眠れる姫の失踪

 獣王国と正共和国、ドワーフ連合国と正連邦国が戦争を始めてから三ヶ月近くが経過した。


 各地の戦況は世界中に散らばっている子供達によって毎日報告が届き、戦場を見ることも無くどこがどのように優勢なのかを把握することが出来た。


 「正共和国はおしまいだな。獣王が強すぎる」

 「“獣神”ザリウスだね。“聖盾”を殺して一気に優位に立てたのが大きかったかな?」

 「だろうな。“聖盾”は唯一“獣神”とやり合える戦力だったんだ。それが死んじまったら対応のしようがない。“剣聖”は未だに動く気配が無いし、“聖弓”は意識不明の重体。正教会国も正連邦国も戦線を抱えている以上、援軍を送るのは難しいしな」


 正教会国も正連邦国も割とギリギリで戦線を保っている。


 特に、正連邦国はかなり苦しい状況であり、既に最初の戦場となった属国は灰になっていた。


 現在では正連邦国の国境部で戦いが起きており、ドワーフ連邦国の方が優勢らしい。


 俺は、手に持った報告書を長椅子の上に置くと目頭を軽く指で押えて目をほぐす。


 ここ半年近くずっと報告書と睨めっこしているので、とてつもなく目が疲れるのだ。慣れているとは言え、疲れるものは疲れる。


 この世界にも目の疲れを取ってくれる医薬品とか無いのかなと割と本気で思うぐらいには、疲れが溜まっていた。


 花音は目頭を抑える俺の頭を軽く撫でた後、俺の置いた報告書を手に取って軽く目を通す。君は疲れてなさそうで羨ましいよ。秘訣があったら教えてくれ。


 「正共和国は首都近くまで攻め込まれてるんだねぇ。しかも、上の連中はみんな逃げ出してるんだ」

 「あぁ、お陰で士気はだだ下がり。聖盾が死んでから士気は下がりまくっていたが、上が逃げたことによって投降する兵士もかなり増えてるな。まぁ、この世界に捕虜の条約とかないから基本豚の餌にされてるんだが........」

 「すごいね。第一次世界大戦でも捕虜に対する扱いとかは一応決まりがあったのに」

 「決まりがあったと言っても、条約に署名した国同士にしか効力を発揮しないけどな」


 獣王国は、投降してきた兵士達を一旦受け入れる振りをして秘密裏に処分しているそうだ。


 投降しても殺されると分かれば、全力で抵抗してくるのは分かっているからな。汚いやり方だとは思うが、残念ながらこれが戦争である。


 このやり方に獣王も何も言わない辺り、捕虜という考え方はないのだろう。


 物資を余計に消費しなければならないし、殺した方が手っ取り早いのは間違いない。こういう時に冷徹な判断を下せるからこそ、彼は獣王として獣人達に愛されているのだと思った。


 だったら白色の獣人も愛してやれよとは思うが、歴史がそれを許さないのだろう。


 白色の獣人がなぜ“災いの子”と呼ばれるのか。


 子供達に調べさせているものの、未だにその理由は分からない。闇に葬られた歴史の中にその答えが眠っているのだろうが、その闇を見つけ出すことができていなかった。


 「それにしても、“聖盾”は弱かったね。“破壊神”と“聖弓”は三日三晩も戦ったのに、“獣神”と“聖盾”は1時間も経ってないよ」

 「“聖盾”が弱いってよりかは、“聖盾”は弱っていたって方が正しいかもな。アイツ、11大国を代表する冒険者を4人相手にしたすぐ後に“獣神”と戦っているし。前に1度見た時は、そこまで弱いとは感じなかったぞ」

 「へぇ、流石に疲れが残っていたのかな?」

 「多分な。聖盾の使う能力がどんなものがイマイチ分からないからなんとも言えんが、少なくとも俺はそう思ってるぞ」

 「ふーん。そっか」


 盾を持った時の圧倒的存在感は、正しく強者そのものだった。


 強欲の魔王に多少苦戦を強いられていたものの、厄災級魔物と同列に扱われてもおかしくない魔王に正面から立ち向かえるだけの強さはあったと思う。


 そんな聖盾があっさり殺られたのは、“獣神”が強かったのはもちろん、獣神と戦う前にかなり力や体力を消耗していたからだろう。


 それでも、最後の最後で“獣神”の右腕をへし折ったのだから流石である。


 花音は“聖盾”を見たことがないので、興味無さそうに適当に頷くだけだった。


 「ドワーフ連合国と正連邦国の戦争もドワーフ連合国が押してるんだよな。正直、これは意外だったぞ」

 「ドワーフ連合国の切り札とも言える“破壊神”が“聖弓”によって討ち取られたにもかかわらず、戦争自体は有利に進んでいるようだね。“破壊神”との戦闘で“聖弓”も死にはしないものの、かなりの重症を負ったみたいだし」

 「意識不明の重体か。確か“聖弓”はドワーフを恨んでたよな?」

 「子供達の調べによると“聖弓”は、幼い頃に家族や村をドワーフの盗賊に殺されてるみたいだね。それが影響して“ドワーフ”と言う種その物を恨むようになったとか」

 「“個人”ではなく“種”を恨んだのか。この盗賊が人間だったらどうなっていたんだろうな?」


 “盗賊”を恨むのか、“人”という種を恨むのか。


 俺の素朴な疑問に、花音は肩を竦めて答える。


 「それはその時次第でしょ。ただ、“人”を恨む場合は自分も憎くて堪らないと思うよ」

 「確かにそうだな」


 その時次第。


 なんとも返答に困る回答をした花音に、俺は少し困りつつ苦笑いを浮かべた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 なんとかドワーフ連合国の追撃を逃れた付き人は、ベッドの上で目を覚まさない聖弓を悲しげに見つめる。


 “破壊神”を倒すと同時に倒れた付き人の友人は、1ヶ月経っても目を覚ますことは無い。


 世話をするのは簡単だ。


 普段よりも少し面倒にはなるものの、基本的にやることは変わらない。


 しかし、何をしても何を言っても返ってこない。


 普段聞いている“ありがとう”の5文字ですら、付き人は恋しくて堪らなかった。


 「何時になったら帰って来るんですか?私は........私は、貴方の付き人なんですよ。お礼の1つぐらい言ってくれても良いじゃないですか」


 目を瞑り、眠り続ける聖弓から返ってくるのは静寂のみ。


 医師の話では、死ぬことは無いもののいつ目を覚ますかは分からないと言われていた。


 付き人は泣きそうなのを堪え、ベッドの横に座って静かに乾いた喉を紅茶で潤す。


 その時だった。


 「あらあら、随分と悲しそうな顔をするのですね」

 「──────────?!」


 唐突に後ろからかけられた声。


 付き人は驚きつつも、素早く飲んでいた紅茶を後ろへとばら撒き目潰しをしようと目論む。


 「ちょっ、服が汚れるから辞めて下さい。コレ、洗うの大変なんですよ。いやホントに」


 声の主は、割と本気で嫌そうな声を出しながら紅茶の雨を避けた。


 「誰だ?!」


 ベッドに眠る聖弓を背に守るように立ち塞がりながら、付き人は声の主に殺気を向ける。


 声の主はにっこりと笑うと、優雅に一礼をしながら自己紹介をした。


 「初めまして。私は“魔女”。その眠れる姫を起こしてあげましょうか?」


 その日、聖弓とその付き人は失踪した。

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