教皇の誤算

 神聖皇国の教皇シュベル・ペテロは、聖堂騎士団第一団長であるジークフリードの報告を聞いて頭を抱えていた。


 大量にある報告書やら書類を捌いている方がまだマシだと思える程、とんでもない事をジークフリードは、告げたのだ。


 「その話、本当か?」

 「えぇ。こんな所で嘘を着くわけないでしょう?」


 傭兵団揺レ動ク者グングニルの戦力を見るために提案した、“ラヴァルラント教会国殲滅作戦”。


 特に重要という訳では無いものの、四年間近く見ていない彼らの力がどれほどのものかを知るために行った作戦は成功したと言えるだろう。


 国を滅ぼしたのが厄災級魔物でなければ。


 「その厄災級魔物の名は分かるか?」

 「はい。彼らは“ダエグ”“イング”と呼んでいましたが、恐らく“終焉を知る者”ニーズヘッグと“流星”リンドブルムで間違いないかと思われます」

 「........資料とかどこかにあったかね?」

 「あー、確か、大書庫の所にあったかと。持ってきますか?」

 「頼む」


 静かに頭を下げて部屋を出ていくジークフリードを見送り、教皇はそれまでに溜まった疲れと混乱を吐き出すかのように大きくため息をついた。


 戦争が本格的に始まり、ブルボン王国南部にある荒野では血で血を洗う殺し合いが繰り広げられている。聞いている報告ではかなり順調のようだが、まだまだ序章であると言わざるを得ない。


 正教会国と正連邦国の切り札とも言える“剣聖”と“聖弓”が動いておらず、現状確認できているのは聖盾ただ一人。更には、正教会国側に着いたと言われている傭兵団“狂戦士達バーサーカー”すらもその姿が見えていなかった。


 何時、どこで彼らが暴れるか分からないため、教皇は常に様々な場所を監視させているのだが、一向に情報が入ってこない。そんな見えない不安の中で、今度は“厄災”ノナを持つ魔物が国一つを容易く滅ぼしたとなればため息の一つや二つ出ても仕方が無いだろう。


 「初めから言っておれば........いや、言ってくれたとしても信じぬか」


 現在、確認されている厄災級魔物は“浮島”アスピドケロンのみであり、現在は活動を停止していることも分かっている。


 そんな中で、“厄災級魔物が仲間にいますよ”と言われても本気で信じるようでは、教皇としての地位に立っていないだろう。


 伝説を読むに、元々は人の下に付くような者達では無いし、存在すらもまやかしなのでは?と言われるほどなのだ。


 聖堂異能遊撃団団長である、アイリスから魔物やダークエルフなどを仲間にしているとは聞いていたものの、流石に厄災級魔物は想定外も想定外である。


 今回のラヴァルラント教会国殲滅作戦も、清々敵兵を全て排除出来れば上等だと思っていたほどだ。


 「........だからジン殿は契約書を欲しがったのか」


 ここに来て、ようやく仁が何故態々細かい契約書を欲していた理由を察した。


 「あくまで行動を起こしたのは、教皇の依頼であり、自分たちは依頼通りのことをしたまでと言い張れるようにするためだな。厄介な知恵が回る。下手に動かしすぎると、神聖皇国が悪にされかねん。あの小娘と言い、近頃の若い奴もんは嫌らしい知恵が回るな」


 しらばっくれることは出来る。しかし、それをすれば今度は仁達と敵対する可能性が出てくるだろう。


 人質と言える存在はいるが、場合によっては知った事かと神聖皇国に攻撃を仕掛けてくる可能性があった。


 ジークフリードから聞いたラヴァルラント教会国の惨状を考えれば、例え生き残れたとしても国としては死んでしまう。厄災級魔物を相手にして生き残れる国など存在しないのだ。


