おばちゃん強すぎでは?

 何かを探るような視線を向けられつつ、俺達は傭兵ギルドに辿り着いた。


 流石に視線の主達も、世界最強の傭兵団と言われていた“狂戦士達バーサーカー”をフルボッコにした俺達に接触するのは怖かったようで、何かをしてくることは無かった。


 面倒事は避けたい俺にとってはありがたいので、このまま大人しくしていて欲しい。


 “見せもんじゃねぇぞコラ”とか難癖を付けに行くのも、それはそれで楽しそうだが。


 久々に訪れた傭兵ギルドだが、特に外観が変わった様子はない。この街の顔役となったとはいえ、半年ぽっきりで改築をできるほどの資金は無いようだ。


 「人の反応が多いな。こんな朝っぱらっから飲んだくれてるやつがこんなにいるのか?」

 「わかってて言ってるでしょ。知らない反応も多いし、タンジュンに人が増えただけだと思うよ」


 俺が適当な事を言うと、花音がマジレスをしてくる。


 マジレス警察がこの場にいれば、花音は逮捕待ったナシだ。


 軽く肩を竦めた後、俺は傭兵ギルドの扉を開く。


 傭兵ギルドの中は、花音の言った通り知らない顔も多く、コチラを見定めるような視線を向ける輩が結構いた。


 そして、俺達の正体が何者なのか勘づくと、慌てて視線を逸らす。


 どうやら、戦争で暴れまくった時に彼らに恐怖を植え付けてしまったようだ。


 イスを連れている俺達を見て、何も知らない傭兵の数名が絡もうと席を立ったが、無理矢理止められているのを見るに、俺外観想像しているよりも恐れられているのだろう。


 残念。絡まれたらボコれたのに。


 「今、“残念。絡まれたらボコれたのに”って思ったでしょ」

 「思ってない思ってない。最近のストレスを発散できるなぁとかでも思ってないから」

 「思ってるじゃん」


 相変わらずエスパー過ぎる花音の思考読みを軽く流しつつ、俺は日が昇って間もないにも関わらず酒を飲む傭兵に声をかけた。


 まだ昼にもなってないと言うのに、酒を嗜むとは随分とダメ人間に磨きがかかっているな。


 「よう。ダメ人間。朝から飲む酒は美味いか?」

 「あん?........おぉ!!ジンじゃないか!!久しぶりだな!!」


 朝っぱらから酒を飲むダメ人間ことモヒカンは、俺の顔を見ると凶悪な笑みを浮かべる。


 この顔で孤児院の子供達とか遊んでいたら通報されるだろうなと思いつつ、おれはモヒカンの前野席に座った。


 「久しぶりだな。俺は悲しいぜ。モヒカンが朝っぱらから酒を飲むダメ人間に成り下がって。これはシスターに報告しないといけないな。こんなダメ人間と結ばれたら生活が大変だぞって」

 「ハハッ!!相変わらずの口ぶりだな。神聖皇国と正教会国がドンパチ始めるちょいと前から居なかったから........半年ぶりか?こっちの戦争も忙しくて来れなかったんだろ?」

 「そうだな。その代わり、ウチの団員を送り込んだ。役に立っただろ?俺の部下達は」

 「役に立ったつーか、役に立ちすぎて皆ドン引きだったな。ジンの部下だから強いんだろとは言っても思って見ていたが、あそこまでとは流石に思わなかったぞ。そのお陰で死なずに済んだし、戦争に勝ったから感謝しかないがな」


 モヒカンはそう言うと、木でできたジョッキに入ったエールを全て飲み干す。


 この飲みっぷりからして、今日は完全にオフの日なのだろう。


 多分、酒を抜いた後に教会に行くはずだ。


 俺は朝食代わりに串焼きを幾つか注文した後、モヒカンとか話を続けた。


 「顔を見ない連中が増えたな。知り合いも何人かいるが、殆どが新顔だ」

 「冒険者ギルドから流れてきた奴が殆どだがな。こっちは傭兵ギルドだってんのに、魔物討伐の依頼が結構来るんだよ。そのお陰で仕事に困ることは無いが、正直すこし迷惑だ」

 「朝っぱらこんだけ煩いんだから、夕方は最悪だろうな」

 「全くだ。今やお前達が来た時よりもうるせぇ」


 それは本当に煩いな。俺達が来た時も結構煩かった記憶があるのだが、それ以上となると近所迷惑なんてレベルじゃない。


 大丈夫?毎日クレーム来てない?


