戦争の現実

 血に塗れ荒野を赤く染め上げる惨状も、日が沈むと共に静かになっていく。


 幾ら広範囲殲滅技がこの世界にあるからと言って、100万単位で争う場がたった一日で終わる訳では無い。


 ベオークが一夜にして国を滅ぼした様に、誰一人として味方が居ない状況であり、自分が圧倒的強さを誇っているのであれば日が登っている間に全てが終わっていたかもしれないが、同格の相手がおり、味方までいるとなると広範囲殲滅技は返って悪手となる。


 味方まで巻き込んでの攻撃は、もはや戦争ではなく只の殺しだ。聖魔も聖盾の鉄壁を破れるとは思っていないようで、狭い範囲で尚且つ味方に被害が出づらい魔法で戦闘していた。


 「なんと言うか、日が沈むと共にとぼとぼと帰っていく兵士達を見ると少し拍子抜けだな」

 「皆人間だからねぇ。疲れは出るし、飲み食いしなきゃ生きていけない。排泄もあるから、漫画やアニメでやってるような戦争にはならないよね........」

 「戦争で現実を感じるとか、平和ボケした日本人には皮肉だな」


 幸い、この世界にまマジックポーチと言う便利アイテムがある。食料や飲み物の持ち運びはかなり楽だろう。排泄に関しても、マジックポーチの機能が着いた下着とかあるしな。


 花音は“可愛くない”と言う理由でその下着をつけていないし、俺も違和感があるのでつけていないがトイレ休憩何てものはない戦場では重宝される。


 値段もそこまで高くなく、素材となるアゼガエルはそこら中にいるので戦争に行く時は誰にでも支給されるらしい。


 そりゃ、垂れ流しながらとか嫌だもんな。俺だって嫌だ。


 精神面を考えれば臭い等は人を不快にさせるし、衛生面を考えれば清潔にしておいた方がいいに決まっている。正教会国側の場合は、奴隷にはこの下着を付けさせないらしいが。


 ちなみに、俺の場合は異能を使って消滅させることが出来る。しかも、体内で消滅させられるから外に出す必要は無い(コントロールミスると死ぬ)。


 花音は知らん。機能付きの下着は付けていないはずなのだが、花音がトイレの為に席を外す事は無い。ちょっと気になるのだが、清き乙女にそこら辺の話を聞こうものなら、まず間違いなく殴られるので聞かないようにしている。地雷と分かっていて踏み出す様な輩は、空気が読めてないやつか単純なアホぐらいだろう。


 イスの場合は人の形をしているだけで、元はドラゴンだ。そもそもの体の構造が違うため、排泄という概念が無いそうな。


 同じドラゴンであるファフニールが言っていたので間違いないだろう。


 体の不純物をどうしてるんだとは思うが、ドラゴンだからで納得出来てしまうあたりファンタジーだと言える。


 ベオーク?ベオークは知らん。排泄できるのかも知らないし、できたとしても影の中でするだろう。


 まぁ、そんな訳で色々と知恵の詰まった戦争の道具が生まれてきたのだが、人の疲労はどうしようもない。


 マジックポーチの機能付き下着も限界はあるので、日が暮れると共に兵士達は無き戦友の形見を引っさげて自陣へと戻るのだ。


 「後は夜襲に警戒しながら明日を待つわけだな?」

 「そうなるだろうね。正教会国側は大変なんじゃない?聖魔辺りが何時魔法をぶっぱなしてくるか分からないわけだし」

 「防衛は聖盾一人だけだからな。魔法を耐えるだけなら出来るやつは結構居そうだが........全員を守るとなると厳しいか」

 「それに、聖魔だけじゃなくて天聖や聖刻、精霊王までいるから、ローテーションで攻撃され続けるのもキツそうだね。私たちが知らないだけで、聖盾が魔力がある限り疲れを知らないみたいな能力を持っていれば別だけど」

 「だとしても、魔力を削られ続ければ限界が来る。神聖皇国の方が圧倒的に有利だ」


 聖魔、天聖、聖刻、精霊王。この4人がこの戦場にいる時点で、神聖皇国はかなりのアドバンテージを持っていることになる。


 今日は天聖と精霊王は動かなかったが、聖盾はこの4人を相手し続けなければならないとなると、限界は必ずどこかで訪れる。その時がこの戦争の終わりとなるだろう。


 まぁ、俺達も明日からは小国を潰しに動くので、その一部始終は見れないが。


 「それにしても、アイリスちゃん達凄かったね。龍二の出番が無かったよ」

 「師匠が暴れまくってたな。味方すらも若干顔が引き攣ってたぐらいには暴れてた」

 「凄かったの!!一人殴れば周りも殴られてたの!!」

『資料では見たけど、実際に見るとかなり強い』


 シンナス師匠とアイリス団長の暴れっぷりは本当に凄かった。


 敵陣に1人で突っ込んだと思えば、敵が面白いように吹っ飛んでいくのだ。


 1人殴れば、周りも連動して吹き飛び、攻撃に耐えれなかった者は死んでいく。中にはそれなりの強者もいて、反撃をしようとした者もいたが、正教会国側の強者は基本人間だ。


 アイリス団長の異能がぶっ刺さるため、身体を強制的に止められて師匠にサンドバッグにされる。


 先にアイリス団長を狙えば、護衛に着いていた龍二が対応するのだが、そんな機会は滅多になかった。


 正面は、師匠が好き勝手暴れまくって後ろに抜けるのが難しいのだ。


 更に、師匠の異能は後方までカバー出来る為かなり大回りする必要がある。


 そんな悠長なことをしていれば、大抵他の味方がどうにかしてくれるのだ。


 向かうところ敵無し。暴れに暴れた結果、左翼は崩壊を招いてバラバラに撤退する始末である。


 多分、師匠1人で1万近くの敵は屠っていた。


 「昔、自分達は白金級プラチナ冒険者程度の実力とか言ってたけど、どう見ても灰輝級ミスリル冒険者並の実力だろ。アイリス団長に至っては、それっぽい奴何人か倒してたし」

 「んー、アレじゃない?魔物に対しての戦闘力は白金級プラチナ冒険者って意味だったんじゃない?ほら、2人とも完全に対人特化だし」

 「特にアイリス団長の場合はそうなるな。対人、それもタイマンに限っては最強の可能性があるぞ。人間相手の場合は理不尽の塊だな」


 格上に効くかどうかは知らないが、もし効くのであれば冗談抜きに最強だと思う。その効果時間にもよるが、相手にワンチャンを作れるのだ。完全な不意打ちであれば、あの剣聖にすら勝てるかもしれない。


 俺がそう異能を分析していると、花音は“お前が言うな”と言う視線を送ってくる。


 「どうした?“お前が言うな”みたいな目をして」

 「そのまんまだよ。アイリスちゃん以上に理不尽な異能を持ってる人が、なんか言ってるなー」

 「いやいや、俺の場合はワンチャンあっても攻撃当てるのが難しすぎるから」

 「ほぼ全ての異能を無効化できる人が何か言ってるよ」

 「パパ。アウトーなの」

 「え、俺アウト?なんで?」

 「それが分からないからアウトなんだよ」


 実際に使ってみ?滅茶苦茶不便だから。とは言い出せる雰囲気ではなく、俺は反論しても無駄だと悟ると大人しくアウト宣告を受けるのだった。


 ところで、イスが人化している場合は“人間”判定になるのだろうか。それとも、ドラゴン判定になるのだろうか。


 今度暇ができた時にアイリス団長に検証してもらおうかなと、俺はそんなことを考えるのだった。

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