切り開かれた戦端
神聖皇国が正教会国に宣戦布告してから一ヶ月後。遂にその時は訪れた。
ブルボン王国の南部に広がる荒野には辺り一面を埋め尽くすほどの人が溢れており、もしも数えろと言われた日には全力で断りたくなるだろう。
一面茶色の荒野を彩るのは、金で描かれた女神の紋様。背景は白であり、何者にも偈がされることの無い純白が女神の金を更に輝かせていた。
神聖皇国と正教会国とで旗の違いを上げるとするならば、神聖皇国の女神は胸の前に手を合わせて祈っているのに対して正教会国側の女神は手を広げて正しく神の様な姿をしていることだろう。
元々は同じ宗教だった彼らのイージス教は、やはりどこか似ている。
「いよいよだな」
遠い視線の先に映る旗は、龍二が赤く染上げるために用意されたキャンパスだ。今更、人を殺すことに罪悪感は感じない。ましてや相手はこちらを全力で殺しに来る。殺らなければ殺られるこの世界において、躊躇など必要なかった。
龍二は両拳を打ち合わせると、何時でも戦えるように身体を解す。
彼が戦うのは軍人であるアイリスを守る為だ。この世界に呼び出された勇者達の仕事は魔王を討伐することであり、宗教間の戦争を手助けするためではない。その為、強制こそされなかったものの、龍二派アイリスが心配で着いてきた。
また、同じ理由から光司も戦争に参加している。
しかし、光司の婚約者である聖女リアンヌは大聖堂の防衛および不測の事態が起こった場合に備えて首都に残っていた。それに合わせて、光司も首都に残っている。
天使である朱那は元々参加するつもりが無く、気が向いたらとしか言っていないので本格的に戦争に参加している神聖皇国所属の異世界人は龍二ただ1人だろう。
一応、強大な傭兵団を率いる異世界人もいるに入るのだが、あれは神聖皇国所属では無い。
やる気に満ち溢れ、身体を温める龍二の元にアイリスがやってきた。
先程まで戦争における作戦の会議をしていたアイリスだったが、どうやらそれが終わった様だ。
「やる気満々だな」
「まぁな。ぶっちゃけ、俺としては神聖皇国と正教会国の戦争とかどうでもいいんだよ。だが、惚れた女の前で格好付けたい。そりゃやる気も出るさ」
「........っ、全く、お前と言う奴は........なら、守って貰うとしよう。私の背中は任せたぞ?」
「あいよ」
アイリスは自分の顔がニヤけるのを我慢して、龍二の背中を軽く叩く。
龍二はそれが照れ隠しだと気づきながらも、一切指摘はしなかった。
どこぞの独り身天使がいれば間違いなく舌打ちしたであろうその光景は、その場で待機していた聖堂異能遊撃騎士団の面々にバッチリと見られていた。
「羨ましいねぇ。俺も背中を任せられる女が欲しいぜ」
「全くだな。とはいえ、あの化け物ゴリラ........ゴホン。アイリス団長を一端の乙女にできる辺りリュウジ殿はすごいよ。いやホントに」
「あーカッコイイし、姉御肌だから悪くないんだけどな。どうも異性としては見れないな。化け物じみて怖い」
「ちょっと、アイリス団長に聞こえるわよ?貴方、前にアイリス団長を“化け物”呼ばわりして伸されてたでしょ?忘れたの?」
「忘れるわけないだろ。アレはドラゴンよりも恐ろしかったぜ........しかも最近は、リュウジ殿が居るからかこう言うのにも敏感になったよな」
「そりゃ、女の子は好きな人に可愛く見られたいものよ。それなのに、好きな人の目の前で化け物って言われれば怒るのも当然でしょ?」
「へぇ?じゃぁお前はアイリス団長を化け物だと思ってないのか?」
「........お、思ってないわよ」
「嘘ついたぞコイツ。目をそらすなよ」
ワイワイと騒ぐ聖堂異能遊撃騎士団の面々だが、もちろんアイリスの耳にも入っている。
アイリスはにっこりと笑いながら青筋を頭に浮かべると、怒気の篭った声で低く怒鳴った。
