だという雰囲気を出しながらつぶやく。
「おお?珍しいな。ヌーレちゃんが直ぐに懐くなんて。マリアとヘレナぐらいにしか自発的に抱きつく事なんてしないのに」
「モヒカンもないのか?........いや、無いだろうな。こんな凶悪な見た目をしたオッサンに抱きつく程、ヌーレも馬鹿じゃなさそうだし」
「おいジン?俺はこう見えても子供に好かれる方なんだが?」
「子供にはな。赤子は別だろ?」
俺がそう言うと、モヒカンはガックリと肩を落とす。
見た目が凶悪なのは自覚があるのだろう。だからこそ、言い返せない。
ガックリと肩を落とすモヒカンを見て、ヘレナは気にすんなと言わんばかりにモヒカンの背中を優しく叩いてあげていた。
「大丈夫だよ。ジーザンがいい人だって孤児院の皆は知ってるから」
「おぉ、ありがとなヘレナ」
「うんうん。で、いつシスターマリアとくっつくの?」
「イデッ」
違った。優しさから背中を叩いたのではなく、奥手なモヒカンをシバくために背中を叩いたのか。
孤児院の子供から見ても2人はお似合いらしく、ヘレナとしてはさっさとくっついて欲しいらしい。
こればかりは本人同士による話し合いなので、俺は放っておくことにした。
それよりもヌーレだヌーレ。
母親を事故とはいえ殺してしまった俺に懐くと言うのは、正直心穏やかではない。いっその事殴ってくれた方が気が楽なのにな。
優しく頭を撫でてやると、ヌーレは更に抱きつく力を強くする。これが何を意味するのか分からないが、傍から見れば懐いているように見えるだろう。
しばらく俺に抱きついた後、今度は花音の方に歩きだす。
「お、今度は私か。私も懐かれるかな?」
「どうだろうな。赤子って危機察知能力が高いから、避けられるかもしれないぞ」
「じーんー?それ、どういう意味かなぁ?」
「そのままの意味さ。花音は危険だからな。接し方を間違えると死ねる」
「私、仁には優しいよ」
「俺にはな。それ以外だと?」
「ケースバイケース」
厄災級魔物ですら、花音の地雷は絶対に踏み抜かないように気をつけているのだ。
そんな、国を滅ぼすとまで言われる厄災級魔物に気を使わせる花音にヌーレは懐くのだろうか。
「あうー」
「お、キタキタ。どう?私にはハグするの?」
しゃがみながら両手を広げる花音。果たしてヌーレは花音に懐くのか。
「お?意外とすんなり抱きついたな」
「私も懐かれたみたいだねぇ。やったぜ」
顔を背けられても不思議ではなかったが、ヌーレは以外にもすんなりと花音の足に抱きついた。
花音が赤子に懐かれる........だと。
「ふふん。どうよ。この子は見る目があるよ」
「いや、無いだろ。俺に抱きつく時点で」
「確かに」
親の仇に懐く時点でアウトだよ。まだ赤ん坊だから分からないだろうが、いつか真実を告げる日は来るだろう。
この子が真実を知った時、どうするのだろうか。
そんなことを考えていると、今度はイスの方に向かって........行かなかった。
ヌーレは俺と花音に抱きついたので満足したのか、イスには見向きもせずにマリア司教の元に向かっていく。
「え?え?私は?」
「イスは........嫌われちゃったかな?」
「ま、まぁ、イスはちょっと特別だからな。本能的に感じ取って避けたのかもしれん」
直球すぎる感想を言う花音と、できる限りフォローに務める俺。
流石に“ドラゴン”という単語を出す訳には行かなかったので言葉を濁したが。
もしや、ヌーレはイスの中に眠るドラゴンの気配を感じ取ったのだろうか。
「えぇ、私も手伝ったんだけどなぁ........」
「あの時はぐっすり寝てたからな。気づけないのはしょうがないさ」
「普通にショックなの」
割とガチで凹むイスの頭を、苦笑いを浮かべながら優しく撫でてやる。
この落ち込み具合から見て、今日明日辺りはイスにいっぱい構ってやらないと拗ねるな。
「明日は遊ぶか」
「そうだね」
そう思った俺は、まだまだ手のかかる我が子を愛おしく思うのだった。
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