厄災、動く

 霧と氷に覆われた“死と霧の世界ヘルヘイム”。


 普段は氷によって作られた二体の配下しか居ないその世界に、厄災と呼ばれた魔物達が集まっていた。


 「よーし。これで全員か?」

 「ひぃふぅみぃ........8だから、ちゃんと全員いるね」


 俺の目の前に並ぶ厄災級魔物達は、その荒れ狂う魔力を何とか抑えながら静かに氷の上に立つ。


 普段は大人しいアンスールですら、その魔力が軽く暴れているのだから、皆相当やる気なのだろう。


 やる気が爆発しているフェンリルとマーナガルムに至っては、その魔力を抑えきれていない。


 「こりゃ壮観だな。ジークフリード辺りでも連れてきたら、腰を抜かすんじゃないか?」

 「かもしれないねぇ。リンドブルムとニーズヘッグを見た時もかなり驚いていたし、びっくりしすぎて腰を抜かすどころかそのまま気絶しちゃうんじゃない?」

 「イスもやる気満々な様だし、ちょっと霧と気温の制御が甘くなってるな」

 「確かに。まぁ、この程度で寒がる人はこの中にいないけどね」


 “人”と分類していいかはいささか疑問が残るが........いや、疑問も残らんわ。人じゃなくて魔物だし。


 見送りに三姉妹や獣人組も来ていたが、彼らも二年間厄災級魔物に鍛え上げられ毎度の如くイスの遊び相手をさせられていれば嫌でも寒さには慣れる。イスは未だに楽しくなりすぎると、冷気が漏れる癖があるから我が傭兵団では寒さになれるのは必修科目だった。


 ともかくラヴァルラント教会国に引き続き、7ヶ国を滅ぼすこのになっている我が傭兵団は、その厄災の戦力を持って暴れることになる。


 “原初の竜”ファフニール

 “死毒”ヨルムンガンド

 “強大な粉砕者”ジャバウォック

 “神狼”フェンリル

 “月狼”マーナガルム

 “地獄の番犬”ケルベロス

 “蛇の女王”メデューサ

 “蜘蛛の女王”アラクネ


 この8体に加え、蒼黒氷竜ヘルである、イスを加えた9体の厄災級魔物が暴れ散らかすのだ。


 世紀末なんてもんじゃない。どこぞの肩パッドをしたモヒカンがヒャッハーする前に世界が滅びるぞ。


 ちなみに、フェンリルとマーナガルムは、1人でやらすと色々とやらかしそうな気がしたので、しっかり者のケルベロスと組ませて一国を担当してもらうことになった。普段から何かと問題を起こす彼らなので、ケルベロスが居ないと信用が無い。


 この前もフェンリルとマーナガルムが遊んでいたら、結界の一部をぶっ壊したらしく、珍しくウロボロスが怒っていたからな........


 幸い、大事には至らなかったのと、アスピドケロンがウロボロスの怒りを鎮めてくれたおかげで事なきを得たが、しっかりと罰は与えておいた。


 シュンとして反省する姿を見て、どこか申し訳なく思ったりもしたがここで甘い顔を見せる方が問題なので心を鬼にして罰を下したのだ。内容は、まる2日逆さ吊りの刑。


 幾ら体が頑丈な厄災級魔物と言えど、血の流れなどを自由自在に操ることはできず結構二人には堪えたそうだ。その日からは特に問題を起こしていないのを見ると、ちゃんと反省した様子が伺える。


 二日間、イスの異能の中に放置されたのが余程寂しかったのか、罰が終わった後に俺はマーナガルムに、花音はフェンリルに押し倒されてずっと顔を舐められるという事態が発生し、顔がベタベタになったりもしたがまぁ、あれは可愛かったから許す。


 それ以外の面子は1人一国を相手してもらうことになっている。


 元々、国一つを滅ぼして厄災と言われるようになった存在達だ。11大国程が相手ならまだしも、たかが小国一つに遅れをとる連中では無い。


 俺は、そんな厄災級魔物の纏め役的存在であるファフニールに声をかけた。


 「ファフニール。ブルボン王国の時のようなヘマはするなよ?」

 「フハハハハ!!分かっておるわい。流石にアレは反省しているのでな。今回は、以前の失態の分を取り戻せるぐらいキッチリと仕事をこなすとしよう」

 「楽しみにしてるよ。厄災の、俺達揺レ動ク者グングニルの力を見せてやれ」

 「言われずともやってやるわ!!フハハハハ!!」


 ファフニールは、上機嫌に笑うと抑えていた魔力を爆発させる。


 俺や花音は慣れているからなんともないが、見送りに来ていた三姉妹や獣人組はビビって肩を竦めてしまった。


 「おい........」

 「おっといかんいかん。団長殿や副団長どのならともかく、ダークエルフや獣人達にはキツかったかのぉ」


 ファフニールはそう言うと、大人しく魔力を鎮める。


 少しビビった団員達も、ビックリしただけでその後は何事も無かったかのように厄災達に応援の言葉を送っていた。


 あの魔力、それなりに鍛えている兵士ですらも気絶するレベルだと思うのだが、少しビックリする程度で済むとは流石だな。


 傭兵団に入った頃なら間違いなく気絶していただろうに。


 こんな所でみんなの成長を感じつつ、俺は先程から俺を見つめる狼に近づく。


 「ゴルゥ!!」

 「アハハ。やめろよ。魔力が溢れ出てるぞ?」


 マーナガルムは、いつもの如く俺に尻尾を巻き付けるとその柔らかくフサフサな頬で俺の頬を擦った。


 かなりくすぐったいが、それよりも漏れだしている魔力の方に意識が行ってしまう。


 見た目はクールな感じの狼だが、マーナガルムは結構可愛いのだ。と言うか、狼組(ケルベロスは犬だけど)はクールな見た目をして、結構可愛い言動を取ることが多い。


 昔はそれを眺めているだけだったケルベロスも、今やトリスに頭を撫でられて“地獄の番犬”とは思えない程顔を弛めていた。


 ケルベロスを恐れる子供達にこの顔を見せたら、人気が出たりするのかな?と思ったりもするが、今から行うのは殺戮だ。


 間違いなく泣かれる側だろうな。


 そのほかの厄災級魔物達も、それぞれ仲のいい団員に見送られ更にやる気を溢れさせている。


 あまりのやる気に、一部の氷にヒビが入っていたりしたがあれは勝手に治るからいいか。


 「さて、そろそろ行くぞ。下見して、計画は大まかには立ててあるんだろ?」


 俺の言葉に厄災達全員が頷く。


 厄災級魔物達にはそれぞれが滅ぼす国を下見してもらい、各々で計画を立てるように指示を出してある。


 元から力技でどうとでもできるハイスペック連中だが、少しは計画性を持って欲しいので(主にファフニールやフェンリル、マーナガルム)こういう指示を出した。


 計画内容は聞いていないので俺も詳しくは知らないが、上手くやってくれるだろう。


 全ての国を軽く調べた感じ、灰輝級ミスリル冒険者は居ても厄災級魔物を殺せるだけの実力を持った化け物はいないみたいだしな。


 最悪、力技でどうとでもなる。


 「んじゃ、皆を運ぶとするか。イス、悪いが頼めるか?」

 「問題ないの!!」


 イスはそう言うと、見送りの団員と共に元の世界に戻る。


 神聖皇国の爺さんに、俺達の強さを見せつける時だ。


 何万年と起きなかった厄災達の滅びをとくと知るがいい。

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