神正世界戦争:炎帝降臨

 戦端が切って落とされたのは、揺レ動ク者グングニルがドレス平野を訪れてから2日後の事だった。


 2年前の戦争では、代表となる者が戦場のど真ん中で剣と剣を合わせることによって切り開かれたが、正教会国と神聖皇国にそんな文化は無いし、守る義務もない。


 そうして突如として動き始めた旧シズラス教会国の軍勢を見て、アゼル共和国やジャバル連合国も慌てて軍を展開した。


 「ねぇ、ラーグ(スンダル)さん。私の炎で全てを焼き尽くせばいい?」

 「そうねぇ、普段の100分の1ぐらいの火力なら問題ないかしらね。本気でやり過ぎると、味方を巻き込むから気をつけなさいよ?タダでさえ暑いんだから」

 「分かった。揺レ動ク者だとみんな当たり前のように耐えれるんだけど........」

 「それは私達が鍛えてるからね。普通の人間は到底耐えれるものでは無いわ。団長さんや副団長さんならともかくね」

 「あの二人なら、本気の精霊魔法が直撃してもピンピンしてる。それこそ、何事も無かったかなように」

 「アレを基準に考えるのは辞めなさい。アレは厄災級魔物として見るべきよ。既に人の領域に立っていないもの」


 仮面を被ったシルフォードは展開しつつある両軍を見ながら、最初に大きな一撃を喰らわせようと画策する。


 青い炎までやってしまうと味方まで巻き込んでしまう為、火力は抑えなければならなかった。


 ラーグと呼ばれたスンダルも、味方に被害が行かないよう火力は抑えるようにと注意を促す。


 既に人外に両足を突っ込んでるシルフォードが本気で放つ魔法は、どれもがその熱波によって周りに被害を及ぼすものなのだ。


 まだ自分の方が強いが、いつか抜かされる日が来るかもしれないと思うスンダルは、緊張で声が少し上擦っているシルフォードの肩に優しく手を置く。


 「落ち着きなさい。あの人間共はジンやカノンに比べればかなり劣るでしょ?大丈夫よ。団長さんが言っていたじゃない。尻拭いはしてやるって、味方に被害を出すような攻撃さえ気をつけておけば問題ないわよ」

 「........うん。大丈夫........大丈夫。っていうか、団長さんとカノンと比べたら全ての人間が劣ることになるよ?」

 「人間どころか、殆どの生物は“強さ”という点で劣るわねぇ。私も然り、ストリ........じゃなくてティール然り。ほら、あんな人外に比べれば随分とマシに思えるでしょ」

 「確かに」


 少し緊張が解れてきたシルフォードは、仮面の奥で表情を崩す。


 揺レ動ク者の看板を背負っている以上、その看板に泥を塗る事は許されない。


 その考えは変わらないが、もっと気楽にやろうと思えた。


 相手は仁や花音以下どころか、獣人組よりも弱い者ばかりなのだ。適当にやっても相当な戦果を上げられるだろう。


 自分のことでいっぱいいっぱいだったシルフォードは、スンダルと話すことで余裕を持つことが出来た。


(世話のかかる子ねぇ。適当でいいのよ適当で。それにしても、団長さんは結構分かっているのね。シルフォードがかなり緊張してるとか。私は肩に手を置くまで全く分からなかったわ)


 我が子のようにシルフォードを見つめるスンダルは拠点を出発する前、仁にシルフォードの事を頼まれていた。


 “どんな話題でもいいから、適当な会話を振ってやってくれ”と。


 スンダルは最初、なぜ自分なのか分からなかったが、今なら分かる。


 同僚である獣人組がなにか話しかけたところで、それはプレッシャーになる可能性が高かったのだろう。


 シルフォードは、三姉妹と獣人組の纏め役のような立場にいるのだ。彼らが何を言ったところで、シルフォードの緊張を解くには至らない。


 ストリゴイはむしろ焚きつけるだろう。


 そうなるとスンダルしか適任が居ないのだ。


(昔から魔物達の扱いが上手かったからかしらねぇ?よく周りを見ているもんだわ。普段はあんなに自由気ままなのに)


 スンダルはそう思いつつ、攻撃を仕掛けるタイミングを待つ。


 軍の展開が終わり、緊張が一気に高まった。


 一秒が数分にも引き伸ばされたような感覚の中、その緊張は破裂する。


 「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 一人の指揮官が部隊を率いて突撃を仕掛けると、それに合わせて軍そのものが動き始める。


 旧シズラス教会国も示し合わせたかのように同じタイミングで突撃を開始し、ドレス平野に幾つもの足音が響き始めた。


 「ふははは!!始まったな!!シルフォード!!味方を巻き込まない程度に思いっきりやってやれ!!」

 「頑張りなさい」


 ストリゴイとスンダルから鼓舞を貰ったシルフォードは、天高く指を指すと契約違反で手に入れてしまった原初の炎を顕現させる。


 「行くよ、サラ」

 「──────────!!」

 「その炎は精霊の灯火。契約により、その炎を顕現する。燃え焼かれて灰と化せ。その炎は原初なり。擬似原初:精霊ノ烈火オリジン:ガイスト・エグゼ


 現れたのは原初を纏う太陽。


 以前、イスの世界で放った普通の炎とは違い、成長過程で変化した本来この世に存在しない原初の精霊魔法。


 太陽のようにメラメラと輝き、全てを焼き尽くす炎は戦場の誰よりも目立っていた。


 「おいおいマジかよ」


 拠点の防衛に回されていたアッガスも、戦争中だと言うことを忘れて思わずその太陽を見上げて固まる。


 アッガスだけではない。膨大な魔力の高まりを感じ後ろをふと見た者、その眩しさに思わず視線を向けてしまった者、暑さを感じて視線を動かしてしまった者。


 戦場にいる全ての戦士達が、顕現した太陽を見て足を止めてしまった。


 「なぁ、ラーグよ。アレ、彼奴の炎にそっくりでは無いか?」

 「そっくりっていうか、そのまんまね。以前よりも“原初”が強くなってるわ。大丈夫なのかしら」

 「まだ完全にコントロールは出来ぬみたいだが........とてつもない驚異になる事に違いは無い」

 「コントロールできてたらここは暑くないものね。とは言っても、見た目よりも暑くないから多少のコントロールはできてるようだけど」

 「びっくりだな。長い年月を生きると、こういう物も見られるのか」

 「驚きね。長生きしてみるものだわ」


 2人の厄災は本来使えないはずの炎を見て、のんびりと感想を言い合う。


 世界の真理を知ってい訳では無いが、多少の知識のある2人はシルフォードの炎が不完全だと言うことを見抜いていた。


 そして、不完全でありながらも操れることに驚く。


 普段の訓練では魔法や異能を使うことはせず、身体強化のみを使った訓練が多かった。


 異能の訓練は各自に任せていたのもあって、2人はサラが原初の力を取り込んでしまった事を知らなかったのだ。


 「堕ちろ」


 冷徹に振り下ろされた腕と連動し、数百メートル規模の太陽も敵軍目掛けて落ちていく。


 防ぐ手段を持たない者たちは、慌てて逃げ出すが人がごった返す戦場では無い思うように動けなかった。


 ゴオォォォォォォォォォォォ


 うねり声を上げながら落ちた太陽は敵軍の1部を完全に焼き払い、数千以上の兵士を一度に消し炭にする。


 「ん、もう少し広範囲でも良かったかも」


 その日、“炎帝”と言う二つ名がシルフォードに付けられることになるのだが、本人はまだ知る由もない。

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