空から眺める者

 本格的に戦争になったその日。俺達もブルボン王国の南部に広がる荒野に足を運んでいた。


 そろそろ俺達も動き出さないと行けないのだが、友人や師匠等が戦場に赴くのならばそれを見ないと言う選択肢はない。


 最近ラヴァルラント教会国の動きが活発的になっており、それに伴ってカランドウ国も活発的な動きを見せてはいるが、ドンパチが起こるのはもう少し先である。


 俺達が、動くのを1日遅らせた所で問題は無いだろう。


 「凄い人の数だな。渋谷のスクランブル交差点を初めて見た時とかかなり驚いたけど、それ以上だ」

 「コミケでもこんなに人は集まらないだろうねぇ。双方合わせて約300万人。見渡す限りの全てが人だよ」

 「うわぁ........ちょっと気持ち悪いの」

『凄い人の数。私の子供達よりも多い』


 今俺たちがいるのは、神聖皇国が陣取る場所の真上だ。絶対に見つからないように、遥上空まで高度を上げて、ドッペルに作ってもらった認識阻害の魔道具を起動させてある。


 魔力が濃い者には見つかってしまう可能性があるだろうが、起動させておいて損は無い。更には、イスの発生させた霧でなるべくこちらを覆っているので余程のことがなければバレる心配はないだろう。


 流石に、いつも通り竜形態のイスに乗るのはやめにした。


 バレた時に色々と混乱を産みそうなので今回は、俺の異能の上に乗ってもらっている。


 今回は普通に人とかワイバーンとか飛んでいたりするから、割としっかりと注意を払わないと見つかる可能性がある。いつも以上に注意しないといけないだろう。


 正教会国側も空からの攻撃には警戒しているだろうし、普段よりも視線を上に上げる機会が多いだろうからな。ここで見つかっても言い訳はできるが、攻撃の対象にされるのは面倒だ。


 俺たちは下からの視線に注意を払いながらも、映画を見るような気分で戦場を見つめる。しばらくお目当ての人物を探していると、見覚えのある黒髪を見つけた。


 「お、龍二発見。アイリス団長とか師匠もいるな。ニーナ姉もいるぞ」

 「どこどこ?」

 「ほら、あそこ」

 「おーいたいた。この世界の住民は、色々な髪の色をしているから黒は目立つねぇ。黒髪って意外と少ないし」

 「そうだな。物珍しいって訳では無いが、黒髪は案外少ないな。知り合いにだと一人もいないし」


 その少なさゆえにこうして龍二を探し出せたのだから、有難いと言えば有難いだろう。まぁ、髪の色なんざその人に似合っていればどうでもいいけどね。


 そうやって時間を潰していると、大きな魔力の高まりを正教会国側の陣地から感じる。


 相当な魔力の圧であり、明らかに只者では無い。


 「この魔力は........聖盾か?強欲の魔王との戦いで感じ取った魔力がこんな感じだったな」

 「かなりの魔力だねぇ。相当大きい攻撃をするんじゃない?」

 「だろうな。こっち側の陣営は、人が多すぎてこの魔力反応を感じ取れてない。いい奇襲になるだろうさ」

 「妨害はしないの?」

 「大丈夫だろ。こっちには聖魔や天聖、聖刻に精霊王までいるんだぞ?」

 

 4人全てが大国を代表する灰輝級ミスリル冒険者だ。俺達が手を出さずとも、彼らが上手く捌いてくれるだろう。


 「正教会国側は聖盾だけだっけ?」

 「調べた限りではその様だな。剣聖は弟子の育成に夢中らしくて国の言うことを聞かないし、聖弓はドワーフとの戦いに備えて動かない。正共和国も獣王国との戦争があるから聖盾を出したくはなかっただろうが、それをするとここでの戦争は負けが確定してしまうから渋々出したって感じだな」

