暇つぶし②

 ヨルムンガンドをシルフォードに取られてしまったので、俺は1人寂しく森の中を歩いていく。


 別にその場に居座ってもいいのだが、俺は空気の読めない男ではない。


 2人だけの世界に野郎は必要ないのだ。俺はこういう時傍観者でいたい。


 百合の間に挟まる男とか絶対に許すまじ。挟まった瞬間にぶち殺したくなってしまう。


 今回の場合は魔物と少女の話だが、それはそれで尊いのでヨシ!!


 何気に三姉妹と厄災級魔物達のイチャコラを見るのは好きだ。普段厳つい顔をしている厄災達の顔が、かなり緩んでいるその姿は見ていて和むものがある。


 殺伐としたこの世界の癒しは、相当なものだ。


 特に漫画や小説の文化があまりないこの世界だと、こういうほっこりとしたものを見る機会は少ないからな。


 そんなわけで、森をのんびりと歩いているとものすごい勢いで走ってくる魔物の反応が2つ。


 ついでに人間らしき魔力まで感じるとなれば、思い当たる人物は1つしかない。


 「やっほー!!団長さん!!」

 「ゴルゥ!!」

 「「「ガル!!」」」


 “地獄の番犬”ケルベロスに乗ったトリスが、大きく手を振りながらこちらへ向かってくる。


 その横には元気いっぱいのマーナガルムが並走していた。


 マーナガルムは途中でスピードを落とすと、俺に飛びついてきて押し倒す。


 何も知らない人から見れば、魔物に食われるんじゃないかと勘違いされそうだが、マーナガルムが俺を食う事など万に一つもありえない。


 俺を傷つけないように優しく押し倒したマーナガルムは、ぺろぺろと俺の頬を何度も舐めると嬉しい犬のように尻尾をブンブン横に振る。


 これが、かつて太陽を失墜させたと言われる厄災級魔物の姿なのだから驚きだ。


 厄災級魔物研究家なるものがいれば、この姿を見て困惑するに違いない。


 だってやってる事が犬と変わらないんだもん。


 「くすぐったいぞマーナガルム」

 「ゴルゥ!!」


 俺は機嫌よく頬を舐めるマーナガルムの鼻先を軽く撫でてやると、マーナガルムはさらに興奮して俺にもふもふな毛並みを押し当ててくる。


 あの島にいた頃は花音を気に入ったフェンリルに対抗して、もふもふを俺に味あわせていたが、今となっては純粋に俺にもふもふを楽しんで欲しくて押し当てている。


 高級カーペットですら味わえないであろうその柔らかい毛並みは、いつ触っても飽きることは無い。


 「あはは。マーナちゃんは本当に団長さんのことが好きなんだねぇ。こうしてみると可愛いお犬さんだよ」

 「全くだな。マーナガルム、背中に乗せてくれないか?」


 もふもふな顔を堪能するのもいいが、あまりやりすぎるとくすぐったくなってしまう。俺に顔を押し当てて満足したのか、マーナガルムは一旦俺から離れると腰を下ろして“早く乗れ”と言わんばかりにこちらを見てくる。


 少し焦らしてやりたい気持ちが芽生えるが、以前それをやってガチめに拗ねられたことがあるのでやめておくことにした。


 あの後機嫌を取るのが大変だったなぁ。


 拗ねてしょぼんとした顔は可愛かったが、その全身から溢れ出る悲しいオーラは近くにいて耐えられるものではなかったのを覚えている。あれ以降、マーナガルムを拗ねさせるのはやめようと心に誓ったものだ。


 俺はさっさとマーナガルムの背中に乗ると、マーナガルムは元気よく立ち上がる。


 そして、ゆっくりと森を歩き始めた。


 「マーナちゃん、本当に団長さんのこと好きだよねぇ。恋愛感情はないみたいだけど」

 「恋愛感情があったら困るがな。俺は花音一筋だぞ?」


 ゆったりと森の中を歩きつつケルベロスの背中に乗ったトリスは、ケラケラと笑う。


 初めて会った頃のビビり様はどこへやら、すっかりこの傭兵団に馴染んで厄災級魔物を恐れるようなことはなくなった。


 「団長さんと副団長さんはいつも一緒にいるからねぇ。結婚して........ないんだっけ?」

 「まだしてないな」

 「アレで?」

 「アレで」


 なぁなぁな関係になっていると、そこら辺の線引きもなぁなぁになる。


 いつかは人生の墓場に埋もれるつもりだが、いつになるのやら。


 トリスは俺の顔をじっと見た後、何かを察したようでにっこりと微笑んだ。


 「まぁ、私が気にすることじゃないか。それより団長さん。最近アゼル共和国に不審な人物が入ってきたって知ってる?」

 「あん?何の話だ?」

 「あまり重要そうじゃなかったから報告書からは弾いたんだけど、一応気になってね。戦争とは関係ないんだけど、最近アゼル共和国の首都に灰輝級ミスリル冒険者並の実力を持っているであろう人物が入ってきたんだよ。んで、子供達の報告だとどうも暗殺者っぽいんだよね」

 「へ?暗殺者?」


 予想外な単語を言われ、思わず変な声が出る。


 暗殺者はさすがに予想外だった。


 「そう、暗殺者。血の匂いが濃くて、どこか闇の住人の気配がするみたいだよ?監視はつけているから問題ないとは思うけど、一体誰を暗殺するんだろうね?」


 興味なさげに首を傾げるトリスだが、それは結構重要な話なのでは無いのだろうか。


 暗殺者する人物なんて、大体絞れる。


 特に、実力者が誰かを暗殺する際は決まって権力者なのだ。


 そう思っていると、トリスは笑顔を崩さずに言葉を続けた。


 「通り道に寄っただけかもしれないけどね。今まで何度もそういうことあったし」

 「え?そんなことあったの?」

 「うん。報告はしてないけど、明らかに暗殺者だなって言う人が街を訪れてたことは何度もあるよ。アゼル共和国だけじゃなくて、神聖皇国とか他の国にも。でも、大抵の場合は素通りしていくから問題なかったかな。何回か仕事できてたみたいだけど、私達にとって重要な人物を暗殺しに来た訳ではなかっし」

 「そんなことがあったのか........でも、なんで今回は報告したんだ?」


 俺がそう聞くと、トリスは可愛らしく首を傾げて人差し指を口元に当てる。


 シルフォードといいトリスと言い、姉妹は似たような動作をすることが多いな。


 妹は姉を見て育つとはよく言ったものだ。そんな言葉があるのか知らんけど。


 「んー、勘かな?なんとなくその暗殺者さん、私達にとって重要な人物を暗殺しに来ていると思うんだよね。確証がないから報告書には書かなかったけど」


 トリスの勘か。


 以前、魔王復活に関しての話し合いをした時、トリスだけバラバラに復活すると言っていたな。


 根拠も無く、ただの勘と本人は言っていたが結果はトリスの言う通りだった(全てバラバラに復活した訳では無いが)。


 トリスの勘はよく当たりそうな気もするし、一応記憶の片隅に入れておくとしよう。


 もし知り合いが暗殺されそうならば、助けに行った方がいいかもしれないしな。


 「分かった覚えておこう」


 俺はそう言いながら、マーナガルムの背中を優しく撫でると、マーナガルムは嬉しそうに小さく“ゴルゥ”と鳴くのだった。

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