蛙の子は蛙
半年ぶりに踏み入ったバルサルの街は、特に何か変わった様子は無かった。
たった半年で大きく変わられても困るのだが、戦争があったにもかかわらず暗い顔をしている人がいないのはそれだけ亡くなった人が少ないという事だろう。
子供達の報告書でアゼル共和国軍の死亡数を見たのだが、数百人程度しかしんでいなかったし。
下手をしたら、バルサルの兵士達は1人も死んでいないかもしれない。
しかし、ほとんど変わらない街並みだとしても変わったところもあるようで........
「視線を感じるな」
「街の人達が私達を見る視線じゃなくて、明らかにコチラを意識した視線だね。しかも、隠し方が上手だよ。悪意は無そうだけどどうする?」
「ほっとけ。下手に絡むと面倒事になりそうだ」
「向こうから絡んできたら?」
「相手次第だな。高圧的なら叩き出すし、丁寧なスカウトなら丁寧に対応するさ」
バルサルに入った瞬間から俺達に視線を向ける輩が何人かいる。子供達が既にマークしておりいつでも殺せる状況にあるが、流石に何もしていないのに殺すのは躊躇われた。
お前俺を見たから死刑な。なんて理不尽な殺され方を相手もしたくは無いだろう。
あまりに高圧的で、ウザかったら帰り道に不幸な目に会うかもしれないが。
見ているだけならセーフである。
「ひぃふぅみぃ........だいたい8人ぐらいかな?アゼル共和国は私達を怒らせるとヤバいって分かってそうだから、ジャバル連合国と大エルフ国の面々かもね」
「それ以外に考えられないわな。神聖皇国の面々は帰ってるし」
「サラを引き入れたいの?」
可愛らしく首を傾げて質問してくるイスだが、その目は明らかに捕食者の目をしている。
元がドラゴンなイス。その目は見るもの全てを震えがらせるだけの何かがあった。
「大エルフ国はそうだろうな。精霊ってエルフにとって大事な隣人だ。それを操る精霊使いはなるべくな国にいて欲しいんだろ」
「シルフォードとサラを連れてく奴は許さないの」
「そうだな。そうなれば今度は大エルフ国との戦争になっちまう。向こうが賢い事を祈るとしよう」
イスの数少ない友達であるサラ。二人が仲良く遊んでいる話しはよく聞く。
まぁ、その内容が“イスの世界で怪我をさせない程度に殺し合い”とか言う物騒なものだったりするのだが、本人達が楽しいならそれでいいか。
2回ほど実際に2人が遊んでいるところを見たことがあるが、最早遊びというより終焉戦争だった。
凄いよね。太陽の如く燃え盛る炎と全てを凍てつかせる氷がぶつかっている光景は、神話の世界と錯覚してもおかしくない。
それでいながら、当の本人達は楽しそうに笑っているのだから、見る人によっては狂気を感じるだろう。
俺は僅かに冷気が漏れ出すイスの頭を優しく撫でて落ち着かせてやる。このまま放っておくと監視を殺しに行きそうな勢いだった。
「まだサラ達に危害を加えようとしているかどうかは分からないからな。落ち着け」
「........ごめんなさいなの」
「気持ちは分かるけどな。世の中、感情だけで生きていくのは無理なんだ。理性もしっかりと保つように」
ちょっと親らしい事を言いつつシュンとするイスを抱き抱えてやると、イスは嬉しそうに頬を俺に擦り合わせる。
イスの冷たく柔らかい頬が俺の体を冷やす横で、花音はボソリと呟いた。
「“面白そう”って言う感情で動く人が何か言ってるよ」
「花音?聞こえてるんだが?」
「聞こえるように言ったんだよ?人の振り見て我が振り直せ。仁も理性をしっかりと保つようにね?」
「うぐぐ。花音も人のこと言えるのか?」
「言えないねぇ。私も感情で動くタイプだから。でも、仁よりはマシかも?」
「似たりよったりなの。そんな2人を見て育ったから、私も感情で動くの」
イスにトドメを刺された俺達は、お互いに顔を見合わせると仲良く笑い会うのだった。
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影が潜む隠れ家。その隠れ家に、魂を持った人形は現れる。
「帰ったぞ」
「おや、随分と早い帰りだね。どうだったんだい?」
影の問いかけに、人形は軽く頭を掻きながら首を横に振った。
「無理。潜伏しててもすぐに見破られたし、何よりあれは強ぇ。宝物がなければ、捕まってたな」
「だろうね。暴食の魔王が復活した際の混乱を狙って悪魔を送り込んだけど、それでも突破は出来なかったよ。彼らは自身の能力で逃げれたけど、かなり危なかったみたい」
「まじかよ........ところで、アレも盗まないといけないのか?そうなると盗みに特化した異能が必要だぞ。おい魔女さんや。異能を研究していたアンタなら盗みに特化した異能の持ち主とか分かるんじゃないのか?」
人形がそう声をかけると、魔女と呼ばれた女は小さく溜め息をつく。
手に持ったコップをテーブルの上に置くと、呆れながら首を横に振った。
「分かるわけないですよ。私が分かるのは、受け継がれる異能の大まかな周期ぐらいです。それだって100年単位でズレるんですよ?それに、盗むに特化した異能の持ち主がいたとしても、あの“禁忌”には敵いませんよ」
「え"、それじゃどうするんだよ」
「まぁ、絶対に必要と言うわけではないのでいいでしょう。正教会国の方にある物は必ず必要ですが」
魔女はそう言うと、再びコップを持って中に入っていた紅茶を飲み干す。
口の中に広がった苦味と甘みが、今の魔女の心情だった。
「もうしばらくは暇です。悪魔達もやることが無くて休暇のようになっていますし、私達も休暇を楽しみましょう」
「悪魔達の休暇とかどんな感じなんだ?俺はアイツらに恨まれてるから、滅多に顔を合わせないんだよなー。合わせても、舌打ちされるし」
「この前はバーベキューパーティーしてましたね。ワイバーンの肉と人里で買った野菜を焼いて、皆でエールを飲んでいましたよ」
「マジか。俺の中にある悪魔像が崩れていくんだけど。もしかして、炭火で焼いてた?」
「炭火?」
「あぁ、それは知らないのか。炭火を作って持って行ったら、俺も入れてくれるかな?」
「行く気かい?それはやめておいた方がいいと思うけど?」
真面目に考え始める人形に、影は本気で心配しながら声をかける。
人形と悪魔の仲は悪いなんてもんじゃない。下手をしなくても魔女より嫌われている。
人形は過去のことだからと割り切っているが、悪魔は過去を割り切れるほど大人ではなかった。
「いやでも、同じ目的を持った仲間なんだから、コミュニケーションは大事だろ?過去のことは水に流して仲良くできた方がいいじゃん?」
「それはそうだが........大丈夫なのか?」
「呉越同舟って言うだろ?........いや、その場合は違うのか?まぁ、なんとかなるっしょ」
人形はそう言うと、善は急げと言わんばかりに色々と用意し始める。
その様子を見て影は魔女に話しかけた。
「大丈夫なのかな?」
「多分........?コミュニケーション力は高いので、何とかなりそうな気もしますがね」
その後、心配になって二人が様子を見に行くと、悪魔達と仲良くエールを飲む人形が目に入り、大いに驚くことになるのだった。
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