 チラリと受付のカウンターを見ると、いつもの無愛想なおばちゃんの他にも何人か受付をしている人がいる。


 人が増えすぎたせいで、おばちゃん1人では仕事が捌ききれないのか。


 俺の視線に気づいたモヒカンは、少し可哀想な目でおばちゃんを見つつ簡単に説明してくれた。


 「仕事が増えすぎてな。冒険者の仕事まで流れてくるもんだから、そのノウハウを持っている奴を冒険者ギルドから引き抜いたんだ。もちろん、真面目に働いてきた奴だけを狙ってな。そのせいで更に冒険者ギルドとの仲が悪くなっちまったが.......それは別問題として、知ってるか?今やおばちゃんは副ギルドマスターなんだぜ?」


 もちろん知っている。子供達の情報網を舐めては行けない。


 が、ここで“知っている”と言うと、面倒くさそうなので素直に驚いておいた。


 「へぇ、大出世じゃないか。と言うか、副ギルドマスターが居ないのが可笑しいと思うんだがな」

 「それはそうだな。そんな訳で出世したおばちゃんなんだが、そのせいで出世欲の高いやつからやっかみを受けてな。それで一度大事になったんだよ」

 「大事?」

 「その出世欲が強い新人が喧嘩を吹っ掛けておばちゃんにボコられた」

 「そいつは中々にクールだな」

 「しかも相手は元銀級シルバー冒険者の男だ。魔物にやられて体を壊しちまったらしいが、それでもそこそこは強い奴だったと思うぞ」


 おばちゃん強すぎやろ。


 そろそろ還暦に近い年齢のはずなのだが、それでも一回り若い男をボコったのか。


 モヒカンがそこそこ強いと言うぐらいだ。本当にそこそこは強いのだろう。


 それに勝てるおばちゃんって一体........?


 「おばちゃん強すぎないか?」

 「強すぎだな。少なくとも、孫の顔を見るのを楽しみにしている婆さんとは到底思えない強さだ。まぁ、荒くれ者が集まる傭兵ギルドの受付嬢をやっていくには、強さも必要だったって訳だな」


 いや、そんなレベルじゃ無いだろ。


 俺達の中では強さがインフレしすぎて灰輝級ミスリル冒険者が最低ラインの基準になっているが、この世界での銀級シルバー冒険者と言うのはとんでもなく強いのだ。

 

 もちろん、銅級ブロンズに近い銀級と金級ゴールドに近い銀級とでは強さが違うが、それでも銀級は一般人を片手間に殺せる程度には強いのである。


 そんな強さを受付嬢をやっているだけで手に入れたおばちゃんは、最早人外の領域と言っても過言では無いかもしれない。


 「おばちゃんってすげぇんだな」

 「すげぇよ。伊達に長年ここの受付嬢をやっているわけじゃないんだ。その一件以降、皆おばちゃんの言うことには従うしな」

 「そりゃ従うだろ。逆らったら殺されそうだ」

 「ははは!!違いねぇ。その男も不運だったな。なまじ出世できそうな環境だったから欲が出ちまった。冒険者ギルドの時みたいに真面目に生活していれば、牢にぶち込まれなくて済んだのにな」

 「欲は人を惑わせるって訳だ」

 「そういうこった。俺達も気を付けないとな」


 モヒカンはそう言うと、もう1杯エールを頼むのだった。


 まだ飲むんかい。

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