暇つぶし①
報告書に目を通し終えると、俺は聖堂を出て庭を歩く。
二年近く住んでいるこの拠点は、今も尚美しい景観を保っていた。
凝り性のドッペルが暇を見つけては森の手入れをしており、最近ではここら辺ではあまりみない動物も見るようになっている。
ウロボロスの結界によって人間という驚異が完全に無くなり、俺達によって魔物の脅威が減ったこの森は弱い動物たちにとって楽園そのものだ。
厄災級魔物という驚異こそあれど、何もしなければ特に害はないと分かれば動物たちが集まってくるのも無理はない。
影で感じをする子供達も、動物は食料にならないみたいだしな。
どうも、魔物は魔力の籠った肉の方が好きらしく、動物の肉などは余程腹が空いてない限りは襲わないそうだ。
ゴブリンとかスライムみたいな弱い魔物になると話は違ってくるのだが、最低でも上級魔物しか居ない子供達は態々動物を襲わない。
よって、動物たちの楽園がここに完成したのだ。
「今日も元気だなぁ」
「ピピッ!!」
最近、森の中を歩くと鳥達が近寄ってくることがある。
敵対している訳ではなく、俺の周りを少し飛ぶと近くに羽を休めるのだ。最初はどこかから監視でも飛ばされか?と疑ったが、魔力の流れを感じない。
影に隠れている子供達ですらも見つけ出す程にまで成長した魔力感知ですら、掻い潜るような相手はそうそういないだろう。魔石も無さそうだし本当にただの動物だ。
これは鳥のモテ期が来たか?
蜘蛛や蛇、更には心霊現象にまで好かれた俺に新たなモテ期が来たのかも知れない。
........そういえば心霊現象は、この世界に来てから全くと言っていいほど遭遇していないな。もしかしたら鳥に好かれるに入れ替わったのかも........?!
そんなくだらないことを考えながら歩くと、目的の人物の姿が見えてくる。
人物と言うか魔物か。
鳥達を頭に乗せ、さらには兎や鹿などの動物も侍らせているその魔物は、俺を見つけるとゆっくりと体を起こした。
『団長さん。どうしたの?』
触手を使って器用に地面に書かれた文字。
言葉を話せない代わりに、文字を覚えた厄災級魔物“死毒”ヨルムンガンドが可愛らしく触手を振って出迎えてくれた。
「暇つぶしに遊びに来たぞ。見た感じ動物と遊んでたみたいだが」
『あはは。遊んではないかな。と言うか、遊べないし。この子達は僕が岩か何かだと思ってるんだよ』
そういうヨルムンガンドだが少し嬉しそうにしているのを見るに、動物達が集まってくる事が楽しいのだろう。
言葉を聞ける訳では無いので抑揚を感じられないが、地面に書かれた文字からはウキウキ感が伝わってくる。
「そうか?結構楽しそうに見えるけど」
『楽しいよ。観察するのはね。僕を見ても逃げないし、呑気に眠ったりしてるから見てる分には楽しいさ。一緒に遊んでくれたりしないのは寂しいけど』
「まぁ、相手は動物だからな。知能があまり高くないからこちらの言いたいことは伝わらないし。知能が高くても、限界はあるし」
『それでもいいけどね。あの島にいた頃はこんな風に動物を眺めることもしなかったから。団長さんについて行って良かったと思うよ』
ヨルムンガンドはそう言うと、触手を俺の腰に回して持ち上げ、頭の上に乗せる。
頭の上で日光浴をしていた鳥達は驚いて飛んで行ってしまったが、暫くするとまた戻ってきた。
『副団長さんとイスちゃんはどうしたの?いつも一緒にいるでしょ?』
「四六時中一緒にいる訳じゃないからな。今頃メデューサとアンスール辺りと遊んでるんじゃないか?」
『へぇ、団長さんは副団長さんといつも一緒にいるイメージしかないなぁ。イスちゃんはあっちこっちに行って誰かと遊んでるイメージだけど』
「ヨルムンガンドのところにも来たのか?........あったな。俺が連れてきたり飯の時に遊んでもらったって言ってたりしたわ」
『二日三日に1回ペースで来る団長さんよりは来ないけどね。大体1週間に1回ぐらいかな。僕は体が大きすぎて細かいことが出来ないから、基本的にこうやってお話したりするのが基本だけど』
「それはしょうがない。人型のアンスールやメデューサにもできないことがあるように、ヨルムンガンドにも得意不得意はあるもんだよ」
『そう言ってくれると嬉しいよ』
ヨルムンガンドはそう言うと、ノロノロと歩き始める。
その大きな巨体で木々が生い茂る森の中をスルスルと歩いていくのを見て、器用だなと感心した。
これがジャバウォックとかだったら、木々を踏み潰していただろう。
そして、ドッペルに怒られるまでがワンセットである。
ゆったりとした時間が流れる中、触手が俺の方を見るとベオークのように魔力で文字を書き始めた。
『最近はベオークさんみたいに魔力で文字を書くことを練習していてね。どう?ちゃんとできてる?』
「おぉ、凄いじゃないか。ちゃんとできてるぞ」
『良かった。まだ時間がかかるし、頭の中で考えながらじゃなと書けないけどね』
「だとしても凄いじゃないか」
『団長さんはできるの?』
ヨルムンガンドがそう聞くので、俺は見せつけるように魔力で文字を書き出す。
『できるな。魔力操作の延長線でベオークと一緒に特訓した』
淀みなく綺麗に書かれた文字を見たヨルムンガンドは、“凄い!!”と言わんばかりに触手を振り上げる。
ホント、動作の一つ一つが可愛いな。性別は男みたいだけど、ぶっちゃけ百足のオスメスの区別とかつかないし、俺の中ではボクっ娘である。
たぶん擬人化したらロナのような男の娘になると予想するよ。だって動作が可愛いんだもん。
『凄いね!!僕と違って文字がすごく綺麗だ。魔力操作が上手い証拠だね』
「俺の場合は魔力操作が上手くならないと死ねたからな。主に異能のせいで」
『あぁ、
「ヨルムンガンドの毒も大概だけどな?理論上全ての生命体を殺せる辺り理不尽の極みだぞ」
『でも、団長さんの盾は溶かせないからねぇ........素材が何かもよく分からないし、色んな毒を試したけどどれも不発だったし』
「俺もよく分からんから何とも言えんな。未だに謎の多い異能だよ」
『理不尽で言えばふく──────────』
ヨルムンガンドが何かを言いかけたその時、ヨルムンガンドの動きが止まる。
どうやら意中の相手が来たようだ。
「これはこれは。“炎帝”様じゃないですか」
俺がオーバーリアクションに出迎えると、“炎帝”と呼ばれたシルフォードは苦い顔をする。
「団長さん。馬鹿にしてるでしょ」
「してないしてない。今や、アゼル共和国どころか大エルフ国にも広がりつつある“炎帝”様の名前をバカにするわけないじゃないか」
「むー、馬鹿にしてる」
可愛らしくシルフォードが頬をふくらませたので、俺は怒られる前にさっさと逃げ出す事にした。
あまりからかっても嫌われるから、引き際は弁えないとね
「頑張れよヨルムンガンド」
『え?何を?』
困惑するヨルムンガンドから飛び降りると、俺はスタコラサッサとその場を離れるのだった。
ところで、ヨルムンガンドはさっき何を言いかけたのだろうか。まぁいいか。
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