動き出す禁忌

 盛り上がる傭兵達に一旦別れを告げ、俺達は傭兵ギルドを後にする。


 どうせ夜にもう一度訪れるので、騒ぐのは夜中でいいだろう。ご近所迷惑?大丈夫。いつも煩いだろうから。


 傭兵ギルドを出て向かうのは、俺に意味深な助言を残したロリババァの元だ。


 “人類の祖と名乗る輩には気をつけろ”この助言を受けてから色々と調べはしたものの、これと言った有力な情報を得ることは出来なかった。


 半年近く調べても、その欠片にすら触れられないとなると本人に聞きに行った方が早い。


 そんな訳で、気配を消して目立たないようにしながら大通りを歩く。相変わらず監視をする視線を感じるが手を出してこない以上、放置するしか無かった。


 「“人類の祖”ねぇ。何か思い当たる事はあるか?」

 「あるなら言ってるよ」

 「だよな。イスは何か知ってるか?」

 「ひははいほ(知らないの)」

 「うん。物を口に入れながら喋るのは行儀が悪いから、ちゃんと飲み込んでから話そうな」


 なんて言ってるか分からねぇよ。


 傭兵ギルドで貰った干し肉をもぐもぐと食べるイスの頭を撫でてやりながら、俺は優しく注意する。


 食べ歩きも行儀が悪いかもしれないが、この街では割と食べ歩きする人を見かけるのでそこは注意しなかった。


 イスは口いっぱいに含んだ干し肉を飲み込むと、ニッコリと可愛い笑顔を浮かべながら謝る。


 「ごめんなさいなの。次からは気をつけるの」

 「うんうん。ちゃんと反省できて偉いぞイス。んで、何か知ってるか?」

 「知らないの。その“人類の祖”って言い方から、かなり昔の人なのかな?ぐらいにしか思わないの」


 人類の“祖”。


 つまり、人類の祖先という訳だ。


 マルネスがそういう意図で言ったのかは知らないが、普通に考えれば“祖先”に行き着く。


 「人類の祖先って行ったら、サヘラントロプス・チャデンシスとかアウストラロピテクスとかになるのか?」

 「それ、前の世界の人種でしょ。こっちの世界じゃ神様が人間を創造したって言われてるんだから、神話のお話に出てくる祖先じゃないの?」

 「ってことは、アダムとイブか。なんだっけ、神にそそのかされて食べてはいけない実を食べたんだっけ?」

 「そうそう。それで、人間は“原罪”を背負うことになったってお話だね。神話には興味なくて調べてないから詳しくは無いけど」


 魔法やら異能が存在する世界だ。アダムとイブのような存在が居ても可笑しくはない。が、もし居たとして、なぜマルネスは俺達に忠告してきたのだろうか。


 マルネスは一体何を知っている?


 「謎が多いな。マルネス。最初は美少女好きの変態かと思ったが、随分ときな臭い」

 「子供達の報告だと、特に何かしているわけじゃないらしいけどねぇ。一体何者なんだろう?」

 「さぁな。それが今日分かるといいが........多分何も話してくれないだろう。そういう奴だ」

 「無理やり聞き出す?やり方は幾らでもあるよ?」

 「辞めておけ。別に俺達と敵対しているわけじゃないんだし」


 サラッと恐ろしいことを言う花音。


 暗に“拷問でもしようか?”と言っているのは怖すぎる。


 この世界に毒されて、必要とあらばやるべきだと思うようにはなっているが、だからと言って好き好んでやるわけではない。


 さて、マルネスは素直に話してくれるのだろうか。


 俺はチグハグな服装をするロリババァが敵対しないことを祈りつつ、魔道具店に足を運ぶのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 ドワーフ連合国の首都では、とある会議が開かれていた。


 国の最高戦力である“破壊神”ダンを失ったドワーフ連合国は、正連邦国への打撃を失い攻めあぐねている。


 “破壊神”が死んだ事により士気が低下すると思われていた戦場だったが、寧ろ敵討ちをしてやるとばかりに士気が上昇し、国境部まで押せたのは誤算だった。


 しかし、勢いだけでは限界がある。


 集まった9人の長老達は頭を抱えていた。


 「まさか“破壊神”がこの世を去るとは........」

 「“聖弓”が我々の想像を遥かに超える程強かったという訳だ。“破壊神”は我が国のために尽くしてくれた」

 「うむぅ........惜しいドワーフを亡くしたものよ。帰ったら酒を飲む約束をしていたんだがのぉ」


 完全にお通夜ムードの中、女性のドワーフが空気を切り替えるように手を叩く。


 “破壊神”の死は悲しむべきものではあるが、今悲しむ時ではない。“破壊神”の死を無駄にしないように、正連邦国に勝利する事が第一であった。


 「“破壊神”ダンの死は悲しいですが、今はそれ所ではありません。私達はなんとしてでも正連邦国に勝たなければならないのです」

 「その通りだ。言い方は悪いが、ダンは“聖弓”を戦闘不能に追い込むという最低限の仕事は果たしてくれた。残りは我々で何とかしなければならん」

 「ところで、聞いた話だと“聖弓”が失踪したと言っていたが、本当か?」


 ドワーフ連合国にも諜報機関はある。種族の見た目と相手国家の特性上、市民に紛れて生活するなんて事はできないが、潜入調査ぐらいはできる。


 そこからの情報で“聖弓”が失踪したという情報が入ってきていた。


 「おそらく本当なのだろう。だからこそ、今がチャンスだ。最大の攻撃力で、敵軍を打ち滅ぼせばいい」

 「しかし、そんな攻撃力は無いぞ。“破壊神”程の強さを持った者は居らん」

 「分かっている。我が国だけでは膠着状態が続くだろう。時間をかけ過ぎれば、再び“聖弓”が姿を現すかもしれん。だから、要請を出すのだ」

 「どこかの国に、軍の派遣を頼むのか?」

 「そうだ。戦力が余っており、我らを助けることによって恩を売れる国だ」


 長老の1人は一旦そこで言葉を切ると、手に持っていた紙をテーブルの上に置く。


 そして、もったいぶってその国の名前を告げた。


 「イストレア神聖皇国。そこに支援を求める」

 「........我らは以前、彼らの要請を断ったと思うが?」

 「分かっている。ほぼ間違いなく向こうはコチラに不利な条件を幾つか叩きつけて来るだろう。しかし、援軍が見込める国はそこしかない」

 「大エルフ国や合衆国はどうだ?」

 「どの国も各国の最高戦力が動いている。しかし、神聖皇国だけは未だに動いていない。“禁忌”を借り受けられれば、勝ちは揺るがぬ物になるだろう」

 「........断られたらどうする」

 「ふん。あの大国を指揮する人物が、そこまで愚者だとは思えん。我らに恩を売れる上に、ドワーフの技術やらを持って行けるのだ。さらに、奴らの目的は絶滅戦争。どちらにしろ、正連邦国を滅ぼす。ならば、我らに面倒ごとは押し付けてしまった方がいいだろう?」


 髭の長い長老はそう言うと、他の長老達の顔を見渡す。


 デメリットは多少あるがメリットも大きい。


 あの“禁忌”が戦線に出張ってくれば、勝ちは揺るがないものになるだろう。


 「採決を取りたいがいいか?それとも、もう少し話し合いをするか?」

 「いや、採決でいい」


 こうして、ドワーフ連合国は神聖皇国に援軍を要請し、神聖皇国はこれを受諾。


 遂に、“禁忌”が動き出すことになったのだ。

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