厄災が動く時
翌日。俺達は龍二達が戦っていた荒野を離れ、ラヴァルラント教会国の上空に来ていた。
首都を見下ろせば戦争を始めるためにせかせかと動く兵士達が見て取れ、厄災が来るとは誰一人として想像していない。
むしろ、想像しているやつがいたら驚きだが、そこまで危機察知能力が高ければこの国を出ているだろう。
「久しぶりですねぇ。こうして顔を合わせるのは」
空を飛ぶ俺達の横に並ぶのは、神聖皇国聖堂騎士団第一団長のジークフリードだ。
聖堂騎士を示す白いマントを羽織った彼は、今回暴れる俺達のお目付け役である。
お目付け役と言うよりかは、教皇の爺さんにここで起きた惨状を報告する約だと思うが、どちらにしろ今回唯一の観客だ。
相変わらず爽やかなイケメンスマイルを浮かべ、その長く纏まった金髪を揺らす。
ここにご婦人がいようものなら、誰しもが黄色い歓声を上げたであろうその完璧超人は、俺の顔を見てしみじみと呟いた。
「言うほど久しぶりか?俺達が神聖皇国で待機していた時にも何度か会ってるだろ?」
「会ってますよ。ですが、それは仮面越しの話。ジン君の素顔を見て話すのが久々と言うわけです」
「4年ぶりという訳か?」
「えぇ、4年間でかなり成長しましたね。昔は幼さが残っていたが、随分と顔つきが変わりましたよ。もちろん、カノンさんもね」
「老けたってこと?」
話を振られた花音は、イスを抱き抱えながら不愉快な顔をする。
流石にドラゴン状態のイスを見せる訳には行かなかったので、今回は花音に抱っこされた状態だ。
イスは花音に抱っこされるのが嬉しいからか、それはもう満面の笑顔でその腕の中を堪能している。年相応の可愛らしい笑顔は、俺だけではなくジークフリードの心までも癒してくれた。
「何をどう捉えたらそうなるのか分かりませんが、褒めてますからね?カノンさんと言い、シュナさんと言い、どうしてこう、1人で突っ走るんですかね?」
「そんなもんだろ。人間なんざ。言葉一つとっても感じ方は人それぞれだからな」
「随分と世界を見てきた物言いですね」
「いや、花音が隣にいれば嫌でもそう思えぞ」
「仁ー?その言い方だと私が変な人みたいじゃん」
花音は軽く俺の頬を引っ張ると、抗議するかのように頬をふくらませる。
昔から変わらない可愛らしい顔だが、その目の奥には何時も闇が灯っていると考えると恐ろしくもあった。
それでも許容できてしまう辺り、惚れた弱みと言うやつなのだろうか。
俺は花音の手を退けるとこはせずに、話を続ける。
「“みたい”じゃなくて“変人”だからな。花音が常人なら、世界の殆どは常人だぞ」
「酷くない?私泣いちゃうよ?シクシク」
「安心しろ。そういう奴は泣かないから」
花音は、イスを手放して両目に手を当てて嘘泣きを始める。
全身から泣いてますオーラが出ていたが、その目には一切の涙が浮かんでいなかった。
このまま放って置いてもいいのだが、それはそれで面倒な事になるのは火を見るよりも明らかなので、俺は諦めてヨシヨシと花音の頭を撫でであやす。
すると、嘘泣きは直ぐにやめて俺に抱きついてきた。
前の世界にいた時に比べ、かなりスキンシップが多くなってるよなと思いつつ、俺は頭を撫でる手は止めない。花音が満足するまでは付き合うとしよう。
「仲がいいですねぇ」
「パパとママは仲良しなの。時たま仲が良すぎて二人だけの世界に入るのは勘弁願いたいの」
「イスちゃんも苦労するんですね........毎日あんなやり取りを?」
「そうなの。おかげで、私が間に入れる時は少ないの。入ったとしても、違いを見せつけられるだけだしね」
「........なんと言うか。心中お察しします」
「いいのいいの。最初からこんな感じだから、慣れてるの」
ジークフリードとイスが、何やら話しているが俺は聞こえないふりをした。
イスにはかなり構ってやっているつもりでいたが、やはりイスからすれば寂しいものがあるのかもしれない。これからは、もっと構ってやるとしよう。
5分もすれば、花音は満足したようで俺の首元から腕を解く。
「えへへー仁、優しいね」
「俺はいつも優しいよ。ところで、今更だかジークフリードは、ブルボン王国の方に行かなくてよかったのか?」
俺がそう言うとジークフリードは、軽く肩を竦めて少し疲れた顔をする。
俺達のお目付け役であれば、彼以外でもできたはずだ。態々最高戦力を動かす必要は無い。
「いいんですよ。あっちは過剰戦力なので。それに、僕も休暇は欲しいんですよ........」
「あぁ、エルドリーシスの妨害か」
「知ってるんですか?」
「龍二から聞いた。昔、その正義感から色々とやらかしてたらしいな。今回はやらかされると困るから、かなり本気で妨害していたとか」
「ジン君の言う通りなんですよ。彼女の正義感は大切なものなのですが、時として正義は良くない方向に向く事を覚えて貰いたいですね。彼女のせいで、争いが激化した時もあったのですから........」
「言葉と言い、正義と言い、捉え方次第で真逆の結果を産むからな」
「この戦争だって、僕達から見れば“正義”ですが、この国の人々から見れば“悪”ですからね」
「だからこそ、争いは耐えないんだろうな」
「ですね」
そうやってジークフリードと話しては、イスや花音と遊んで時間を潰す。
作戦開始時刻は一応正午を予定していたので、その時間まで待った方がいいだろう。
イスの異能で待機する厄災共は、その荒れ狂う魔力を抑えきれず興奮していたので何時でも問題なさそうだったが。
しばらく経って空を見上げれば、太陽が1番高い位置に登っていた。
正午だ。滅びの時である。
「おおよそ正午。時間だな」
「ジン君達の戦いぶり、見せてもらいますよ」
どこか期待したように俺を見つめるジークフリードだが、俺が戦う訳では無い。
国を滅ぼすのは、厄災達だ。
俺はゆっくり首を振る。ジークフリードはその意味が首を傾げたが、その意味はすぐに分かることだろう。
「イス。2人の様子は?」
「やる気満々なの。ニー........じゃなくてダエグは大人しいけどイングは魔力が荒れすぎてモーズグズ達が困ってるの」
「アイツ、あれだけ迷惑をかけるなって言ったのに........」
「まぁ、しょうがないんじゃない?それよりもほら、さっさとやろうよ。向こうも待ちくたびれてるよ」
「そうだな。ジークフリード。少し下がっててくれ」
俺はジークフリードを下がらせると、イスが異能を行使する。
霧が俺達を覆い、その霧は太陽の光をも隠してしまった。
「それじゃ、暴れて来い。俺達、
霧の中から現れるは、二つの影。
かつて国を滅ぼし、世界を滅ぼしかけた厄災が今動き始めた。
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遥彼方。滅びに向かって動き出すその世界を見て、魔女は一人静かに微笑む。
以前視線を感じ取られてしまった反省として、今回は完全に気配や視線を消せる宝物を使ってまでこの虐殺を見に来ていた。
「ようやく動きますか。現時点での厄災級の力、見せてもらいますよ?」
世界が動くその裏で、彼女達もまた動く。
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