 「やっぱり無謀だよねぇ。11大国の内、8つを相手にするとか」

 「まともな頭をしてれば無謀だと気づくよな。それとも、俺達も掴めてないだけで逆転できる何かがあるかもしれないが」


 俺だった世界の全てを知っている訳では無い。正教会国やその同盟国が何らかの秘密兵器を隠していても不思議ではなかった。


 そうこうしている間にも、聖盾の準備は進んでいき遂にはその魔力が解き放たれる。


 圧倒的な魔力から放たれたのは、こちらの陣営を覆い尽くす程の盾だった。


 俺達はかなり標高の高いところにいるため下に出現したが、空を飛んでいたワイバーンなどは盾の下にいるだろう。


 「おぉ、これは初めて見るな。強欲の魔王と戦ってた時は味方にバブを掛けてただけだし、こんな攻撃ができるとは驚きだ」

 「でも、弱くない?」


 花音の言う通り、聖盾の攻撃は弱い。広範囲殲滅という点出みれば、かなりの攻撃となるのだが上には上がいる。


 厄災級魔物達の広範囲殲滅技を見てきた俺たちにとっては、この程度の攻撃は“弱い”判定になってしまう。


 「元々攻撃向きな異能じゃないんだろ。それを無理やり攻撃に転用すれば、弱くもなるさ。後、俺たちの場合は基準が高すぎるからな。花音、お前どうせリンドブルムの“流星”を基準に言っただろ」

 「うん。広範囲殲滅って言ったらリンドちゃんだからね。凄いよねアレ。軽くで10kmぐらいは消し飛ばすから」

 「アレと比べるなよ。伝説の魔物と人間を比べたら話にならんだろうが」

 「でも、仁も比べちゃったでしょ?」

 「否定はしない」


 普段から厄災級魔物とか言う化け物共を相手にしていると、そこら辺の感覚が狂ってくる。これだけの攻撃をしているにも関わらず、感想が“弱い”って思う辺り俺もかなり毒されてるな。


 ゆっくりと荒野の地に落ちていく盾は、そのまま神聖皇国の軍を押し潰そうとするが、それを許すほど神聖皇国側も甘くはない。


 俺達からはよく見えないが、1つ大きな魔力の高まりを感じた。


 すると、盾はあっという間に消滅し五芒星が姿を現す。


 魔力を含んだ五芒星は、少しの間その場に存在した後それが幻覚だったかのように消えていった。


 「何アレ」

 「多分“聖刻”の能力なんじゃないかな?私も資料で見た程度だから、よく分からないけど」

 「お星様だったの!!」

『星が三つあった』


 真面目に解析する花音と、可愛らしい感想を浮かべるイス。ベオークは見えた事実を淡々と告げるだけであり、何も考えてないのがよく分かる。


 もしかして、この前国を滅ぼした疲れがまだ残っていらっしゃる?


 もちろん、そんなことを言えばベオークにペシペシ叩かれるので言わないが。


 俺が心の中でベオークを少しバカにしていると、今度は瞬間的に魔力が高まったと思ったら正教会国側の陣地が最大に燃えた。


 しかも、かなりの広範囲であり先程の盾よりも明らかに威力が高い。


 「今のは“聖魔”か?あそこで杖持ってる少女の仕業だよな」

 「全身真っ赤な服装と赤くて長い髪をしてるから、多分そうだね。ほとんど魔力を感じさせずに魔力を練れる辺り、相当な使い手だと思うよ」

 「んー、ファフニールおじちゃんには劣るの」

『それを引き合いに出したら、大抵の者は劣る』


 俺達がいる所まで熱気が届いている程の攻撃だと言うのに、イスはつまらなさそうにその炎を眺める。


 そりゃ、普段の遊び相手が炎に関して右に出る者がいないファフニールならそうなるわな。


 きっとイスには、あの炎が焚き火程度にしか見えていないのだろう。下手をすればマッチの火かもしれん。


 敵陣を焼き焦がす勢いで燃えていた炎だったが、急激に焔が散らばるとそこには盾が出現している。どうやら聖盾が防御をしたようで、最初の攻防は引き分けのようだった。


 「なんと言うか、厄災級魔物達と比べちゃうな」

 「そうだね。人種の中ではトップクラスに強いんだけど、それより上を見ているとどうしても見劣りしちゃうよねぇ」


 両軍が動き出す中、俺と花音はそんな緊張感のない会話をするのだった。

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