「お前ら後で覚えとけよ?」
「「「「「ヒェッ」」」」」
顔を引き攣らせた騎士達を見て、龍二は盛大に笑うのだった。
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戦の始まり方はそれぞれだ。今回の場合は既に宣戦布告がされており、交戦になっていないだけで既に戦争状態と言える。
「初手は誰が行きましょうか?」
「最大火力で広範囲殲滅と言えば私よ。私がやるわ」
各国を代表する
その場を纏める天聖(亜人連合国)は、杖を掲げる聖魔(聖王国)の方を見た。
炎を連想させるほど真っ赤な全身は、見ているものからすれば暑苦しくて堪らないだろう。
事実、その様子をぼんやりと見ていた精霊王(大エルフ国)と聖刻(合衆国)はその暑苦しさに耐えかねたのか、話は聴きながらも目を逸らして冷たい水を飲んでいる。
「確か........炎系統の魔法が得意なんでしたっけ?」
「えぇ、そうよ。私の獄炎で全てを消し炭にしてやるわ!!」
ロリと言っても過言ではない程小さい少女である聖魔は、その貧相な胸を張る。
拠点としているテントの中には警備兵がいるのだが、誰しもがその残念な胸にガッカリしていたとは当の本人が気づく事は無い。
天聖は少し考えるふりをした後、目を逸らして水を飲む2人に話しかける。
やる気がないのか、何故か纏め役を押し付けられた彼だが、与えられた仕事はしっかりと果たすつもりだった。
「お2人はどうしますか?」
「その意見にさんせーで。聖魔ちゃん強そうだしなんとかなるっしょ」
「私も特に反論とかはないですかね。私は防衛しておくんで、好きに暴れてください」
適当すぎる返事に思わず頭を抱えたくなった天聖だが、実力だけは本物だ。
それに、やる時はしっかりとやってくれるだろう。
天聖が意見を纏めようとしたその時だった。
空に膨大な魔力を感じる。
四人は素早くテントを出て空を見上げると、そこには太陽隠し空を曇らせた巨大な盾が地上に向かって落ちてきていた。
「おー?ありゃ聖盾かしら?正共和国所属だったし、居てもおかしくないわね」
「すごい魔力ですね。なるほど、国を代表する冒険者と言われるわけだ」
「んー、落ちてきてるけどどうするのー?」
「防衛は任せろと言ったのは私ですし、私が止めましょう。聖魔さん、即座に反撃の準備を」
「言われずともやるわよ!!アンタこそ止められるんでしょうね?聖刻」
「もちろん。あの程度に、本気を出すまでもない」
聖刻はそう言うと、何も無い場所から印鑑の様な形をした武器を取り出す。
そして彼は、空に向かって3度ほど腕を振るうと印鑑を空中に仕舞った。
何をしたのかが分からなかった天聖は、素直に聖刻に質問する。
「何をしたのですか?」
「まぁ、見ていれば分かりますよ。既に刻印は打ったので」
聖刻はそう言うと、パチンと指を鳴らした。
「聖刻印:不可侵の守護者」
すると、先程まで何も無かった空に五芒星の刻印が三つ浮かび上がる。
そのどれもが信じられないほどの魔力量を持っており、その刻印は交わって1つの大きな刻印へと変化した。
変化した刻印は、落ちてくる盾を容易く受け止めるとその盾を包み込んでどこかへと消し去ってしまう。
気づいた時には、青々とした空が戻っていた。
「おぉ、凄いですね」
「まぁ、この程度なら序の口ですよ。それよりも、これで開戦ということでいいんですかね?」
「そうですね。私も戻って指揮を取るとします。それでは聖魔さん。景気づけに1発大きのをよろしくお願いします」
「分かってるわよ!!
次の瞬間、正教会国側に獄炎が立ち上った。
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