 教皇が再び頭を抱えると、ジークフリードが帰ってくる。


 その手には、厄災級魔物の事が綴られた本が握られていた。


 「戻りました」

 「うむ。ご苦労。早速見てみようではないか。まずは........“終焉を知る者”ニーズヘッグからか?」

 「まぁ、どっちでもいいのでそうしますか」


 ジークフリードはそう言うと、パラパラと本を捲ってニーズヘッグの事が書かれたページを開く。


 そこには、ジークフリードが先日見た黄土色と翡翠色のV字模様が特徴的な龍の絵が描かれている。


 ジークフリードは、その絵と現実の違いに思わず笑ってしまいそうになりながらも隣に書かれた文を読んだ。


 「“終焉を知る者”ニーズヘッグ。古龍種の一体であり、約5万年程前から存在していると思われる。かつてあったとされるアトラス大陸を沈めたとされ、かの龍が力を出した際は世界の終焉が訪れるであろう........」

 「これだけか?」

 「えぇ。これだけですね。補足として、アトラス大陸の事が書いてありますが、知っているでしょう?」

 「もちろんだとも。かの大陸で作られた失われた古代技術ロストテクノロジーの数々は、この大陸にも現存しているからな」


 一応、この国にも二つほどその失われた古代技術ロストテクノロジーによって作られた魔道具が存在している。1つはあまりに危険すぎるが故に封印されており、もう1つは聖女が持っていた。


 昔は3つあったらしいのだが、そのうちの一つは技術解明の為に分解され、研究されている。今も尚、その全てを解き明かすことができない、正しく失われた古代技術ロストテクノロジーであった。


 「“終焉を知る者”ニーズヘッグに関しては全くと言っていいほど何も分からんな。名前と姿しか分かってないてはないか」

 「姿を表した時は、人々が死に絶える時だったのでしょうね。この文献から察するに、この龍の拠点はアトラス大陸。今も沈んでいる大陸で何らかの文献を見つければ、もしかしたらもっと正確な情報を得ることができたかもしれないですね」


 ジークフリードと教皇は、これ以上ニーズヘッグの情報を集めるのは無理だと悟るとページを巡って“流星”リンドブルムの欄を探す。


 少し捲ればそのページに辿り着き、白銀の竜が翼を広げている絵を見つけた。


 「“流星”リンドブルム。古竜種の一体であり、約3万年ほど前から存在していると思われる。その白銀に輝く翼があまりにも神々しく見える為、一部の地域では神竜として崇められている。とある国に流星を落としたとされているが、それがどこなのかは一切わかっていない........つまり何も分からないって事ですね」

 「こっちもか........この神竜として崇められていると言うのは初めて聞いたが、知っていたか?」

 「えぇ、知っていますよ。ですから見た時は驚きましたよ。本当に神々しい白銀の翼でした。崇める気にはなりませんがね........」


 ジークフリードは、リンドブルムの姿を思い出してしみじみと言う。確かに神々しく、崇めてしまっも仕方がないとは思えるが、それ以上にラヴァルラント教会国への攻撃によるイメージの方が強烈すぎた。


 星降る夜はあまりにも残酷で、慈悲がない。それを崇めようと思うほど、ジークフリードの精神は壊れていなかった。


 「........厄災級魔物が人の下に付くとはやはり思えんな。これほどにまで強大な力を持っていながら、何故ジン殿の下に付く?」

 「それだけジン君が強いか、何らかの恩があるんでしょうね。ちなみに、ジン君曰く、後14体の厄災級魔物が彼の元にはいるそうですよ」

 「........は?」


 その後、どのような厄災級魔物が存在するのかを教皇とジークフリードは確認するのだが、二人とも歳を取ろうとも、男である。


 気付かぬうちに、本を読んではその伝説について語ることに熱中し、気づけば夜が明けていた。


 そして、その日の教皇の顔色がとてつもなく悪かったのは言うまでもないだろう。しかし、どこか満足気で少し若返ったように見えたと、その日教皇の部屋を訪れた者達は口々に言うのだった。

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