神正世界戦争:荒野の激突②

 戦端が開かれた戦場は、正しく戦争の名に相応しい混沌と言える光景が広がっていた。


 切り裂かれた兵士は血を吹き出しながら荒野の地を赤く染上げ、傷を負って動けなくなった者は容赦なく切り捨てられる。


 魔法によってその肉体を焼かれた者もいれば、水によって窒息させられた者、風の斬撃によって腕を切られた者、即席で作られた落とし穴にハマり生き埋めにされた者、挙句の果てには、日頃の恨みを晴らす為に味方でありながら、後ろからその剣を突き立てる者まで現れたとなれば誰が味方で誰が敵なのか分かったものでは無い。


 仲間を殺され、それに怒った兵士が敵兵を切り崩す。そして、その切られた仲間を見て怒った兵士がその敵兵を切り捨てる。そう言った憎悪の連鎖が始まり、戦争の目的も忘れて仲間の仇を取るために戦う憎悪の支配者も現れた。


 そんな阿鼻叫喚とした戦場の中、左舷に展開する敵兵力に対して攻撃を仕掛けていたアイリス一行は、シンナスの攻撃に巻き込まれた指揮官の死亡を確認していた。


 「ここの指揮官はコイツだったみたいですね。ほら、指揮官が羽織るマントをしています」

 「よくやったぞシンナス。向こうは指揮統制を失ってくれたおかげで、総崩れだ。私達は他の場所に行くとしよう」

 「これ、ボーナス出ますよね?」

 「安心しろ。ちゃんと上に報告しておいてやるから」


 アイリスはそう言うと、マントをひっぺがしてシンナスに手渡した。


 戦場での功績というのは、自分で証明することが難しい。日本の戦国時代では、態々敵兵の首を取っては報告に戻っていたそうだか、そんな悠長な事をする暇などこれっぽっちも無かった。


 その為、敵兵の指揮官などが羽織るマントを討伐した証として持ち帰るのだ。


 地球とは違い、マジックポーチがあるこの世界だからこそできる手法だろう。


 尚、味方の功績を自分のものにしようとする者は少なくなく、そのマントを狙っての殺し合いが起きたりもするのだが、アイリスや龍二は功績になど興味が無いので争いが起きることは無い。


 後ろで彼女達の戦いを見ていた味方も、鬼神の如く敵兵をなぎ払うシンナスの快進撃を見て手を出そうなどとはこれっぽっちも思わなかった。


 シンナスが通った後には死体しか残らず、何百人と言う死体が積み上がっても尚傷一つ負うことなく、息も切らさない化け物に挑む輩が居ようものならそいつは間違いなく自殺願望者である。


 「それで、俺たちはこれからどうするんだ?」

 「そうだな。このまま中央に流れこもう。シンナスが大抵の事は何とか──────────フッ!!」


 あまりの無双っぷりに呆れ笑いを浮かべた龍二の質問に答えようとしたアイリスは、その言葉を中断して素早く拳を振るう。


 パン!!


 と何かが弾ける音がすると同時に、強風が龍二達の髪を揺らした。


 「おや?今ので仕留めたと思ったのですがねぇ?」

 「これはこれは。随分と手荒な歓迎だな。それにしても、魔法の隠蔽が下手だな。風魔法は視覚的に察知されにくいが、魔力は見えるんだぞ?」


 空を見上げたアイリスは、その攻撃の主に視線を向ける。


 どこか紳士風を装ってはいるが、全身から溢れ出る雰囲気は胡散臭さが耐えない男だった。


 胡散臭い男は自分のちょび髭を軽く撫でると、ゆっくりと地面へ着地し頭に被ったシルクハットを取って英国風に挨拶をする。


 着地する際に自分の靴に血が付かないよう、風で分散させたのを見るにかなりの使い手であり魔力に余裕があることが伺える。


 「初めまして。わたくしはガーリテル教会国の灰輝級ミスリル冒険者。ウォードと申します。聖堂異能遊撃騎士団のアイリス・リゼ・クローシクル様とお見受けしますが如何程に?」

 「あぁ、私がアイリスだ。で?誰だお前」


 アイリスとて、全ての敵対国家の情報を知っている訳では無い。一応、中国程度ならある程度の調べはつけているのだが、さすがに小国全てとなると無理がある。


 ガーリテル教会国はそんな見向きもされない小国の1つであり、運良く戦争に食い込めた国家だった。


 灰輝級ミスリル冒険者を1人抱えているため、他の小国に比べれば優位性はあるものの所詮はその程度でありアイリス達の眼中に無いのも仕方がない。


 ヴォードと名乗った彼も、それが分かっているのか過度な反応はせずにあくまでも紳士的に対応する。内心は怒っていたが、それを表に出すほど三流では無かった。


 「先程も名乗りましたが、ヴォードです。貴女方の首を取りに来たのですよ」

 「へぇ?やってみろよ。初撃で仕留めれなかった時点でお前の負けだけどな」

 「ふふっ、そう言ってられるのも今のうちですよ!!」


 ヴォードは会話の間に練っていた魔力を使って、自身の持てる最大火力の魔法を放とうとする。


 アイリス達が動く気配はなく、この魔法は発動した時点で勝ちなのでヴォードは勝利を確信していた。


 が──────────


 「──────────」


 体が動かない。


 身体だけではない。魔力も動かない。辛うじて呼吸はできているものの、それ以外の全てが動かなかった。


 ヴォードは、何が起こっているのか分からず混乱する。


 そんな中、アイリスは淡々と告げた。


 「不思議か?身体と魔力が動かないのは。黄泉の土産に1つ教えてやろう。私の異能は“私の目からは逃れられないバインズ・アイ”。この目で見た対象の行動を一切封じる能力さ。まぁ、色々と条件があって面倒なんだが、タイマンに限って言えば私は最強だぞ?」

 「ーあ、あ、あ、あ」


 ヴォードは何とか口を動かそうと藻掻くものの、思い通りに口は動くことなく言葉にならない言葉が口から発せられた。


 身体が動かないのに体が震える。


 圧倒的格の違いに、体が恐怖しているのだ。


 パシャリパシャリと血溜まりを歩く音が、ヴォードの恐怖をさらに煽る。だが、体は動かない。


 死


 この先に待っているものが理解出来るからこそ、ヴォードは震える感覚に陥るのだ。


 敵わない。逃げないと。そう思っても、あの目からは逃れられない。


 目の前にまでやってきたアイリスは、目をヴォードに合わせるとにっこりと笑って死を告げる。


 「もし、次があれば私と出会わないことを祈るんだな」


 振り下ろされた手刀。


 魔力で強化されていないその首を落とすのは、家畜を殺すのと何一つ変わらない。


 ヴォードの首は地面へと転がり、自分が綺麗にしたはずの荒野の血を赤く染めあげた。


 ニィと歪められたその悪魔に等しい表情を、ヴォードは死してなお忘れることはないだろう。






 能力解説

私の目からは逃れられないバインズ・アイ

 特殊系操作型の異能。

 対象を指定し、その相手を見ている間は完全に停止させることができる能力。

 停止させられている間は、魔力操作すらもできず辛うじて呼吸ができる程度。格上相手でも通じる能力であり、抵抗されてはしまうものの一瞬相手の行動を止めることが出来る。

 しかし、それだけ強力な異能の為制約が厳しく、魔力消費も大きい。

 1.能力発動対象は1人のみ

 2.同族の相手でなければ能力の発動は不可。

 3.相手を正しく認識していない場合は能力の発動不可。

 この三つの条件をクリアして、ようやく能力を使用することが出来る。

 シンナスは人種として括ることができたが、アイリスの場合は“人間”でなければ能力の発動ができない(獣人や亜人、エルフ等には能力の発動ができない)。

 逆に言えば、人間にはどれだけ格上であっても能力が通じる為、仁や花音にもほんの僅かだが完全に停止させることができる。あの化け物爺さんこと剣聖にすら通じるので、人間相手のタイマンならばワンチャンを作り出せるクソ強異能。

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